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さまざまな質問を使い分ける

 効果的なコーチングを行うには、高いレベルのコミュニケーションスキルが必須です。コミュニケーションの語源が「共通項、共通項を作る」というところにあることからしても、そもそも双方向性が保たれていない、コーチからの情報伝達に終わっているものはコミュニケーションとは言えない可能性が高いと思います。もちろん一方的な情報伝達でも共通認識を作り上げることは可能ですが、一方的なだけに相手が本当に同じ認識を持ったかどうかの確認のしようがありません。

 相手がどのように考えているか、感じているかを知るには、コーチとアスリートの間の関係が対等である中で、アスリートに自分のことを正直に語ってもらう必要があります。全てを質問にする必要はありませんが、質問ができないというのでは困ります。コミュニケーションを通してコーチとアスリートの共通認識を作り上げながら効率的にパフォーマンスの向上を図っていくことが必要です。

 また、コーチが質問をすることを通して、アスリートの考えや気持ちを大切にしていることを暗黙的に伝えることができます。人間の心理的欲求として有能感、自律感、関係性があると言われていますが、自分の意見や感じ方をコーチが大切にしてくれているとアスリートが感じることができれば、自分で自分の行動をコントロールできているという自律感や自分の居場所があるという関係性を満たすことができるでしょう。さらに効率的なパフォーマンス向上にもつながれば有能感も高めていくことができ、全体としてアスリートの幸福感を高めることにも繋がっていくと考えられます。

 このようにみていくと、コーチが質問力を高めていくことは必要不可欠なことのように映ります。私たち自身に目を向けてみると、これまでに経験してきた教育やスポーツ機会のなかで、指示を中心に受けてきている場合が少なくありません。その結果、良い質問を投げかけたいと思っていても、なかなか実践で使うことができないと感じている人も少なくないのではないでしょうか。しかし、質問をするスキルは意識して練習することで間違いなく上達します。日本体育大学大学院コーチング学専攻では、もちろん学問をすることも重要視していますが、今回紹介するような質問力アップの機会を提供することでコーチング実践力を上げていくことにも力を注いでいます。





 この回のテーマは「ASK(質問)のバリエーションを広げる」でした。この前の回では「TELL(指示)-SELL(提案)-ASK(質問)-DELEGATE(委譲)を使い分ける」練習をしていましたので、ASKに焦点を絞って練習をすることにしました。この日に参加していた院生8人を4人×2グループに分け、コーチ役、アスリート役、ビデオ撮影係、コーチの使った質問の記録係を割り当てました。この役割を全員がローテーションしていき、全員が全てを経験するようにします。

 コーチ役は今日のテーマである質問をたくさん使うというタスクを持って「けん玉」コーチングをしました。やってみると、やはり質問がとても難しいということに気づきます。ここでは上手くやることが目的というよりも、自分達がどのような質問をしているのか、現状を知ることを目的にしていますので、良い悪いという判断はせず、とにかくやることが重要です。3分間のコーチングを終えて、質問フレーズを書き留めたポストイットを質問の種類ごとにマッピングしていき、どのような質問が多いのかを確認していきます。そして全体でディスカッションしながら、次の人が意識する種類の質問を決め、次の実践に移ります。

 質問の分類では、まず質問の答えが「はい/いいえ」で得られるようなクローズド(閉じた)クエスチョンと、回答が限定的でないオープン(開かれた)クエスチョンに分けました。オープンクエスチョンはさらに回答がより具体的にできる下位の質問から、抽象的・概念的な上位の質問の間でマッピングをしていきました。そのなかで、今回は下位の質問が少なめだったため、後のローテーションでは下位の質問を意図的に繰り出してみることを意識して実施してみました。

 院生らは思っていた以上に質問が難しいことに気づき、また個人の評価を行わない、心理的にニュートラルで安全な環境のなかで、新しいことにチャレンジすることで、質問のスキルアップにつながるきっかけを得られたのではないかと思います。もちろん、この時間だけで上手くなるというものではなく、この後現場に出て実際に使ってみて、「上手くいかないな〜」「もっとうまくやるにはどうしたらいいのかな」という自問自答を繰り返しながらスキルアップを図っていかなくてはなりません。もちろん今回のように、第三者の目を入れながらトレーニングができるとなお効果的ではあると思います。

 今回は質問のスキルアップについて話をしましたが、本当に質問がその場に適した方法なのかどうかも見分ける練習も必要で、指示をするのか、質問が適した場面なのかなどをトライアンドエラーで学び取っていく必要もあります。効果的なコーチングは文脈依存であり、コーチとしてはどのような文脈にも対応できるような、広い幅のコーチングスキルを身につける努力をしていくことが求められます。(伊藤雅充)■

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