第7回「年間計画を立案する」
- 伊藤雅充

- 2022年9月9日
- 読了時間: 20分
第7回目の授業をはじめましょう。今日のテーマは「年間計画を立案する」です。パフォーマンス向上の計画をたてることはコーチにとってとても重要なスキルです。ただ闇雲に同じ事を繰り返したとしても、効率的、効果的な競技力の向上は望めません。スポーツ医・科学の進歩や、インターネット等による情報技術の進歩の恩恵を受け、競技レベルが年々向上しています。以前は国際的なレベルの選手が行っていたテクニックをジュニア選手が行ったりする場合もあります。偶然性にまかせた競技力向上ではたどり着ける場所がそれほど高くなくなってしまう可能性が高いのです。しかし、レクリエーションでスポーツを実施すること自体が目的である場合は、計画を持つことの重要性はそれほど高くないかもしれません。ただ、レクリエーション的なスポーツにおいても、体力の維持や向上を目的とした場合には、競技者ほどでないとしても、怪我の防止や、効果的な目標達成を考えれば、やはり計画的にスポーツ実践を行っていくことが重要でしょう。
なぜそれをするのか(目的と目標)
計画を立てる際に、まず考えるべきは、「なぜ、それをするのか」という、行為の目的です。コーチング哲学について考える回(第2回)で、皆さんが持つ価値観によって言動が左右されることを学びました。そして、自分たちが大切にする価値を明確にして、その価値に立脚するコーチングをすること(価値基盤型コーチング)の大切さを第3回で学びました。計画は立てることに目的があるわけではなく、それを実行に移し、目的を達成するために行うものです。目的地を明確にせずに計画が立てられないのは明らかでしょう。
ここで気をつけて欲しいのが、目的と目標の違いです。皆さんは目的と目標をそれぞれどのように認識しているでしょうか。目的とは、その行為を行う理由のことをいい、目標はその行為で何を成し遂げるのかを意味する言葉です。計画づくりをする際には、目的と目標の両方を意識することが大切です。例えば日本一になるという目標があるとしましょう。その目標を達成することで自分は何を得ようとしているのでしょうか。日本一になることの目的は何でしょうか。
実は、目的が明確になっていなくても、目標さえあれば計画を立てることはできます。しかし、これまでの回で学んできたように、その行為の根底にある目的が明確になっていない場合には、行為に一貫性がなくなり、結局はその場しのぎの行為を選択することになってしまうでしょう。新型コロナウイルス感染症蔓延の影響により、多くのスポーツ競技会が中止になったり延期になったりしました。スポーツ実践の目的を意識していた人と、目的が曖昧で競技会(目標)だけを意識して取り組んでいた人では、この時期にどのようなことを感じ、どのような言動をとったのかに大きな差が現れたのではないかと想像します。もちろん、目標が突然目の前からなくなってしまったときの喪失感は大きなものがあるでしょう。しかし、目標を達成することが自分や周りの人たちにとってどのような意味があるのか、自分は目標を達成することで何を成し遂げようとしていたのかという目標の目的を見定めていた人は、この困難な時にあっても、その状況に早く適応し、現状に合わせた新しい目標設定が行えたのではないでしょうか。
何をするのか(WHAT)、どのようにするのか(HOW)、といったことの背景にある理由(WHY)をしっかり考えることが、WHATやHOWの質を高めていくためには欠かせません。企業の製品開発においても、何を作るか、どうやって作るかを考えることはもちろん重要ですが、その製品がどのような幸せを人にもたらすのかといった製品開発の理由を考えているかいないかで、開発された製品が受け入れられるかどうかが変わってくるでしょう。
日本人が大切にしているという「おもてなし」も、表面的に何をするのか、どのようにもてなすのかに気が行ってしまっているよりも、なぜもてなすのかという目的が明確になっているかどうかが重要です。手を洗うという行為についても同様のことが言えます。どのように手を洗うのか(あるいは洗わないのか)は、手を洗うという目的が明確になっているかどうかで変化してきます。目的が行為の質に影響を与えるという例は枚挙に暇がありません。
コーチの行為も、アスリートの行為も同じく、その目的が何なのかによって大きく左右されます。だからこそ、行為の未来予想図である計画についても、その計画を実施することがどのような意味を持つのかという、目標の目的を明確にしておくことが重要なのです。なぜその目標達成をすることが重要なのか、それをすることでその先に何を成し遂げようとしているのかをしっかりと考えるようにしましょう。
目標設定
目的と目標の関係性については、先の議論で明確になったと思います。次に目標設定について考えていきましょう。皆さんは大学卒業後にどのような職に就きたいと思っていますか。このように、将来、達成したいことのことを目標と呼びます。実際にその目標が達成できるかどうかは分かりませんが、ただ念じているだけでは、その目標が達成できる確率はそう高くないことは分かります。その目標を達成するための具体的な行動が必要となります。では、具体的にどのような行動をとればよいのでしょうか。
この問いに対して、皆さんはおそらく就職活動や採用試験、資格取得などを思い浮かべたことと思います。将来の目標を達成するためには、その手前にある連続した小さな目標を一つひとつクリアしていくことが必要だと分かります。目標設定においては、目標や行為の連続性が非常に重要な概念となります。物事には様々なステップがあり、ある行為を行わない限り、次の行為の機会がなくなるという場合は多々あります。
例えば、この授業でいえば、皆さんは単位取得という目標がありますが、履修登録をしなければ、単位取得という目標を達成することはできません。そして、15回の授業を一つひとつクリアしていくことが求められます。出席に関して言えば、3分の2の出席という目標があります。これを達成しないと成績評価を受ける機会を失います。将来の目的を達成するための通過点にある目標として単位取得を考えるのではなく、単位取得そのものが履修目的となってしまっている人にとってみれば、3分の2という成績評価の最低条件をクリアした時点で安心し、その後の授業を休むという選択をするかもしれません。単位取得のそのもっと先にどのような力を身につけ、どう社会に貢献したいと思っているのか、どういう人生を送りたいと思っているのかを考えている人であれば、最後まで休まずに授業に出るという選択をするでしょう。いずれにせよ、ある目標を達成するためには、そこに到達するまでに様々な小さな目標を達成していくことが必要だということが分かります。
このように、未来の目標を達成するためには、そこにつながる連続した目標をクリアしていくことになります。スポーツの競技力向上、あるいは健康増進のためのトレーニング計画についても同様のことが言えます。大学生の場合は、1シーズンあるいは1年をひとくくりとし、毎年4年生最後の試合となる大会での成績を最終目標とし、どの段階でどのような成績を残していくのかといった目標が立てられる場合が多いと思います。比較的長い視点で行う目標設定とその実現のための計画のことを長期目標、あるいは長期計画と呼びます。そして、長期目標を達成するために、その通過点にあたる目標を設定していきますが、それらを中期目標、あるいは中期計画、近々の目標のことを短期目標と呼び、短期目標を達成するための計画のことを短期計画として設定をしていくことが多く行われています。4年に一度のオリンピックやパラリンピックなどでは、4年を一つのくくりとして長期目標・計画を設定し、2年程度を中期、1年あるいはそれよりも短いものを短期目標・計画として考えている場合もあります。どのくらいの時間を長期・中期・短期と設定するかは、それぞれの事情によると考えて問題ありません。
達成目標とパフォーマンス目標
皆さんが所属するチームで「今年の目標設定をしよう」となったとき、どのような目標を設定しているでしょうか。日本体育大学の場合、インカレ優勝という目標を掲げているケースが多いのではないでしょうか。このように、ある順位を達成する、あるいは資格を得るといった目標のことを達成目標と呼びます。
インカレ優勝という達成目標を立てたとしましょう。そこに至るまでの計画をこれから立てていきます。具体的にどのような計画を立てるでしょうか。ここで立ち止まって、具体的な練習・・・と考えてしまったとしたら素晴らしいと思います。逆に、去年は準優勝だったから今年は去年の1.5倍練習するぞ!といった考えになったひとは、その思考パターンを修正することを勧めます。達成目標から具体的な行動を計画することはとても難しいのです。達成目標から出てくる計画は、「もっと頑張る」「精度を上げる」「戦術で勝つ」といった曖昧なものになりがちです。
具体的な実効性ある強化計画を立案するためには、達成目標の他に、達成目標を成し遂げるためにはどのような「パフォーマンス」が必要なのかというパフォーマンス目標を明確にすることが必要です。目をつぶって達成目標を成し遂げようとしている瞬間を思い浮かべたとき、自分たちはどのようなパフォーマンスを発揮しているでしょうか。そのイメージを言語化し、そのパフォーマンスが発揮できるように、長期、中期、短期の目標設定と計画立案をしていく必要があるのです。レース系の種目であれば、何秒というタイムもパフォーマンスですが、ある意味それは達成目標でもあります。そのタイムを達成するためには、自分はどのような動きをしている必要があるのか、そのためにはどのような体力を獲得しておく必要があるのか、心理的スキルを身につけておく必要があるのかなどを考えていくことが重要です。チームスポーツの場合だと、チーム戦術なども重要な要素となってきます。これらが具体的にイメージできないと、実効性ある計画を作ったり、練習メニューを作ることができません。達成目標だけでなく、パフォーマンス目標を考えていく癖をつけましょう。
ウォーターフォール・マネジメントとアジャイル・マネジメント
計画を立てることによって、優柔不断な意思決定を防ぐことができ、一貫した考え方で競技力向上を進めることができるというメリットがあります。しかし、計画を立てることが目的になってしまい、本来であれば、その時々のニーズを加味しながら、しなやかな対応をしていく必要があるにもかかわらず、計画に固執することで逆に競技力向上にマイナスとなってしまうことも考えられます。また、計画を立てるのに多大な時間をかけすぎ、計画ができた頃には、新しい事が次々と起きた後で、結局その計画を使えなかったなどということも十分に考えられます。目標設定と計画立案は、計画立案と遂行による現場の硬直化を避けられるのに十分な柔軟性を持たせたものにしなくてはなりませんし、同時にさまざまな行為の方向性を十分に指し示してくれるものにしておく必要があります。
計画の立て方、計画実施のマネジメントの仕方について、ウォーターフォール・マネジメントとアジャイル・マネジメントの二通りのやり方を紹介しましょう。計画を立てて実行する際に、ある部分が終わってから次のステップに移るようなやり方のことをウォーターフォール・マネジメントと呼びます。ウォーターフォール(Waterfall)とは滝を意味し、滝が連続して幾つもあるようなマネジメントであることから、ウォーターフォール・マネジメントと呼んでいます。比較的、状況が変わりにくい文脈ではシンプルで使いやすい計画・マネジメント法だと思います。
しかし、このマネジメント方式では変化の激しい世の中になかなかついて行きづらいということもあって、最近ではアジャイル・マネジメントがさまざまなところで採用されています。アジャイル(Agile)とは敏捷、素早いという意味で、その文字のとおり、状況に素早く適応しながら計画をその状況に合わせて修正しつつ、より先の目標達成を目指すというようなやり方です。このやり方はソフトウェア開発会社が好んで取り入れた方法で、ある程度のものができた時点で、世の中に製品を出し、消費者の声を聞きながらプログラムの改善を行っていくようなやり方です。
スポーツコーチングでもこの考え方は非常に役立つと思います。コーチングの現場は混沌としており、なかなか計画通りにことが進まないということもあります。現状分析をしっかりした中で、目指すべきビジョン(遠い将来に何を成し遂げたいのか)を明確にした後、あまり長い期間の計画はたてず、多くの場合は90日程度の計画立案をします。この90日程度の計画の中で実践と振り返りを頻繁に行いながら、長期的なビジョンを意識しながら計画の微修正を行い、起こってくる現象にフレキシブルに対応していき、最終的には長期的なビジョンを現実にしていくというものです。
スポーツの競技力向上に関するビジョンを設定し、行動指針に落とし込み、長期の目標設定と計画立案、それに基づく中期、短期の目標設定と計画立案を行い、改善を加えながら目標に到達しようとするプロセスは、多くの組織(営利、非営利の組織にかかわらず)がビジョンやミッションの達成を狙って活動していくプロセスと類似しています。このプロセスの計画や実施に、コーチだけでなくアスリートも関わっていくことで、スポーツの競技力向上に対して自己決定して主体的に取り組んでいくことが期待できるばかりか、高校や大学の教育を終えたり、プロ選手生活を終え、スポーツ以外のキャリアを歩んでいくときに大いに役立つことでしょう。アスリートのみなさんも、競技力上の計画立案とその運営をコーチやその他のコーチングスタッフに丸投げにするのではなく、積極的に関わっていくという選択をして欲しいと思います。
SMARTな目標設定
目標設定をするさいに役立つ枠組みを紹介します。SMART(スマート)枠組みです。最初にSMARTな目標設定とはどのようなことなのかを見てみましょう。
Specific(具体的)
目標を設定する際には、その目標ができるだけ具体的になっていなくてはなりません。たとえば、「目標は?」「頑張ることです」というやりとりをしていませんか。このような抽象的なものは目標とは言えません。この時点では例えば「何を」頑張るのか、「どのくらい」頑張るのかといったことが全く明確になっていません。目標が達成されたかどうかのチェックもできませんし、目標を達成するための具体的な計画がたてられません。
具体的というと、どのようなものになるでしょうか。インカレ優勝、リーグ戦優勝、オリンピック金メダルといったものになると具体的ですね。ただ、具体的ではあるものの、このままの目標では、目標達成にむけた行動を具体的に計画していくことが困難です。この後のAction-oriented(行動志向)のところでも触れますが、設定した目標から、具体的な行動計画が立てられるような具体的な目標を設定する必要があります。
Measurable(評価可能)
設定した目標が、設定した期間で達成されたのかどうかが評価できるような目標設定の仕方をしておく必要があります。「頑張る」という目標設定についていえば、○kg以上を達成する、10’00”を達成するといった数値目標になっていると、評価可能なものになります。必ずしも数値でなくてはならないわけではありませんが、分かりやすいのは数値目標ですね。もしかすると、アスリート本人の主観的な感覚を目標設定する場合があるかもしれません。そのアスリート本人にしか達成されたかどうかが分かりませんし、本当に達成されたのかどうかも評価が難しいという点を理解した上で、それでも主観的な目標設定が重要である場合もあるでしょう。その場合にも、そのような感覚が10回中7回得られることを目標とするいったように、できるだけ他者にも見える形にしていくことも考えましょう。何%の向上といったような相対的な設定の仕方もあるでしょうし、心拍数や血中乳酸濃度といった生理学的な指標、バイオメカニクス的な指標で評価することも考えられます。ゲーム分析を通して成功率を目標として設定することも面白いと思います。
Action-oriented/Attractive(行動志向/魅力的)
目標から具体的な行動を導き出せるかどうかも重要な要素です。先ほど、Sのところで優勝といった目標は具体的ではあるけれども、それを実現させるための行動が具体的に定まらない目標だということを指摘しました。順位などの目標は「達成目標」と呼びます。ときにこの達成目標から具体的な計画を導き出せることもありますが、優勝の例のように「優勝するためにはどのようなパフォーマンスが必要なの?」といった、もう一段階具体的にした目標設定が必要になる場合がほとんどです。みなさんがチーム目標をたてたときもこのワナに落ちているケースが多いと思います。優勝するためにどのようなパフォーマンスが必要なのか、という目標を「パフォーマンス目標」と呼びます。パフォーマンス目標を設定することで、そのパフォーマンスを発揮するために必要な体力トレーニング計画やスキルトレーニングの計画が立てられるようになります。
「優勝する」という達成目標をパフォーマンス目標に発展させてみましょう。まずは、自分(たち)が優勝しているシーンを頭に浮かべてみましょう。優勝している自分(たち)はどのようなパフォーマンスを発揮しているでしょうか。身体のどの部位にどのような筋力が付いているでしょうか。どのくらいのパワーを発揮しているでしょうか。どのくらいのスピードで動いているでしょうか。心理的にはどのような状態でしょうか。選手間の連動性はどうでしょうか。どのような戦術をとっているでしょうか。どのような状況判断をしているでしょうか。他にもたくさんの要素が考えられると思います。優勝するためには、優勝するために必要なパフォーマンスを明確にして、そのパフォーマンスを獲得できるように計画を立てていく必要があります。具体的な計画になるような目標設定になっているかどうかをチェックしてみましょう。
もうひとつのAとして挙げたのが魅力的(Attractive)であるという観点です。設定した目標がアスリートにとって魅力的であるかどうかは、自律、自己決定して取り組むことができるかどうかに影響します。コーチが勝手に目標設定するのではなく、あくまでも実施するアスリート本人が魅力的に感じる目標を設定することが重要です。もちろん、それがコーチにとっても魅力的に映るものである必要はありますが。コーチとアスリートはチームですから、ともに目指していくのに十分な魅力を持った目標設定にしておく必要があります。
Realistic(現実的)
立てた目標が、設定された期間に到底到達できないような夢物語になっていないように気を付けましょう。ナショナルチームなどでは、現実的でない目標設定をしなくてはならないこともあるようですが、頑張れば届く可能性がある現実的な目標設定にしておかないと、モチベーションにも負の影響を与えてしまいます。
現実的な目標設定をするためには、得られるさまざまなデータを活用することが効果的です。Mのところとも関連してきますが、過去のさまざまなデータをもとに、設定した期間で達成できる数値目標を立てていくことができれば、着実な進歩が可能になるでしょう。このようなやり方は、怪我の防止という意味でも非常に重要となります。あまりにも無理な目標に対して、無茶なトレーニングを実施してしまうことで、オーバートレーニングに陥り、練習自体に参加できなくなるという可能性も出てきます。
エビデンスベースで、頑張らないと手が届かない絶妙な目標設定をすることが重要でしょう。
Timed/Time bound(期限を切る)
いつまでにその目標を達成するのか、長期・中期・短期といった期分けをどう効果的に組み込んでいくのかなどを総合的に考えていく必要があります。設定する期間は特にRと密接な関係にあります。目標自体がその時間内に本当に達成可能なのかを考えていく必要があります。もし現実的でないとすれば時間を長く設定し直す必要があるかもしれませんし、設定した目標自体が高すぎるのかもしれません。
どのくらいの長さで時間を区切っていくのかも重要な観点です。目の前の目標設定だけではなく、長期的な視点で何を成し遂げたいのかという視点の中で、最初はどの時点でどこまで到達しておく必要があるのかを考えなくてはなりません。オリンピック選手の場合は4年間を長期として設定し、それまでの期間をいくつかに分けて、年間トレーニング計画を立てることでしょう。インカレを目指している団体チームであれば、一年を長期として設定し、半年程度を中期、3カ月程度を短期として目標設定をして計画を立てていくかもしれません。それぞれのニーズに合わせて期間を設定して計画を立てていくことになります。
年間計画から週間計画へ
長期、中期、短期の計画の立て方についての例をみてみましょう。計画の形式にはさまざまなものがあるので、自分たちのニーズにあったものをアレンジして作っていくことを勧めます。ただ、最初は誰かが作っているもののまねをしてみるのがよいかもしれません。
これまでの議論にあったように、この計画は何を目的にしているのかをしっかりと考えてから計画を立てるようにしましょう。示した最初の例では「目的」とそれに沿った行動のあり方について書かれています。二つ目の例では、その部分は省略されていますが、別に目的はしっかりと考えていく必要があります。目標については達成目標とパフォーマンス目標の2つが書かれています。二つの違いを明確にして計画を立てられるようになるまでは、しっかりとかき分けて理解できるようにすることがよいでしょう。
計画を実効性あるものにするためには、競技に関するスケジュールだけでなく、学生であれば授業や学校行事との関わりも考えなくてはなりません。試験の時期には練習量の調整をしなくてはならないでしょうし、大会のためにどうしても学業に割く時間を調整しなくてはならないとなれば、学校と相談しなくてはならない場合も出てきます。長期的な視点をもって計画を立てていくことができれば、学校や企業などの所属組織との折衝もやりやすくなるでしょう。これは長期計画をもっておくことのメリットです。行き当たりばったりの強化ではなく、学業や仕事もふくめ、トータルでアスリートの人生を考えていくことにつながる計画づくりを心がけましょう。
長期計画から中期、短期計画へと計画立案をしていくことが通常ですが、絶対その順番でやらなくてはならないと決まっている訳ではありません。ただ、おそらくは長期をある程度ざっくりと決めてから、より現実的に考えられる短期をまず詳細に、SMARTに決めてみるという手もあります。すると、長期で考えていたことが非現実的であると気付くこともあります。
上で紹介したアジャイル・マネジメントを採用する場合には、長期の方向性を明確に持ってさえいれば、むしろ中期と長期を詳細に決めないでおくというのもあり得ます。ただ、その場合には短期の中で、しっかりと振り返りをしつつ、次の短期のサイクルを適切に計画することを忘れてはなりません。常にどこを目指しているのかという「北極星」を意識し続け、そこに向けた強い意志を持っていることが条件となります。
短期計画を決めることができれば、次はより具体的な週間計画を立てる段階に入ります。休息日をいつにするのか、体力トレーニングをどういう頻度で入れていけばよいのか、心理面はどうするか、スキル面はどうするかといった多くの要素に頭を巡らせながら、全体のバランスを考えつつ、計画に落とし込んでいきます。ここでも、短期目標や計画、そして中期・長期の目標設定と計画に無理があると気付いた場合には、それらを修正する勇気を持っておく必要があります。体力トレーニングやスキルトレーニング、戦術トレーニングなどではピリオダイゼーション(ピリオダイゼーションについてはトレーニング学等で専門的に扱う)も重要な観点になってきますので、それらも長期・中期・短期の目標設定と計画の中に取り入れ、週間計画に反映させるようにします。
実践から学ぶ
経験することが最も良い学びとなります。これまでに計画を立てたことがなければ、自分の競技力向上について、あるいは皆さんがコーチングしているアスリートの成長計画をしっかりとたててみましょう。やってみれば、自分に何が足りていて、何が足りないのかを知ることができます。まずは、サンプルをまねして作ってみましょう。



