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2020年度前学期 体育学部スポーツトレーニング論B  第12回

バイオメカニクス的考察(バネ的特性)とまとめ

 いよいよ最終回になりました。今回はバイオメカニクス的考察でヒトの体のバネ的特性について簡単に触れたあと、全体をまとめることにしましょう。

 

バネ的特性

 先週の授業で体のムチ作用について扱いました。ヒトの四肢は体幹に近いほど質量が大きく、末端に行くにつれて質量が小さくできています。この構造の特性を活かし、さらに慣性モーメントを操ることで、よりスピーディーでパワフルなスポーツパフォーマンスが可能になります。体幹部分に存在する大きな筋群を使って運動を起こし、そのエネルギーをうまく末端に伝えていく体の使い方(例えば「から竿」作用を使いこなして)ができているかどうか、皆さんの練習や試合の場面で観察してみましょう。

 ムチ作用の効果を得ていくためには、から竿作用だけでなく、ヒトの体に備わっているバネ的特性をうまく活用する必要があります。もう少し、このバネ的特性を詳しくみていきましょう。

垂直跳びで考えてみよう

 みなさんの周りに垂直跳びをするスペースがあれば、試しに垂直跳びをやってみてもらいたいと思います。ただし、以下の条件でやってみてください。

 

  1. 立位姿勢からごく普通に垂直跳びを行ってみましょう。(通常垂直跳び)

  2. 立位姿勢からスタートしますが、手を腰の後ろで組んで腕の振りを使えないようにして、垂直跳びを行ってみましょう。(腕振りなし垂直跳び)

  3. 手は腕の後ろで組んだ状態で立位姿勢をとります。そのまま腰を落としてハーフスクワットの姿勢(膝がおよそ90度に曲がるくらいまで腰を落とした状態)で3〜5秒程度制止したのち、それ以上の沈み込みをせず地面を蹴って垂直跳びを行いましょう。(腕振り反動なし垂直跳び)

 

 1〜3の試行だと、どれが一番高く跳べるでしょうか。おそらく、高く跳べる順に、1.通常垂直跳び→2.腕振りなし垂直跳び→3.腕振り反動なし垂直跳び、の順になるでしょう。

 1とそれ以外の違いは腕振りを使えるかどうかです。腕振りを使えなくすると垂直跳びの高さが低くなりますね。腕振りが垂直跳びの高さをあげるために重要な役割をしていることが分かります。垂直跳びについては第9回の授業で運動の三法則を説明した際に少し扱いました。垂直跳びでは、ヒトが地面に力を伝えると、地面が同じ大きさの力で真逆の方向に力をかけ返してくれ、その力によって跳躍が可能となると説明しました。高く跳べるということは、地面からより大きな力が身体にかかっていることを意味します(実際には「力積」という用語を使ってもう少し正確に表現する必要があるのですが、簡単のために「力」という表現にとどめておきます)。つまり腕振りをすることで、地面反力が大きくなるため、腕振りをしない場合よりも高く跳べるのです。

 2と3は跳躍動作のスタート姿勢が異なります。そのことにより、2では3で使っていなかった反動動作を使うことが可能です。反動動作を使うことで跳躍高を高くなるのです。これは何故なのでしょうか。高く跳べるということは、腕振りのときの議論と同じく、より大きな地面反力を得ることができている(正確には力積)ことを意味します。作用反作用の法則から考えれば、跳躍する人が地面に対してより大きな力を発揮しています。反動動作を使うことでなぜより大きな力を発揮することができるのでしょうか。

物を持ち上げる動作で考えてみよう

 もっと単純な動作で考えてみることにします。何か適当なもの(例えばカバンやバッグ)を手に持って立って下さい。そして次の動作をしてみて下さい。

  1. 荷物を下にぶら下げ、肘を伸ばします。その姿勢から肘を曲げて荷物を力強く持ち上げて下さい。肘関節角度が90度よりも曲がるくらいまで荷物を持ち上げてみましょう。

  2. 同じく荷物を手に持ちますが、まず肘を90度に曲げた状態にします。そこから徐々に肘を伸ばしていき、肘が伸びきるときに素早く肘を曲げて荷物を持ち上げて、1と同じくらいの位置まで荷物を持ち上げて下さい。

 この運動の主動筋である上腕二頭筋は1と2のどちらの方が大きな力を出していたように思いますか。感覚を覚えていなければ再度行ってみて下さい。おそらく、2のほうが大きな力を発揮し、持ち上げる速度も速いと感じたのではないでしょうか。1と2も反動を使わない場合と反動を使った場合の比較をしたものです。

 上腕二頭筋の活動に着目すると、1の場合は単純にコンセントリック(短縮性)の筋活動を行っていますが、2の場合にはまずエキセントリック(伸張性)の筋活動の直後にコンセントリック(短縮性)の筋活動が行われています。スポーツパフォーマンスにおいても、この筋活動の組み合わせがとても重要になってきます。ただ単に短縮性筋活動によって力を発揮するよりも、その直前に伸張性筋活動を行わせておくことがメインの活動である短縮性筋活動の際により大きな力発揮ができるのです。

 さきほどらい、筋ということばを使っていますが、筋-腱複合体と言った方が正確です。骨格筋は腱(あるいは腱様組織)を介して骨格筋に付着しています。腱様組織にはバネやゴムのような性質があり、筋線維が収縮して腱様組織を引っ張ることで跳ね返るエネルギーをため込みます。さきほどの例であれば、肘を曲げた状態から荷物を下ろしているとき、上腕二頭筋は伸張しながら力を発揮し、腱様組織を引き延ばして、上腕二頭筋の筋-腱複合体にバネのエネルギー(弾性エネルギー)をため込みます。動きを切り返した瞬間に筋が短縮性活動をするとともに筋-腱複合体にためられた弾性エネルギーが使われ、より大きな仕事をすることができるのです。

 垂直跳びの例も同じようなメカニズムで説明することができます。ただ、荷物を持ち上げるのが単関節動作で比較的考えるのが単純ですが、垂直跳びでは股関節、膝関節、足関節という3つの関節とそれらをまたぐ多くの筋-腱複合体が関与している運動なのでちょっと複雑です。大まかにいうと、スクワットの姿勢から跳躍をしようとすると、股関節伸展筋群(つまりお尻周りの筋群)、膝関節伸展筋群(大腿四頭筋等)、足関節伸展筋群(下腿三頭筋等)の短縮性活動が起こっています。立位の状態から動作をスタートさせた場合は、自分の重心を下げているフェーズで、これら3関節周りの伸展筋群の筋-腱複合体が引き延ばされ、弾性エネルギーが蓄積される状態ができます。重心が最下点にきた後、実際の跳躍に向けて重心が上昇していきますが、そのときには下肢3関節の伸展筋群の筋-腱複合体に蓄積されていた弾性エネルギーが使われて、単純に筋が短縮性活動だけで行うよりも大きな仕事が行われることになります。その結果、より大きな地面反力を得ることができ、跳躍高が高くなるのです。

 このように筋-腱複合体をいったん伸張させて素早く短縮させる活動のことを伸張-短縮サイクル(Stretch-Shortening Cycle:SSC)と呼びます。SSCは動的なスポーツパフォーマンスで使われていない場合がないというくらいに自然に用いられています。みなさんも自分が専門とする競技種目でSSCが用いられている場面を考えてみて下さい。

スポーツ動作でのSSCの例を考えてみよう

 ボールを投げる動作を考えてみましょう。野球ボールでもバレーボールでもよいので、キャッチボールをしている姿をイメージして下さい。あるいはその動作を実際にその場でやってみてください。投げる動作を行う際、ボールを投げる方向とは別方向にボールを移動させますね。このとき、体幹部分はどのような動きをしているでしょうか。投げるところまでをスローモーションでやってみてください。先週学んだムチ作用をして、末端の手、そしてボールを徐々に加速していきますね。ボールを最初に後ろ側に引いたあと(あるいは引きながら)、体幹をひねって肩の前(大胸筋等)を引き延ばしていることに気付きますね。体幹のひねりによって体幹につながっている上腕が前方に動き始めるとき、まだ前腕や手は後ろ側に残される感じになります。この残される感じは慣性の法則で説明ができますね。その瞬間、肩関節や肘関節の周りの筋-腱複合体にはどのようなことが起こっているでしょうか。そこでも筋-腱複合体が引き延ばされている現象が起きていることに気付くと思います。そして最後に手首でも同様のことが起こります。体のムチ作用ではから竿作用に加えて、筋-腱複合体のバネ的特性をうまく利用して、より効率的な動作を可能にしているのです。

 サッカーのボールを蹴る動作でも、関与する筋-腱複合体は違うものの、同様の現象が起きています。柔道やレスリングで相手を投げる、陸上競技の走高跳でも同様です。棒高跳のポールの動きがこの効果を理解するのに役立つかもしれません。曲げられたポールがもとの状態に戻ろうとするエネルギーを使って人間の体をより高いところまで到達させてくれます。

 SSCをうまく使って、弾性エネルギーを活用するのが上手い人は、より少ないエネルギー消費でより大きな仕事をすることが可能となります。筋活動にはATPが必要ですが、弾性エネルギーを発揮するのには化学的エネルギーは必要ではありません。長距離走でも弾性エネルギーをうまく使って走ることができれば、より少ないエネルギー消費で同じ距離を走ることが可能となります。他の言い方をすれば、同じエネルギー量を使えばより長い距離を走れる、あるいは一度により大きなエネルギー発揮ができるため、より速いスピードで走ることができます。最近話題になっていたナイキのランニングシューズに関しても、同様の説明をすることができます。ナイキのヴェイパーフライに関する情報はインターネット上に多く出ているので是非自分でいろいろ読んでみてください。一つだけ例を挙げておきますので、これは読んでみて下さい。

https://www.businessinsider.jp/post-201876

 テニスのように長時間プレーが続くスポーツでもSSCを上手く使うことができるかどうかは競技力に大きく影響すると考えられます。SSCを上手く使うことで1ショット毎のエネルギー消費を抑えることができれば、全体としてパフォーマンスレベルの維持にも有利に働きます。そして、ストロークやサーブの際に、体のムチ作用を上手く使うことでラケットヘッドスピードも速くなり、ボールスピードの面でも有利になります。

 SSCのトレーニングについては、またトレーニング学等で学ぶことができるはずですので、ここでは深く触れません。よく行われるのがプライオメトリックトレーニングです。全身のSSCであればバウンディングやボックスジャンプ、上半身であればメディシンボールを使ったSSC動作のトレーニングなどが挙げられます。ただ、これらのトレーニングは身体的な負荷も高くなりがちなため、しっかりと基礎体力レベルを上げてから行う必要があるとも言われます。

 SSCの動作そのもののトレーニングはある程度低年齢のころから行えます。体の動きのしなやかさ(ムチ作用)を出すには神経系のトレーニングが必要です。重量や繰り返し回数での高負荷を与えず、動き作りに焦点をあてたトレーニングをしていくことで、SSCを効果的に使う調整力も身につけることが可能でしょう。

 

包括的な見方を心がけよう

 バイオメカニクスの観点からスキルトレーニングを実施していくのに重要となる代表的な知識をいくつか紹介してきました。毎回、別々に説明をしてきましたが、人間の体は学問的には切り離して考えられるものの、一つのシステムとして機能していることを忘れてはなりません。運動学習理論×慣性モーメント×から竿作用×バネ的特性×戦術×心理状態×筋力×持久力×発育発達・・・といったように全ての要素が複雑に絡み合ってひとつのスポーツパフォーマンスを生み出しているということを覚えておいて下さい。絶対的に正しい一つの解決法というものはなく、その人によって組み合わせはいろいろあり得ます。だからこそ、スポーツコーチングにも絶対的なやり方はありません。そこがコーチングの面白いところでもあります。答えが明確に分からないから面白いのです。

 

スキルトレーニングのイノベーション

 この授業はこれでおしまいとなります。これまでに聞いたことのないアイデアをたくさん仕入れることができていればとても嬉しく思います。今、皆さんを指導しているコーチらがどのような練習メニューを組んでいるかを考え、それらを批判的かつ建設的な評価をしてみてください。これは皆さんの指導者のダメ出しをするという意味ではありません。日本体育大学でスポーツを学び、スポーツを実践するということは、他の大学でスポーツを行うのとは違った意味があるはずです。特に競技スポーツ領域の学生は、今自分の指導者が行っている指導をさらに発展させ、よりよい形に改善し続けることが求められます。同じことの繰り返しではなく、新しい発想をもってスキルトレーニングのイノベーション(革新)を行っていかなくてはなりません。

 

 この授業を終わるにあたり、皆さんにいくつかの言葉を紹介します。

 

「ロウソクをいくら改善しても電球は生まれない。」(オレン・ハラリ)

「違う結果を求め、同じことを繰り返す。それを狂気という。」(アルバート・アインシュタイン)

 

 これまで当たり前に思ってきた練習、実はそれよりももっと別の効果的なものがあるかもしれません。上手くなりたい、勝ちたいと思っているのであれば、変化を求めなくてはなりません。自分の最大の敵は自分自身の「あたり前」かもしれません。みなさんには「あたり前」を疑い、常に新しいことに挑戦していってもらいたいと思います。

 

「失敗をすることは耐えられるが、挑戦しないでいることは耐えられない。」(マイケル・ジョーダン)

 

半期、お疲れさまでした。慣れないオンライン学習に一緒に挑戦してくれた皆さんに感謝しています。

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