top of page

S&Cコーチがアスリートのリーダーシップ能力を育てる(4)

更新日:2020年6月7日

 今回が、2019年にStrength and Conditioning Journalに掲載された「ストレングス&コンディショニングセッション中にアスリートの変革型リーダーシップ行動を増加させる戦略(Strategies to Increase Athletes' Transformational Leadership Behaviors During Strength and Conditioning Sessions.)」紹介の最終回です。第1回と第2回で紹介した部分では、理論的背景の解説が行われ、第3回ではS&Cセッション全域にわたって変革型リーダーシップのスキルをトレーニングする方法について事例が挙げられていました。それぞれの記事は次のリンクからチェックしてみてください。

 最終回となる今回は、前回に引き続き、現場で具体的にどのような実践を行うことができるのかという実践的な内容となっています。前回はトレーニングセッション中全体でできる取り組みについての紹介でしたが、今回は特に役割ローテーションを使ったリーダーシップの開発について触れられています。ある人に一時的にリーダシップをとる役割を与えることによって、リーダーシップのトレーニング機会を提供するといった内容です。


文献の詳細は↓

Smith, V., & Moore, E. W. G. (2019). Strategies to Increase Athletes' Transformational Leadership Behaviors During Strength and Conditioning Sessions. Strength and Conditioning Journal, 41(2), 31-37. doi:10.1519/SSC.0000000000000422


 

リーダーシップ機会のローテーション

 上述(←第3回記事の内容のこと)の日常的な非公式リーダーシップと公式のリーダシップの役割のギャップは、役割ローテーションや一時的リーダー役で埋めることができる。ストレングス&コンディショニングコーチ(SCC)がアスリートの強みを見分けることで、それぞれのアスリートが最も強みとするリーダーシップ行動に即した輪番制リーダーを割り当てることが可能になる。そして、その役割はその人にとってより挑戦的なものにすることができる。たとえば、一対一や小集団文脈で個別の配慮に強みを持つアスリートであれば、(a)新人アスリートやデベロップメントアスリートをガイドする、(b)チーム全体の前でトレーニングセッションで上手くいったことやエクササイズのデモンストレーションをしたり、小集団ディスカッション(例:チームのウォームアップリード役アスリートがもっと挑戦的にリードするためにはどのような工夫ができるのかを話し合う)をリードするといった機会へとスムーズに入れるだろう。アスリートがさまざまなリーダーシップ役を経験することがとても重要である。SCCはリーダーシップに関するチャレンジを与えることが可能だ。たとえば、ある状況(たとえば小集団)が得意なアスリートは、より得意でない状況(大集団やデモンストレーション)でリーダーシップの役割を果たすことで、挑戦的な経験から多くを学ぶことができる。SCCがトレーニングでアスリートが成功するようにお膳立てするように、同じ事をリーダー育成のために行うことができる。これは、アスリートたちがリーダーとして、人として成長する機会を与えていることになる。

理想化された影響力:エクササイズをデモンストレーションする

 一対一や小集団状況での同僚によるロールモデリング(例:そのアスリートたちにより近いモデル)の利点は、大集団、たとえばチーム全体の前でロールモデリングする際にも活きる。チーム全体の前でエクササイズをデモンストレーションするアスリートらを選ぶとき、コーチは最もうまい、最もパーフェクトなフォームのアスリートにお願いしようと思うかもしれない。このアプローチでは、エクササイズをデモンストレーションしてもらう人のオプションがとても少ないという、あまり好ましくない副作用がある。いつも同じ、限られたトップのアスリートたちがお願いされ続けてしまう。しかし、おそらくパーフェクトなデモンストレーションではないけれども、受け入れることができる範囲であると考えられれば、デモンストレーションができる人は増える。アスリートのデモンストレーションのなかで、うまくできていないところがあれば、それを使ってコーチが追加的なフォームに関するインストラクションを全アスリートに与えることができる。コーチは、だれがデモンストレーションする自信があるかを知って驚くかもしれない。ボランティアをしてくれる人を募るには別の利益もある。デモンストレーションに自信があり、デモンストレーションしたいと思うアスリートから選ぶことができるのだ。柔軟性が高いアスリートがダイナミックストレッチングテクニックのデモンストレーションに志願するケースが多いだろうし、敏捷性の高いアスリートがフットワークやアジリティエクササイズに、パワフルなアスリートはプライオメトリクスやオリンピックスタイルリフトに志願するケースが多いだろう。これが、ワークアウトの一部分やトレーニンググループをリードするのにまだ自信がないアスリートに対して個別の配慮をする機会となる。

 デモンストレーション志願者を募ることには付随的な利益がある。エクササイズをデモンストレーションをするアスリートの数が増えることで、コーチがえこひいきしているのではないかと思わせてしまう状態を軽減させることができる。デモンストレーションするアスリート(たち)はデモンストレーションを行うことで、同僚やコーチから称賛を受け、彼らの運動コンピテンスが高まり、エクササイズテクニックのロールモデルとなることに自信を深めていく。アスリートが自分の能力に対する自信を高めることができるのは付加的な利益といえる。単に「誰がデモンストレーションしたい?」と尋ね、エクササイズのデモンストレーターを選ぶことで、デモンストレーションするアスリートの数を増やすことにつながり、さらに彼らにリーダーシップ行動を練習する機会を提供し、自信を構築していくことにつながる。

個別の配慮:アスリート主導セグメント

 アスリートはトレーニングのセグメントをリードする経験を順番にしていくことで、大集団として同僚に個別の配慮を提供する能力を構築していくこともできる。これらは、ウォームアップやクールダウンといった、ルーチンになっている「事前に決められた」セグメントであってもよいし、「事前に決められていない」セグメントをアスリートリーダーたちが開発しリードしていくことでもよい。前者の例としては、それぞれのアスリートが通常のウォームアップやクールダウンルーチンをリードするというものがある。いったん、アスリートがSCCからルーチンを学べば、ボランティア、あるいは指名を受けたリーダーが順番に(たとえば1週間毎に)チームをリードしてルーチンを実施していくことができる。ストレッチのメニューの順番が一つや二つ入れ替わってもよいし、一つメニューを忘れていたと他者から教えてもらう事があってもよい。このことが、安全でリスクが小さい環境において貴重な大集団をリードする経験を提供していることになる。

 二つ目の「事前に決められていない」アプローチの例として、一人かそれ以上のアスリートを選び、トレーニングセッションの最後10分間のトレーニングアクティビティをリードしてもらうというのがある。彼らはチームがトレーニングセッションを完了させる最後のアクティビティ(たとえばゲーム、ワークアウト、もしくは追加のランニング)を計画する責任を負う。次のトレーニングセッションで、アスリートはアクティビティを説明し、実際に実施し、片付けをする。このアプローチには複数の利点がある。ひとつに、アスリートたちがトレーニングのどの側面を楽しみ、やりたいと思っているのかを観察することができるということがある。ふたつめは、ウォームアップやクールダウンルーチンのようにSCCが作成したメニューを真似したりなぞっているだけではなく、自分たちで作り出したアクティビティを行っている点だ。三つめは、10分のアクティビティでアスリートたちがとったリーダーシップ行動について、のちにフィードバックを提供できるということがある。これらのアプローチはともにアスリートたちに少なくとも一人のパートナー(共リーダー)と一緒にリードする能力を開発する機会を提供している。このことは、大集団に対するリーダーシップ行動を開発でき、自分自身のリーダーシップスタイルに慣れていくことを手助けすることになり、アスリートたちにとって大きな学びの機会となる。

インスピレーションの活性化:セッションの振り返り

 個人を動機づけることに加え、アスリートはチーム全体を動機づけすることもできる。そして、チームがポジティブな方向に向かうよう舵を切ったりガイドしたりする手助けができる。このようなインスピレーションの活性化を練習する機会は、アスリートがセッションの振り返りをリードすることによって得られる。トレーニングセッションをポジティブな面にフォーカスをあてたまま終えられるように、アスリートたちはセッション最後の振り返りを簡単に行う(すなわち5分以下)。選ばれたアスリートが振り返りミーティングをリードし、次に示す3つの要素について振り返っていく。まず、そのセッションのゴールに到達するためにそれぞれがどうしたのかを簡単に共有する。次に、コーチがトレーニングセッションがどのように進んだと見たのか、コーチの見方を素早く共有する。この2つの要素はトレーニングの最後の部分で行うクールダウンやストレッチの時間に行うこともできる。3つめが、コーチとアスリートが輪になり、中央に手を出し、その日の担当アスリートがチャントかある言葉(たとえば、チーム、ハードワーク、学校の名前など)を言って、全員が輪から離れる前にその言葉を繰り返してトレーニングセッションを終える。コーチもアスリートもとても忙しいことを考えれば、このような短い即座の振り返りには2つの主な利点がある。(a)アスリートとコーチの両方が個人、チーム、コーチがどのようなパフォーマンスをしたのかを振り返る時間を確保できる、(b)次に起こることの準備を可能にする(例:未来のトレーニングセッション、チーム練習や試合など)。エキスパートコーチたちは自分達の成長のためには省察的実践が有効であると述べている(11,15-17)。加えて、研究者らは、コーチとアスリートの両方がトレーニングを評価したり改善するのに、省察的実践が有効であると発見した(14,18,22,32)。


結論

 この論文の狙いは、ストレングス&コンディショニングトレーニングセッション中にアスリートが負うリーダーシップの責任を増加させるにはどのようにすればよいのかを述べることである。しばしば、リーダーシップ行動の開発はスポーツ参加の副産物としてみられている(32)。しかし、リーダーシップ行動は、他の行動と同じく、教育や練習する機会が必要である(5)。通常、スポーツでは公式のリーダーシップの役割は数が限られているものの、非公式リーダーシップの役割や機会はたくさんある(10)。特にストレングス&コンディショニングトレーニングセッションにおいては。チーム内で、より多くのアスリートがリーダーシップ行動がとれれば、チームの凝集性とパフォーマンスが上がる(5)。上では、ひとつの変革的リーダーシップ行動ごとに議論を展開したが、これらの変革的行動は組み合わさって起こることに注意が必要だ。たとえば、テクニカルなフィードバックの前に称賛を与え、適切なエクササイズテクニックのデモンストレーションが続くように。これらの変革的な行動が複合的に同時に起こるが、示した日常的な機会はこの複雑さを個別の要素の行動にまで分解することを可能にする。したがって、これら個々の変革型リーダーシップ行動の一つひとつを構築していく日常的なエクササイズは、アスリートにとって最初の学習機会の例である。役割ローテーションの中で変革型リーダーシップ行動が顕著に表れる例を示したが、もちろん、言及した変革型リーダーシップ行動以外のものも実際には用いられていると考えられる。変革的リーダーシップ行動を明示的に教えたり、その練習機会をトレーニングセッション構造のなかに取り入れたりすることで、SCCはトレーニング中により多くのリーダーとしてのアスリートを手に入れることになる。

 

 デモンストレーション、アスリート主導セグメント、セッションの振り返りという3つの提案がありました。もちろん、これら以外にもリーダーシップ機会のローテーションを組み込むことは可能でしょう。昨日も書きましたが、何が機能して、何が機能しないのかは、それが実施される文脈によって決まってきますので、何(WHAT)をするかよりもなぜ(WHY)それなのか、をしっかりと考えて導入方法(HOW)を考えていく必要があると思います。

 今日、大学院生といっしょにこの論文についての意見交換をしましたが、そこでもS&CコーチがS&Cトレーニング以外のこと(この場合は変革型リーダーシップ能力開発)を一緒に実施できるという発想がとてもユニークであると思うという意見が出てきました。スポーツ医・科学が発達し、多くの関係者がアスリートを取り巻くようになってきて、サポートチームの分業化が進められてきたところもあったかと思います。しかし、スポーツパフォーマンスを要素に分解していき、それぞれの要素を鍛えていけば、トータルのパフォーマンスが上がるかというと、話はそれほど簡単ではありません。要素に分解していくときに、我々が気づいていない何かを見落としている可能性もありますし、要素と要素をつなげている部分は明らかに忘れられがちなのではないかと思います。そう考えていくと、S&CコーチがS&Cトレーニングセッションの中にリーダーシップ能力開発の要素を取り込んでいくことは、アスリートのトータルな育成という観点からとても興味深いと思いました。

 リーダーシップ能力開発のフレームとして変革型リーダーシップを採用している点も、この論文の特徴かと思います。ここについては第1回の記事で、先行研究によってアスリートが望む非公式リーダーの行動として報告されていた内容(インスピレーションの活性化、理想化された影響力、個別の配慮)が変革的リーダーシップ理論と一致するという理由から選ばれていると述べられていました。変革的リーダーシップはコーチング領域で注目されているものではありますが、リーダーシップの理論は他にもありますので、いろいろ試してみると面白いとも思います。

 今回で、この論文の内容を紹介する記事は終わりとなります。今後、これらの取り組みについて我々のチームと関係の深いS&Cの方々に意見を聞き、それらをまとめたものも記事として起こしたいと思います。


一連記事のリンク(2020年6月8日追加)



閲覧数:331回0件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page