心理的な距離を縮めて障がい者のスポーツ参加を促そう

 こんにちは。M3の宿野部拓海です。伊藤研究室でコーチング学を学びながらパラ卓球競技の選手として活動しています。2017年に競技活動の援助を受けるために日体大の大学院に進学しました。コーチング学を学ぶなかで、人それぞれ障がいの種類や度合いが違う、私のような障がい者にとってアスリートセンタードコーチングの理論は、とても重要だと感じました。また、入学当初はセルフコーチングで競技生活をしていこうと考えていましたが、指導者の大切さを再認識し、自分に合わせて指導してくれる指導者を見つけたいと思うようになりました。現在は信頼できる指導者と一緒に試行錯誤しながら日々の練習に励んでいます。今年度の修士論文では自身を題材に、パラアスリートである私の競技継続を支えた指導者の共感について執筆しました。この記事では障がい者のスポーツ参加の現状と課題について触れていきます。

障がい者のスポーツ参加の現状

 パラスポーツは東京パラリンピック開催を契機に新聞やテレビ等のメデイアで多く報道されるようになり、注目度が増してきています。また、パラスポーツの認知度向上のための施策として、学校教育の現場や各自治体、競技団体により体験会やパラアスリートの講演活動が盛んに行われるようになりました。健常者、障がい者ともにパラスポーツに触れる機会は格段に増えていると考えられます。

 しかし、2018年に行われた障がい者のスポーツ参加の実態調査によると、過去1年間にスポーツ・レクリエーションを週1回以上行った者は、一般成人においては20%程度であり、7歳以上20歳未満の障害児においては30%程度ということがわかっています(笹川スポーツ財団、2018)。近年の学校教育においてはインクルーシブスポーツ、アダプテッドスポーツを実施する学校も増えていますが、その後自主的にスポーツを継続することにはつながっていないことが考えられます。

 また、特別支援学校では義務教育化によって障がい児が体育、スポーツをする機会は増加している一方で、一般の学校に通っている障がい児は怪我や事故の危険性から見学や一部参加にとどまっていることが少なくありません。幼少期より障がいを持つ学生の場合、学校体育の現場では障がいによる制限から思い切り身体を動かして楽しんだ経験のない者が多いといわれています(Bouffard、1992)。また、通常学校から特殊学校へ進学した児童を対象にした調査では、小学校在学時に約30%が見学や別の課題を行なっていたこと、本当はできる事をやらせてもらえなかったことが報告されています(松浦、2001)。実際に私自身の友人のなかにも参加できなかった経験を持つ者が多くいます。障がい者をどのようにスポーツに導くかは大きな課題といえます。

参加機会の喪失による劣等感、無力感の形成

 障がい者にとって、スポーツやその他の活動への参加機会を失うことは、自身への劣等感につながる可能性が示唆されています。上出(2017)によると、「運動・スポーツに参加できない、練習しても技能的に困難であるという経験は、劣等感や疎外感,無力感へつながり、運動・スポーツに対する苦手意識を形成しやすい。」といわれています。少し私自身の例を紹介すると、小学校低学年時のいじめやサッカーのドクターストップ、中学受験での体育教師による受け入れ拒否等の経験によって、自身が劣っていると感じるようになりました。なぜ、自分だけ皆と同じことが出来ないのか、やらせてもらえないのかという気持ちから、障がいに対する嫌悪感を持ち、健常者に対して、強固な劣等感抱くようになりました。

 社会において必然的にマイノリティとなってしまう障がい者が社会に適応するための経験やスキルを身に付けるには様々な困難があります。山下(2000)によれば、「障害者は、その障害があるゆえに、社会経験の積み重ねや日常生活技術の習得に課題を抱えていることが多い。」といわれています。また、「危ないことはしてはいけない、他人に迷惑をかけてはいけない等の障害者を取り巻く健常者からの価値観が、障害者を様々な経験の積み重ねから遠ざけてしまうためであろう。」といわれています。

障がい者のスポーツ参加を阻む健常者との心理的な距離

 障がい者(児)が体育・スポーツへの参加が困難となる要因は、設備が整っていないことやサポートできる人員が足りない等、様々あります。総合スポーツクラブにおける障がい者が参加できる体制づくりに向けての課題は「障がい者スポーツ指導者の確保」、「ハード面の充実」、「福祉施設・機関、特別支援学校との連携」の3つが上位となっています(奥田、2007)。また、障がいを持つ学生に対する一般大学の授業経営に関する研究ではその阻害要因として、「施設の確保」、「専門指導者の確保」、「プログラムの開発」、「他機関との連携」が項目として挙がっています(佐藤ら、1996)。以上のことから、様々な現場での共通の課題として指導者の確保、ハード面での改善、他機関との連携があります。

 しかし、こうした物理的な体制が整ったとしても、まだ解決しなければいけない課題があると考えられます。それは健常者と障がい者の間にある「心理的な距離」です。障がい者に対する意識,態度の研究では健常者が障がい者に対して心理的な距離を持っていることが指摘されています(石川ら、2008)。この「心理的な距離」は近年,急速に進んでいる法的な整備やメディアによる発信だけでは簡単には取り除くことができないものだと考えられます。そして、前述のように障がい者が社会に適応するために必要な経験やスキルの取得を阻む要因の一つにもなっていると推察されます。

 近年、パラアスリートの活躍や障がい者の日常がこれまで以上に発信され、物理的な健常者と障がい者の距離は近づいていると感じています。この機会に「心理的な距離」について考えていくことは、障がい者のスポーツ参加にとどまらず、インクルーシブな社会を実現するために重要なポイントといえるでしょう。次回の記事では、障がい理解と他者理解、指導者による共感の重要性について触れていきます。


参考文献

  • Bouffard,M.,Thompson.L.P.,Watkinson,E.J.(1992)Physical activity patterns of children with movement difficulties,Canadian Fitness and Life style Rsearch Institute,Gloucester,Ont.Nov,p80.

  • 松浦孝明・後藤邦夫・内田匡輔(2001),取り残された障害児(編)後藤邦夫 バリアフリーをめざす体育授業 杏林書店:東京,2-30.

  • 奥田睦子 (2007) 総合型地域スポーツクラブへの障がい者の参加システム構築のための調査研究:障がい者の参加状況と受け入れ体制の構築に向けたクラブの課題.金沢大学経済論集,42:157-185.

  • 佐藤充宏・高橋 豪仁・綿 祐 二(1996) 障害を持つ学生に対する一般大学体育の問題.徳島大学総合科学 人間学研究 第4巻 45-55.

  • 笹川スポーツ財団(2018)スポーツ庁委託 『地域における障害者スポーツ普及促進事業(障害者のスポーツ参加促進に関する調査研究)』 報告書.

  • 上出杏里 (2017) 障がい児からみた障がい者スポーツの課題.The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine,54(1):46-5410.2490/jjrmc.54.46.

  • 山下幸子 (2000) 障害者と健常者の関係から見えてくるもの : 障害者役割についての考察から.社會問題研究,50(1):95-115.

  • 石川由美子・金谷京子・村山順吉(2009)「障害」概念を介した障害理解のための拡張的学習の試み.

(宿野部拓海)■

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