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2020年度前学期 体育学部スポーツトレーニング論B  第9回

バイオメカニクス的考察(運動の描写と運動の三法則)

 第9回から、バイオメカニクス的視点から動作を観察、分析、理解していく能力を高めることを目的として授業を展開します。スポーツバイオメカニクスの授業が3年時に設定されていますので、詳細についてはその授業で学ぶこととし、スポーツトレーニング論Bの授業では、あくまでもスキル向上にバイオメカニクス的視点を活用するという観点からの考察にとどめます。

 

バイオメカニクスとは

 バイオメカニクスという言葉を聞いただけで、「難しそう」と敬遠したがる人もいるかもしれません。どのような学問も細部に入っていけば、理解は容易ではありませんが、実学としてのスポーツバイオメカニクスは、スポーツの競技力向上を目指す人であれば好き嫌いに関係なく、必要性を感じるもののはずです。バイオメカニクスが目的ではなく、競技力向上を目的にしているのですから、競技力向上に役立つのであれば、それを勉強しないという選択をする人は競技力向上を真剣に考えていないという人ということになるでしょう。

 バイオメカニクスは、生体や生物を意味するバイオと、機械や機械が動く仕組み・機序、力学を意味するメカニクスが合わさったもので、生体力学と訳されることもあります。人間の体が外界にさまざまな働きかけ(移動する、木を切る、スポーツをするなど)をしていますが、それがどのような機序(メカニズム)で行われているのかを探求していく学問です。今、人間と限定的に言いましたが、実はもっと範囲は広く、蛇が移動するメカニズムを理解するのもバイオメカニクスの研究領域に含まれます。スポーツに興味を持っている私たちは、人間の動きを理解するための学問だと思っておいて大きな間違いはないでしょう。

 バイオメカニクスの授業を受けると、スポーツ生理学や機能解剖学などと共通した内容に改めて触れることに気付くでしょう。それもそのはず、人間の動きを理解するためには、人体がどのような構造になっているのか(解剖学)や、人体の内側でどのような働きが行われているのか(生理学)を知らない限り、身体外部へ表出する動きを適切に理解することができないのです。そう考えると、カリキュラム上、バイオメカニクスが3年次に置かれている理由がよく分かると思います。

 バイオメカニクスでは、これら生体の機能を理解する学問に加え、力学的な観点が入ってきます。おそらく、この力学的観点というのが、多くの学生にとって大きな壁になってしまっている可能性が高いのではと予想します。力学として、学問的に詳細に説明しようとするとかなり大きな壁かもしれませんが、視点を変えて、自分たちが普段経験している「現象」の理由を説明するぐらいなら、そうたいした壁にはならないと思います。スポーツトレーニング論Bでは、実際の動作をバイオメカニクス的視点で観ていく練習をしていきます。感覚も大切ですが、やはり「言葉」として動きを説明できるようにはなっていきたいですね。

運動の描写

位置・速度・加速度

 みなさん、ここ最近の自分自身の動きを例に、運動の描写の仕方を練習してみましょう。白紙を用意してください。この1時間の自分の活動をその紙の上に描いてみましょう。紙面上に簡単な地図を描いてみてください。家の中でしか移動していないという人は家の見取り図を描いてください。次に1時間前に自分がどこにいたのかを考え、その位置を分かりやすく点でマークしてください。そこから自分が移動した点を描いていきます。線というよりも点で示し、一緒にだいたいの時間をメモしましょう。家の中だと、洗面所、トイレ、台所、リビング、机といった場所に行ったタイミングで点が描かれるでしょう。移動した順もわかるように矢印も軽く描いておきましょう。最後に紙の左部と下部にそれぞれ長い直線を描いて、X軸とY軸を作りましょう。紙の左下が原点(0, 0)になります。

 みなさん、すでにバイオメカニクスの研究をスタートさせています。今やってみたのが、バイオメカニクスの最も基本的な情報源の一つである「位置情報」の記録です。この位置情報をもとにさまざまな分析をしていきます。今は横軸と縦軸に単位をふっていませんが、目盛りをうって単位を書くとそれらしくなります。家の中での移動を描いた人は単位をメートルで、外での移動をした人は、場合によってはキロメートルで表示してもいいですね。そして、最初に描いた点の横に(3, 5)のように座標を記入してみてください。このように人や人間の体の部分を点で表し、その軌跡がどうだったのかを考えるのがバイオメカニクスの基本です。投げられたり打たれたりしたボールの位置を同じように座標として表している場合もあります。

 次のステップにいきましょう。次は1時間前と今の位置の二つに注目します。1時間前と今の位置は、どのくらい距離が離れているでしょうか。物差しで直接測ってもよいですし、座標から三角関数を使って計算して求めることもできます。バイオメカニクスの研究者であればほぼ間違いなく座標から計算で求めることになります。なぜならば、バイオメカニクス研究者は一度に膨大な数のデータを扱うので、一つ一つ直接測ることは現実的ではありません。どのような方法を使うかは関係なく、ここでは2つの点の「距離」をデータとして求めるということに着目してください。自分がこの1時間でどの程度動いたのかという距離です。物差しで距離を測った人は、物差しの目盛りを実際のメートルやキロメートルに換算することを忘れないでください。自宅でこの1時間机に向かってずっと勉強していたという人は移動距離がゼロとなっているかもしれませんね。みなさんはすでに気付いたと思いますが、今と一時間前の2点だけで考えると、その途中の動きを全て見逃してしまっています。データを取得するときにはこのようなことにならないよう、トイレに行ったときの移動距離は何メートルでといった具合に、十分に細かくデータ取得をしておく必要があります。

 今度は、この距離をその時間で割って、移動速度を算出してみましょう。このタスクでは1時間前の自分の位置と今の自分の位置について考えているので、時間は1時間(60分、3600秒)ということになります。もし、車で25kmくらい(健志台キャンパスから世田谷キャンパスまでがだいたいこのくらいでしょうか)移動したという人がいれば、時速25kmという計算になりますね。分速にしたければ60分で割り、秒速にしたければ3600秒で割ってあげるだけです。小学生に対して授業しているんじゃないぞと思っている人もいるかもしれませんが、ここは丁寧にやっていきましょう。

 位置が時間とともに変わり、その時々の座標が分かっていれば、移動した距離と要した時間の比率として速度を求めることができます。陸上競技や競泳では決められた距離をよーいどんで移動し始め、だれが目的地に一番に到達するかを競います。見た目はタイムを競っているように見えますが、その距離を走ったり泳いだりする速度を競っているのです。ちょっと皆さん計算してみてください。100mを10秒で走るというのは、皆さんが慣れ親しんだ時速○kmで表すといくつになるでしょうか。

 ここまでの勉強については、自分が普段見ていること、感じていることとほぼ同じで、実感をもって考えることができるのですが、この次の段階は少々概念的で何を言っているのやらと思ってしまう危険性があるところだと思います。座標(位置情報)、距離、速度という順でみてきましたが、次に触れておく必要があるのが「加速度」です。加速という言葉はよく耳にしますし、皆さんもよく使う言葉だと思います。しかし、加速度を説明しろと言われて、どのくらいの人が説明できるでしょうか。技術的に言えば、位置の変化分を距離と言い、位置の変化に要した時間で距離を除する(割る)ことで、動いた速度が算出でき、さらにその速度の変化分をその変化に要した時間で除することによって加速度を求めることができます。バイオメカニクスを深く学びたいという人は、このあたりもしっかり理解しておく必要がありますが、現時点でスポーツにバイオメカニクスの観点を取り入れてスポーツに対する理解を深めたいという人は、計算についてはとりあえず無視してかまいません。実際のスポーツ場面をイメージしながら加速度を理解してみましょう。

 陸上競技100m走のオリンピック決勝をテレビで見たことがない人は、少なくとも日本体育大学の学生の中にはいないと思います。そのレースを頭に思い描いてください。もし見たことがないという希有な人がいれば、YouTubeで見てください。スタートラインで用意しているときには完全に静止した状態を作らなくてはなりません。このとき、位置は0(ゼロ)です。時間は流れているものの、体は止まっていますから速度も0(m/秒)です。号砲が鳴り選手が一斉に走り出します。選手は瞬間的にトップスピードに到達する訳ではなく、速度0(m/秒)から徐々にスピードを上げていきます。このスピードの立ち上がりを加速度と呼びます。より短い時間でより高いスピードに到達することができる人ほど、加速度が大きい人と表現できます。ここで注意が必要なのが、加速度とトップスピードが同一ではないということです。加速度が大きい、つまり一気に加速するのだけれども、それほど高いスピードに達することはできないということもあります。例えば車両重量の軽い自動車は一気に加速する(信号待ちからスタートが速い)かもしれませんが、エンジンの性能がそれほどよくなく、大きなスピードを出すことができません(交通ルールは守りましょう!どれくらいできるか試さないように)。

 100m走の次の局面について考えてみましょう。速度ゼロから加速し、トップスピードに到達します。その後はある程度速度がほぼ一定に保たれたり、徐々にスピードが落ちたりします。そのパターンは選手によっていろいろです。ただ、共通しているのは、スタート局面のような大きな速度の変化がないということです。速度の変化が小さい、つまり加速度の変化が小さいということを意味します。速度が完全に一定のときは加速度ゼロということになります。そして、減速しているときには加速度はマイナスの値もとります。加速しているときには加速度はプラスですが、加速度がマイナスという場合には減速しているということに注意してください。100m走の例だと、いったんトップスピードに至った後、ゴールするまでに徐々に減速しているとすれば、スタートしてからトップスピードに至るまでは加速(プラスの加速度)、トップスピードを維持できている場合には加速度ゼロ、トップスピードからゴールするまでは減速(マイナスの加速度)していると表現できます。ゴールラインを超えたあとは急激に減速します(大きなマイナスの加速度が現れる)。

 この例では陸上競技100m走について扱いましたが、スポーツにおいて加速度が問題にならないケースはまずありません。むしろ、加速度をどう操るかが鍵を握ると言っても過言ではないくらいです。多くの球技ではジョグをしているところから、急激にダッシュをしたり(プラスの加速度)、ダッシュからディフェンスをするために急激に速度を落としたり(マイナスの加速度)します。方向転換の能力も加速度がとても重要です。

 

角度・角速度・角加速度

 これまでの話では、人間を点として表し、その人の移動について議論をしてきました。今度は、ひとりの人の動きを複数の点で表していくことをしてみます。話をできるだけ単純にするために、最初は上肢だけで考えてみます。手のひらを上に向けて手を軽く握り、腕を肩から前に伸ばしたところをイメージしてください。そして、手関節の中心、肘関節の中心、肩関節の中心に仮想的に点を打ちましょう。次に手関節の点と肘関節の点、肘関節の点と肩関節の点を直線で結びます。すると上肢を肘関節でつながれた2本の棒としてみることができます。前腕の長さは、先ほど自分の移動距離を測るのと同様に、手関節の点と肘関節の点の間の距離として算出可能です。上腕の長さも同じく計算で求めることができます。

 今回の例では位置や距離の情報だけでなく、もう一つ面白いパラメーター(項)が得られます。前腕の線と上腕の線の間にできあがる肘の関節角度です。簡単のために肩関節と肘関節の位置は変化しない(上腕が固定されている)状態を考えてみましょう。手首の位置が変わることは肘関節の角度が変化することを意味します。この角度の変化も、人間の運動を理解するときにはとても重要で、位置(距離)、速度、加速度の場合と同じように、角度、角速度、角加速度という3つの関連する量で考えていくことができます。時間あたりの角度の変化量を表すのが角速度で、速く肘を曲げる、あるいは伸ばすというのは大きな角速度で動かすことを意味します。そして、角速度が単位時間あたりにどのくらい変化するのかが角加速度です。肘を伸ばしたところから曲げる単純な動作では、伸ばしたところでじっとしているときには角加速度はゼロ、曲げ始めるときにはプラスの角加速度が現れ、一定の角速度で肘が動いている中間層があれば角速度の変化がないということで加速度はゼロ、最後に肘を曲げ終わるところではマイナスの加速度が生じ、角速度が減少し、最終的に角度の変化が止まります。

みなさんのスポーツで角度、角速度、角加速度を説明してみてください。人間の身体の構造上、必ず回転運動によってスポーツのパフォーマンスが発揮されています。角度変化について考えなくてもよいというスポーツはないはずです。さまざまな関節の回転が複雑に相互作用し合ってあるスポーツパフォーマンスが発揮されているのです。

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図1 並進運動と回転運動

回転運動と並進運動

 ここで回転運動と並進運動という概念を導入します。回転運動は、日常的にも使う言葉ですので、特に説明をする必要はないかと思います。念のため例を挙げておきましょう。自転車のペダルやタイヤは回転運動をしています。肩をグルグル回すのも回転運動です。フィギュアスケーターがグルグルスピンするのも回転運動です。

 一方、並進運動と聞いて即座に説明できる人は多くないかもしれません。しかし、この言葉を理解するのも、それほど労力は必要ないと思います。自転車を例に挙げて説明したいと思います。先ほど、ペダルやタイヤを回転運動の例として挙げました。人間がペダルを踏み、その力がクランクを回してチェーンを介してタイヤに回転が伝わり、タイヤが地面に力を加えることで、自転車そのものが前方向に進みます(一輪車は後ろもあり得ますがここでは通常の二輪の自転車を想定)。このとき、自転車の運動はどう表現できるでしょうか。自転車が平らな路面をまっすぐに進んでいるところを思い浮かべてください。自転車は前輪、フレーム、サドル、後輪の位置関係を一定にしながら、全体が前に進んでいきますね。自転車というシステムの中では漕ぎ手が関節の回転運動をさせ、ペダルとクランクを回し、タイヤを回しているものの、自転車全体としては直線的に移動しています。このような運動を並進運動といいます。

 世の中のさまざまなところで、回転運動が並進運動を引き起こしたり、並進運動が回転運動を引き起こしたりしている場面を観察することができます。スポーツパフォーマンスも回転運動と並進運動の組み合わせでできています。人の体自体もそうですね。関節の回転運動の組み合わせによって100mを走りきる(人体の並進運動)ことをしていますし、野球のバッターは関節の回転運動の組み合わせによって重心を前方向に移動させながらバットに並進運動と回転運動をさせてボールをインパクトしにいっています。大リーグのパワフルなバッターと日本人選手とを比べると、日本人のほうが並進運動が大きく、大リーグ選手のほうが体重を後ろに残しながらでも体の回転運動を使ってボールを遠くへ飛ばしていく印象を受けます。回転運動と並進運動のどちらがよいかという話ではなく、その人にあった組み合わせとなるように、テクニックやスキルを磨いていく必要があります。

 みなさんのスポーツのテクニックやスキルについて、回転運動と並進運動という観点から分析してみましょう。自分自身のことでもよいですし、まわりの人のテクニックやスキルを分析してみてもかまいません。良いか悪いかという観点は特に必要ありません。人の動きをみて、回転運動と並進運動を見分けていく練習に集中してください。良いか悪いかという評価をしようとすると、さまざまな観察ポイントに意識を払えなくなってしまうかもしれません。

 

運動の法則

 今日はもう一つ頑張って扱っておきましょう。運動の法則についてです。中学校の理科の実験で運動の法則についてはだれもがやっていることと思います。高等学校では物理を選択しなければ、運動の法則については学んでいないかもしれません。

 運動の法則といえばニュートン(1642-1727)ですね。リンゴが木から落ちるのを見て万有引力の法則につながるアイデアを得たという有名な話が残っています。まず、その法則を確認しましょう。

 

運動の三法則

第一法則(慣性の法則)

物体に力が働かなければ、物体は静止したまま留まるか、あるいは速度一定の運動を続ける

 

第二法則(運動の法則・加速度の法則)

物体の加速度は、その物体に外から働く力の大きさに比例し、物体の質量に反比例する。

 

第三法則(作用反作用の法則)

物体が互いに力を及ぼし合うとき、この二つの力は、大きさが同じで、向きは反対である。

 

どうでしょうか。覚えていたでしょうか。運動の三法則は力に関わる記述で、運動には力が深く関わっていることを教えてくれるものです。最新の物理学ではニュートンの運動の法則の矛盾を見いだしているらしいのですが、我々がスポーツパフォーマンスを考える上では十分に使えるものだと思います。

慣性の法則

 人間も含めて物体は、そのときに持つ運動を維持し続ける性質(慣性)を有しています。止まっているものはその場に止まったままで居続けるか、動いているものは速度一定の運動を続けるというものです。その運動の状態に変化が起きたとすると、運動を変化させる何らかの力が働いたということになります。

 サッカーのフリーキック、あるいはゴルフのショットを例に考えてみましょう。ボールが地面(あるいはゴルフの場合はティーの上)に置かれています。そのボールが動き出すのには何かの力がかからなくてはなりません。だれも、何もボールに力を加えていないのであれば、ボールはそこにとどまり続けます。

 ただ、注意が必要なのが重力の影響です。地球上の物体は全て地球の重力によって地球の中心に向かって引っ張られています。この世に生を受けたときから重力を常にうけながら生きてきているので、あまりにも重力が普通になっていて、常に下方向に引っ張られていることを忘れてしまいます。もしも重力によって地球の中心に向かって引っ張られていなかったらどうなるでしょう。垂直跳びをしたらおしまい。二度と地球上に戻ってくることはできません。サッカーのフリーキックでボールに力がかかるという話をしましたが、実はボールが地面に置かれているときに、ボールはすでに重力を受けているのです。私たちが垂直跳びをしたら地面に戻ってくるのと同様に、ボールもフリーキックで蹴られると宇宙の彼方へは飛んでいかず、地面戻ってくるのです。

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図2 慣性の法則 ー 運動をキープし続ける

作用・反作用の法則

 上の順とは違って、先に作用・反作用の法則を説明しましょう。これは非常に単純で、たとえばみなさんがバレーボールを手で打つことで、みなさんはボールに対して力をかけているのですが、同時にバレーボールからもみなさんの手に同じ大きさの力がかかっているというものです。みなさんがスマホを触っているとしたら、みなさんがかけた力と同じ大きさの力をスマホがみなさんにかけてきています。そしてその力の方向は、みなさんがかけた力と全く逆方向に向かってかかってきます。

 垂直跳びの話をしましたが、なぜみなさんは垂直跳びで上方へ飛べるのでしょうか。紙切れをひとつ丸めてボールを作りましょう。それを右手の上においてみてください。右手の上にある紙のボールを上にジャンプさせてください。右手で上に放り投げないようにやってみましょう。念力で上げられますか?それはできそうにないですね。右手で上に放り上げられないなら、左手で下から右手を叩いてみましょう。右手は動いてしまいますが、同時に紙のボールも上に飛び上がりますね。みなさんもこの紙のボールと同じく、厳密には自分だけでは跳べないのです。トランポリンの上で自分が普通に跳ぼうとしても跳べませんね。地面(トランポリンのマット)を蹴った瞬間にトランポリンがその力を吸収してしまって自分は上方向へ跳べません。みなさんが垂直跳びで上方へ跳べるのは、みなさんが蹴っているからというよりも、地面がみなさんに力をかけているからなのです。みなさんが積極的に地面に対して力をかけることで、作用・反作用の法則によって、自分が地面にかけたのと同じ大きさの力が、正反対の方向に地面からかかり、みなさんの体を浮き上がらせることができるのです。

 トランポリンの話が出てきたので、トランポリンでも考えてみましょう。自分が蹴っているから自分が跳び上がるのではなく、床反力(人間が地面や床に働きかけた力が返ってきたもの)が人間を跳ばせていることがよく分かります。ある高さからトランポリンに落ちると、体を硬くしておけば、トランポリンのマットが沈み込んで、スプリングの反発力を得て、人間を上方に押し上げてくれます。この床反力、地面反力という考えが、よいスキルを考えるときにも非常に重要なので、しっかりと押さえておきましょう。

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図3 作用・反作用の法則

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図4 加速度の法則

加速度の法則

 3つめの法則です。陸上競技100m走の例をまた考えてみましょう。スタートラインで号砲を待っています。スタートの合図の瞬間に選手はスターティングブロックを力強く踏んで、スターティングブロックから反力を得ます。垂直跳びは真下に力をかけることで、地面が真上に押し返してくれる力を使って上方へ跳躍していました。100m走のスタートは上方向ではなく、スターティングブロックに対して後方へ力をかけ、その反力によってゴール方向に向かっての推進力を得ています。このとき、どのくらいの力の大きさで蹴り、どのくらいの大きさの反力が返ってくるのかで、スタートの加速度が変わってきます。つまり一気に速度を上げられるかどうかが力の大きさによって決まってきます。ある物体(この場合は人体)に大きな力を加えれば、その物体がおこす運動の変化も大きく、小さな力しかかけなければ、運動の変化も小さくなります。かけられる力の大きさに速度の変化(加速度)が比例するのです。

 みなさんがウェイトトレーニングをする主な理由はここにあります。なぜ筋力を上げようとするのかというと、自分が発揮できる力を大きくすれば、自分が得られる地面反力を大きくし、より大きな速度の変化(加速度)を生み出すことが可能になるのです。なんとなく感覚的には知っていることですね。あるいは、より大きな力を道具を介してボールに伝えたりすることもあります。いずれにせよ、この運動の3法則は、スポーツパフォーマンスを改善していくためには知っておいて損はありません。損はないというよりも、知っておくべきことでしょう。

 

運動の三法則を自分のスポーツに当てはめてみよう

 自分のスポーツパフォーマンスについて、運動の三法則の観点から説明してみましょう。陸上競技のスタートスキルであれば、どのフェーズでどのように力がかかっているのかといった観点での分析ができますね。長距離走の場合でも効率よく地面反力を前方向の推進力に変えていくためにはどうすればよいのか、ブレーキが少ない走り方にするにはどのようなフォームがよいのかなどを考えてみることができます。話題になったシューズについて、運動の三法則から考えてみるのも面白いですね。反発が得やすいシューズを履くことによって地面反力に変化があったとき、自分の体の使い方はどうなるのかなども気になるところです。バレーボールやバスケットボール、ハンドボールのジャンプは運動の三法則で分析するとどのように説明できるでしょうか。テニスのラケットとボールの間の力の受け渡しはどのようになっているのでしょうか。サッカーやラグビーで、フットワークで相手を抜き去るときの体の使い方を地面反力との関係で考えてみるとどうでしょう。

 スポーツはさまざまな要素(心理的要素、体力的要素、社会的要素など)によって成り立っていますが、パフォーマンスという出力されたもののみを見ていけば、それはある意味物理現象であって、バイオメカニクス的観点を持った指導者であることが、テクニックやスキルトレーニングをより効果的なものにしていくことにつながることが分かると思います。バイオメカニクス的な観点からの分析もスキルですから、トレーニングしていけば必ず向上していきます。普段から分析的な視点をもちつつスポーツを見ていくようにしましょう。

 あと2週、バイオメカニクスの基本的な知識を提示しながら、テクニックやスキルを改善していくための目を育てていきたいと思います。

事後課題

​事後課題は今日の内容についてのクイズ形式課題とします。

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