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コーチングスキル向上に対するアクションリサーチの可能性

 コーチに対するインタビュー研究から、大学やスポーツ協会等が提供している学位や資格につながるコーチ教育よりも、非公式学習機会(例:オン・ザ・ジョブ・トレーニング)がコーチング能力向上に有効であるという結論が少なからず導き出されています。我々、高等教育機関で教鞭をとる身として、この状況(それが事実で我々のところにも当てはまるなら)から脱却できるように、教育プログラムの改善をしていかなくてはなりません。

 コーチ育成の高等教育機関として、コーチの実践力を高めるために何ができるだろうか?私たちの研究室が行き着いた一つの答えが「コーチとしてのスキルアップを狙ったアクションリサーチ」でした。 非公式学習機会での学びが加速されるような大学院プログラムを提供するという、ブレンド型学習機会の創出です。

 コーチングのアクションリサーチでは、まず、院生コーチが自分のコーチング映像を撮影して研究室に持ち込みます。研究指導教員や共にコーチングを学ぶ同僚たちとその映像を観て、学術的なレンズを通して評価をします。そこからコーチとして身につけるとよいのではと思われるスキルを導き出し、具体的にどのようなコーチング行動が観察できればよいのかを考え、いつまでにそれを達成するのかを計画します。そして現場へ出てアクションを起こし、さらにモニタリング(ビデオ撮影や録音、音声の文字おこし、行動分析など)をして評価し、再計画・・・を繰り返します。毎回新しい課題が設定されることもあれば、同じ課題に何度も何度も挑戦することもあります。このプロセスを書き残し、修士論文に仕上げていきます。

 コーチング学では、一般的な自然科学で行われているような普遍的な法則を見つける実験研究とは異なった研究も必要とされています。なぜなら、コーチングの現場はそもそも再現性が低い、というよりも、同じ状況は二度と起きません。このような特徴をもったコーチング現場を研究フィールドとして扱う我々は、何を行ったか(WHAT)よりも、どうやって(HOW)やなぜ(WHY)を重要視して研究を進めます。もちろん、修士の学位に見合った研究を行う必要があるため、なんでもやればOKというのではありません。学術的なレンズをもって現場を評価できるのか、知っているだけではなくてスキルとして発揮できるのかなども評価するようにしています。

 このような実践力アップに焦点をあてた大学院プログラムをつくったのが2011年4月でした。全ての院生がアクションリサーチをするわけではありませんが、毎年何人かの院生がアクションリサーチに挑戦しています。2018年4月に我々のコーチング大学院プログラムが系から専攻へと変化したこの機会に、これまでに行ってきたアクションリサーチを振り返り、改善点について考えてみました。


 2011年に入学した第1期生から2017年に入学した第7期生までで、私が指導教員だったのが58名で、そのうち22名(38%)がアクションリサーチを実施しました。私たちのアクションリサーチでは指導教員(私)とクリティカルフレンドが必ず関与します。クリティカルフレンドとはアクションリサーチを実施する院生コーチの同僚で、「この人の言うことは自分の成長のために言ってくれているんだと思える人」のことです。クリティカルフレンドはその名の通り、クリティカルな視点で院生コーチのコーチングを評価することが必要です。私の研究室は、毎年平均で8~9名の修士院生(博士・修士合わせて20名程度)がいる大所帯の研究室ですが、多様な意見がたくさん出てくるのが強みと言えます。指導教員とクリティカルフレンド以外に、マスターコーチが関わることがあります。マスターコーチはその競技の専門家であり、主に種目に関する専門的知識の側面を支援する役割を果たします。


 私たちの研究室に入ってくる人は、「アスリートセンタードコーチング」に向けた研究・実践を行うことが前提であるため、テーマ全てがアスリートセンタードコーチングに関連していることは不思議ではありません。これら22のアクションリサーチ全てにおいて、観察可能なコーチの行動変容がありました。長いものは、予備的な実践も含め1年以上に渡って何サイクルもPDCAをまわしていきます。このことを考えれば、さまざまなスキルが身につくことは不思議ではありません。アクションリサーチはコーチングスキルを向上させるのにとてもパワフルなツールであることは間違いなさそうです。


 もちろん、課題もたくさん見つかりました。エビデンスベースで適切(SMART)な課題設定をすることは容易ではありません。さまざまなコーチングに関する先行研究を調べて、自分の文脈に合う課題設定を行わないと、研究論文としての質を確保することができません。競技専門コーチ(マスターコーチ)の協力をどのように得ていくか、アクションリサーチの場として選んだ組織の上司の理解も重要な要素です。院生コーチの場合、アシスタントコーチとしてコーチングの経験を積ませてもらうことが多いのですが、エビデンスベースでコーチングをやろうとすると、いろいろ挑戦させてくれるはずだったのが、方針転換・・・などといったことも多々あります。また、修了後にどのように学びを継続していくかも大きな課題となっています。


 このようにまだまだ課題はたくさんありますが、このようにアクションリサーチはブレンド型学習機会として、先行研究での公式学習機会批判に対する改善策のひとつとして効果がありそうだと感じています。


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