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第8回「目的が明確な練習メニューを組む」




 みなさん、こんにちは。第8回目の授業を始めましょう。今日のテーマは「目的が明確な練習メニューを組む」です。前回の授業では、「年間計画を立案する」ことをテーマに挙げ、長期目標から中期、短期目標を考えていくというプロセスを経験しました。また、優勝する、代表になるといった達成目標をたてるだけでは、その目標を達成するためにどのような練習をすれば良いのかが分からず、ただ「頑張る」だけの練習になってしまい、目標地点にたどり着くことが難しいことも学びました。設定した達成目標を実現させるためには、どのようなパフォーマンスを発揮する必要があるのかを考え、パフォーマンス目標を設定する必要があるのです。

 また、価値を基盤としたコーチング、価値あるいは目的を実現させるための目標設定、SMARTな目標設定、ウォーターフォールマネジメントとアジャイルマネジメントといった考え方やスキルは、スポーツの競技力向上に限って必要なものではなく、世間一般に必要とされる能力です。小さい頃から、しっかりした戦略に触れ、自分が責任を持って計画立案やその実践に取り組んでいくことが、スポーツに限らず、スポーツ外の領域においても活用できるスキルを身につけることにつながることが分かるでしょう。


ビッグピクチャーによって行動を導く

 今日の授業では徐々にマクロな視点からミクロな視点へと転換していきます。まずは以前考えた自分が大切にしている価値、ビジョン、長期目標(達成目標とパフォーマンス目標)を思い起こしてみましょう。自分が大切にしている価値や将来像(ビジョン)はすぐに浮かんできたでしょうか。自分の人生や社会に対して責任をもって行動している人は、即座に同じイメージが何度も浮かんでくるでしょう。それと同時に、その価値や将来像の追究をしている自分を支援してくれている家族やその他の大切な人たちの姿を思い浮かべてしまうでしょう。効果的なコーチングを実践しようとすれば、常に価値やビジョンを意識することは必須であり、今日学習する練習メニュー作りの成否にも大きく影響します。幾度となく、ビッグピクチャー(全体像)を思い起こし、それに向かっていくために、この一瞬をどう構築するかを考えましょう。


他のコーチング学関連授業との関係

 体育学部体育学科の学生は、2年次にスポーツトレーニング論B(技)(以後STBと略します)という授業科目を履修することができます。STBはこのコーチング学(論)とも密接な関係にあるため、簡単に内容を説明し、関係性を明確にしておきたいと思います。体育学部体育学科以外の学部・学科に所属している受講者のみなさんは、興味があればウェブテキスト(https://www.nssu-coaching.com/2021sum-stb00)を閲覧してみてください。これは、2021年前学期に伊藤雅充が担当したクラスのウェブテキストです。担当教員毎に少しずつ展開方法が異なりますが、基本的にはスキルアップのための練習メニューを立案していくために必要な知識を学ぶ授業となっています。

 スポーツが上手くなっていくというのは、どのようなメカニズムによって起こっているのか(運動学習理論)、コーチやアスリートはどのようなスキルトレーニングをしていくことが好ましいのかについて科学的な知見をもとに考えていっています。体力についてはスポーツトレーニング論C(体)、心理的側面についてはスポーツトレーニング論A(心)が準備されていることもあり、STBはスキルに特化した授業を展開しています。

 コーチング学はコーチとしての考え方や行動についての全体像を外観するのが目的となっており、STBが具体的な練習メニューの作り方を考えていくものになっています。体育学部体育学科競技スポーツ領域の学生はさらに3年次にコーチング演習、4年次にパフォーマンス分析演習があり、コーチング学で学んだことを「できる」スキルへと転換していくことになります。また競技力向上実践/サポートプロジェクトA〜C(2〜3年次)という通年授業では、前回の授業で実施した年間計画を立案、今日の授業のテーマである練習メニューの立案、今後の授業で扱う内容を自分の実践に取り入れながら、自身の競技力向上や他者へのサポートをプロジェクトとして実施するものとなっています。

 これらの授業が履修できない他学部、他学科の学生にとっては、このコーチング学(論)のみがコーチングについて学ぶことができる授業科目になります。上述のさまざまな授業科目は応用、発展的なもので、基礎的な内容はこのコーチング学(論)に含まれています。例えば、STBは今日の1コマを15回に渡って深く学ぶ内容になっています(そのため今日の授業内容はかぶる部分が多々あります)。このコーチング学(論)を受講し、さらにコーチングを学びたいという人は、コーチング学(論)の教員に個人的に申し出てください。できる限りのサポートをしたいと思います。


効果的な練習メニュー

 みなさんがこれまでに行ってきた、あるいは現在行っている練習メニューを思い浮かべ、どのような練習メニューが効果的で、どのようなメニューは効果が薄いかを考えてみてください。これは、コーチの批判(ダメだしという意味で)をすることが目的ではなく、みなさんが将来、もっと効果的な練習メニューを組むことができるようになるために必要な考察です。できるだけクリティカル(日本語にすると「批判的」という漢字があてられ、誤解を招く可能性があるためカタカナ表記しています)で建設的な視点をもちつつ、客観的に練習を評価してみてください。


(しっかりと考察タイムをとってください)


 いかがでしょうか。競技種目や性別、年齢、競技レベルなどさまざまな要素によって出てくる答えは違っていると思います。このようなさまざまな背景の要素を合わせて「文脈」、カタカナ表記だと「コンテクスト(context)」と言います。「その場が持つ特徴」という意味で覚えておいてください。コーチングを語る際には「文脈」がひとつの鍵になります。

 STB授業やさまざまな講習会で、受講者に効果的な練習と効果的でない練習について考えてもらった際に出てきたいくつかの観点を紹介しましょう。


  1. 対象のニーズに適したメニューであるか

  2. 長期的な目標と合致した練習になっているか

  3. アウトカム(目的・目標)が明確な練習か

  4. チーム内で共通認識がとれているか

  5. 実戦的であるかどうか

  6. 状況判断を伴う練習になっているか

  7. 適切なスキルで行われているか

  8. 十分な反復が確保されているか

  9. 練習にかける時間は適切か

  10. 学習者の主体的な取り組みが確保できているか

  11. ポジティブかつ挑戦できる雰囲気が確保できているか

  12. 適切なフィードバックが提供できているか

  13. 心身のコンディションが整っているか

  14. 質と量の組み合わせが適切か

  15. 障害等のリスクマネジメントができているか


 他にもさまざまな観点を挙げることができるはずです。ただ、ここに挙げられているだけでも、けっこうな数の要素を考えないといけないことが分かりますね。そのスポーツが上手くプレーできる人だから上手くコーチングができるとは限らないという理由も分かる気がします。そもそも、プレーヤーとして必要とされるスキルと、コーチとして必要とされるスキルは必ずしも一致しません。コーチとして必要とされるスキルをしっかりと学んでいきましょう。


アウトカム(目的・目標)が明確なメニュー

 さまざまな観点のなかで、このあと特に焦点を当てたいのが「アウトカム(目的・目標)が明確な練習か」です。上に挙げられた観点はお互いが複雑に関係し合っており、お互いにお互いの原因や結果になっていたりします。しかし、よく見ると1〜3の内容は4〜15に挙げた観点とは少し種類が違う内容になっていることに気づきます。1〜3はどちらかというと他の観点の原因となっている場合が多いのです。

 この点について考えてみることにしましょう。「チーム内での共通認識がとれているか」の「チーム」には、団体種目のチームという意味ももちろんありますが、競技力向上に関わるチーム全体、つまりアスリート間、コーチ間、コーチとアスリート間、他のスタッフも含めた組織全体という意味もあります。個人種目であってもチーム内で共通認識がとれた練習ができているかどうかがとても重要になります。もちろん、同じ練習メニューを実施しているなかで、各個人がそれぞれ異なる個別の目標を持って取り組んでいるということはあり得ます。ただ、個々人の目標を、練習を共にするチームの目標の構成要素として共通認識の中に落とし込んでおくことは重要です。何のための練習なのかをアスリートが理解せず、学習者の主体的な取り組みの確保はできません。コーチが作成したメニューであったとしても、コーチとアスリートの間で共通認識がとれていることが求められます。そうしないと、練習中のコーチとアスリート間の会話やアスリート間の意見交換もちぐはぐになって、生産性の低い時間を過ごしてしまうことになります。アスリートのニーズを踏まえ、長期的なビジョンや目標にもとづいて、「これからの10分は○○について△△ができるようになることを目標に行う。これができれば次のステップは□□だ。」といった具合に、その時間で皆がどこに向かって挑戦するのかが明確になっていれば、協働作業の質も向上し、より効果的な練習実施ができると言えます。

 「実戦的であるかどうか」「状況判断を伴う練習になっているか」を始め、その他の観点も1〜3の優劣がその成否に大きな影響を与えます。その練習の目的は何なのか、なぜこの練習である必要があるのか、なぜこの時間なのか、なぜこの時期に行うのか、なぜこの人数なのか、なぜこのセッティングなのかなどがしっかりと考えられ、明確になっているかどうかが練習の効果を左右します。目的や目標がはっきりしていれば、どのくらいの時間が必要か、練習の質と量の組み合わせはどうするべきか、どのようなフィードバックをアスリートに与えるべきか、起こりえるリスクはどのようなものかなどを考えることができます。目的や目標がなければ、同じ事を繰り返すだけの練習となってしまいがちです。個々のニーズを的確に捉え、長期的な視点での能力開発をするために、今何がなぜ必要かを明確にすることが、練習の効果を決定すると言っても過言ではありません。

 この授業では、練習の目的や目標のことを練習のアウトカムと呼ぶことにします。アウトカム(Outcome)とは「結果、成果、業績、効果」と訳されることが多いのですが、ここでは「どのような目に見える結果を達成したいのか」という意味で使っていきます。アウトカムとは時に目的であり、時に目標として使われます。両方の意味を含んだ便利な表現として使っていきますので、慣れていってください。ビジネス界でも当たり前に使われている言葉ですので、今のうちに慣れておくと将来の役に立ちます。将来、「このプロジェクトのアウトカムは何だね?」と上司に聞かれた時、「このプロジェクトが終わる時には、お客様が○○を手にしていることが期待できます。」とズバッと答えてもらいたいと思います。


「なぜ」を問うクセをつけよう

 コーチとしてもですが、アスリートとしても、何かと「なぜ」を問うクセをつけてください。それも一回だけの「なぜ」ではなく、「なぜ」の「なぜ」を何回も問うてみてください。ひとつ「なぜ」を問う練習をしてみましょう。


「あなたはなぜ日本体育大学で学んでいるのですか」


この問いに答えてみましょう。あなたが日本体育大学で学ぶ目的、つまりあなたに日本体育大学を受験させ入学させた理由は何でしょうか。まず、最初の「なぜ」への自分なりの答えを書き留めてください。

 このあと、自分の出した答えに対して最低4回の「なぜ」を繰り返してみてください。日本体育大学で学ぼうと思った理由を思ったのはなぜなのでしょうか。あなたが、1回目の「なぜ」で「日本体育大学は第一希望ではなかったが、他の大学に合格しなかったので日本体育大学を選んだ」と答えたとしましょう。次の問いは「それでもなぜ日本体育大学に進学したのか、他の選択肢(例えば就職するなど)を選ばなかった理由は何だったのでしょうか。」のようになるでしょう。とくに5回に限らず、自分で時間をおきつつ「なぜ」を何回も問うてみてください。「私は本当は何を求めているのだろうか」を考えてください。

 以前の授業で、ビジョンと戦略の設定と価値基盤型コーチングについて触れました。みなさんが今日のタスクで行き着いた「なぜ」と、みなさんが先週見いだした自らが大切にする価値とは一致していたでしょうか。ただ何となく生活を送っている、何となく練習をしているのではなく、「なぜ」それを行っているのかを意識しながら生活や練習をし、無意識のうちに「なぜ」を考えるクセをつけていくことができれば、より充実した生活や練習をすることが可能になってくるでしょう。

「なぜ」からパフォーマンスの全体像を理解する

 日本体育大学進学に関する「なぜ」はかなり哲学的、心理学的な深掘りでしたが、練習メニュー作りにおいても「なぜ」を問うことが非常に重要です。まずは実際の試合場面、演技場面などでのパフォーマンスを思い浮かべてみましょう。そのイメージに対して、さまざまな「なぜ」を問うていきます。記録系種目であれば、「記録の良い人は、なぜ記録が良いのだろうか」、演技系であれば「あの人が美しく映るのはなぜなのだろうか」、球技であれば「あの人はなぜボールを扱うのが上手いのか」といった問いです。何からスタートするかにこだわる必要はありません。「なぜ」に対する答えが一直線上に並ぶこともあるかもしれませんが、スポーツはそれほど単純ではないため、「なぜ」を問うていくうちに、どんどん枝分かれしていくのではないかと思います。それでかまいません。スポーツパフォーマンスは無数の要素が複雑かつ動的に影響し合って表出するものなので、「絶対解」はあり得ません。

 「なぜ」を問うていると、自然にさまざまな文献を調べてしまっていることがあると思います。スポーツ種目の教本や、競技種目の月刊誌、コーチやアスリートのブログ、YouTube、テレビ録画など、自分の「なぜ」に対する回答のヒントを与えてくれるものはたくさんあります。もちろん、日本体育大学の授業全体が「なぜ」に答えるための基盤を作るものでもあります。スポーツ心理学は心理面の「なぜ」に答えるための科学的根拠を提供してくれますし、スポーツ生理学は体の中の各種反応に関する「なぜ」にヒントをくれます。スポーツバイオメカニクスは技について多くの示唆を与えてくれます。コーチング学関連の授業は、さまざまな科学的知識をどう統合して実際の現場でのコーチングパフォーマンスにつなげていくのかについてのヒントをくれます。「なぜ」を問いながら、手に入れられる、ありとあらゆる情報を活用して、そのスポーツパフォーマンスを構成するさまざまな要素とそれらの関係性、そして全体像をより適切に理解できれば、効果的なパフォーマンス向上を導くことに一歩近づけるでしょう。

 ただ、いくら経験あるコーチでも、競技レベルの高いアスリートであったとしても、そのスポーツ種目を完全に理解することが不可能であることを理解し、謙虚な気持ちをもって学び続けることが重要であることは言うまでもありません。スポーツは常に変化し、それを取り巻く世の中も常に変化しています。人間も変化していっています。自分は全てを知っているという錯覚を起こしてしまうと、その後の学びが起きず、相対的にはどんどん退化していってしまいます。


「なぜ」をメニュー作りに活かす

 なぜそのメニューを行うのかをエビデンスベース(主に科学的根拠や量的・質的データにもとづいて)で考えていくことができれば、より適切なアウトカム(目的・目標)の設定ができるようになるでしょう。先週の授業で扱ったSMARTな目標設定を思い出してください。先週は長期計画や短期計画を立てていく際の観点としてSMARTを紹介しました。SMARTは練習メニュー作りでも活躍するフレームワークですので、是非活用してもらいたいと思います。アウトカムの設定についてSMARTフレームワークにそって少し解説しましょう。SMARTそれぞれの要素はお互いに関係し合っていて、1つだけを取り出して考えること自体が難しいことは、あらかじめ理解をしておいてください。


Specific(具体的かどうか)

 「なぜ」をたくさん問い、たくさんの人の意見に触れ、たくさんの科学的知見に触れ、自らの経験と合わせて、対象となるスポーツ活動を理解していけば、何を具体的に練習していく必要があるのかが自然に見えてくるようになります。最初は具体的なアウトカムを立てられなかったとしても、M、A、R、Tのそれぞれを考えながらアウトカムベースの練習メニュー作成と実践を繰り返していけば、より具体的なアウトカムを考えつくようになるでしょう。

 この項目は、MARTの統合されたものと考えてもらってもよいかもしれません。評価できるかどうか、どう評価するのかという考察(M)は、アウトカムをより具体的なものにしていくことを助けてくれるでしょう。同じくA、R、Tを考えていけばいくほど、アウトカムはどんどん具体的(S)になっていかざるを得ません。目の前のアスリートにとってこれは本当に必要なのか、今、何が必要なのか、これにかけられる時間はどのくらいなのか、長期的な目標は何なのか、実際に実行可能かを考えていってみましょう。

 ここで、特に言うことがあるとすれば、アウトカムの表現方法です。アウトカムの設定をする際には


このセッションが終わる時、

  1. アスリートが ○○ ができるようになっていること

  2. アスリートの △△ が観察できること

が期待される


のように記述してみてください。これはどう評価するのか(M)と密接に関わっていることですが、このような表現にしてみることで、決められた時間内(T)に、何を達成しようとするのかが第三者が見ても評価可能になります。本当に実現可能(R)なのかについても議論がしやすくなります。アウトカム設定をこのような観察できる行動(A)や現象として設定することがSMARTなアウトカム設定をしやすくしてくれることでしょう。


Measurable(どう評価するのか)

 アウトカムの設定に慣れていない人が頻繁に陥り、なかなか脱出できない落とし穴があります。一生懸命に考えてアウトカムを記述したものの、その練習が終わった時にアウトカムが達成されたかどうかを評価することができない記述になっていることが非常に多いのです。

 この点が明確になっていないと、練習中にどのようなフィードバックを提供すればよいかも定まりません。どのような行動が観察できればよいのか、どのような確率になればよいのかなど、質的あるいは量的にどう評価するかを予めイメージしておく必要があります。評価の観点や方法が定まっていないと、たとえば、サッカーのフリーズ指導を行う(プレー途中で笛を吹いてプレーを止めて、その場でフィードバックを行う)際、どのタイミングで笛を吹けばよいのかが分かりません。もちろん、そこでどのようなフィードバックを与えるかも定まりません。評価する観点が明確になっている練習のアウトカムがチーム全体で共有されていれば、それ以外のミスが起きたとしても、それに囚われることなく、アウトカムに設定した現象(例えば「アスリートたちが○○に取り組もうと努力し、今までにはなかった行動が観察でき、成功率が30%程度に達する」)が観察できていれば、アウトカムとは関係のないミスに心を乱されることなく、ポジティブなコーチングが可能になるでしょう。そこで別のミスに気づけば、それをテーマにした練習をまた組めばよいのです。

 評価可能なアウトカムを設定することで、練習メニューが本当に効果的なものであったかどうかも評価でき、練習メニューそのものを改善していくことにもつながります。本当にSMARTにアウトカムやメニュー設定ができていたのか、もしかすると、アウトカムやメニュー自体は問題なかったが、実は自分のアドバイスの質に課題があるのではないかといった振り返りが可能になります。コーチとして成長していくためにも評価可能なアウトカムを設定することが重要なのです。

 評価の観点を考える際には、先週も話題にした達成目標とパフォーマンス目標という2つの観点を取り入れてみることが役立ちます。長期的な目標達成をするためには、ある戦術の成功率を3カ月で確率80%にする必要があると考えたとしましょう。これはいわゆる達成目標です。勝つために必要なその戦術の成功確率は重要達成目標指標(Key Goal Indicator:KGI)と呼びます。最終的な数値目標ですね。このKGIを達成するために、みなさんはさまざまな活動をすることになります。そのプロセスがうまくいっているのかどうかを評価するのが重要パフォーマンス指標(Key Performance Indicator:KPI)です。ビジネス界では重要業績評価指標と呼んでいるようです。売り上げ高(KGI)を達成するために営業での訪問件数をKPIで評価するといった感じです。スポーツの練習であれば、成功率80%(KGI)を達成するためにはチームトークが重要で、練習中にどのくらいの頻度でアスリート間のコミュニケーションが行われたのかをKPIとしてモニタリングしていくということが例として挙げられるでしょう。もし、このチームトークがKGIを押し上げていくために鍵となる要素だとすれば、それを重要成功要因(Key Success Factor:KSF)と呼びます。KGI、KPI、KSFの概念をアウトカム設定に持ち込むことができれば、SMARTなアウトカム設定がより良いものになってくるように思います。


Action-oriented/Attractive(行動志向/魅力かどうか)

 アウトカムを設定する際、それがアスリートにとって魅力的なものとなっているかどうかは、アスリートがその練習にどのように取り組むかと深く関係しています。アスリートのニーズ(必要なこと)やウォンツ(やりたいこと)を的確に捉え、アウトカムの設定をしていくことが必要でしょう。アスリートのウォンツだけで練習を構成することは得策でない場合が多々あると思います。コーチが気づくアスリートのニーズも非常に重要です。しっかりとアスリートにニーズを認識させるコミュニケーションも必要となります。1日の練習の中で、ニーズに関するアウトカムを設定した練習に加え、アスリートのウォンツをアウトカムとして設定したものを織り交ぜていくという方法も考えられるかもしれません。

 アウトカムベースの練習メニューを作成し、実施することが重要であることは、今回の授業で理解してもらえると思います。しかし、アウトカムにしがみついた運営をすることは、時に目標達成を妨げてしまう要因にもなりかねません。どれだけ素晴らしいアウトカムを設定し、それにむけた計画をたてたとしても、予測された通りに物事がいくとは限りません。アウトカムを達成するために、柔軟な対応ができる計画を立てておく必要もあるでしょう。プランBやプランCを準備しておくことも必要かもしれません。ときに設定したアウトカムを捨て去ることも必要かもしれません。その時々の文脈によって、適切な判断をしていくことが前提となったアウトカムベースの練習を計画していくことが求められます。全ては、その現場の文脈に対応して行動を最適化する行動志向(Action-oriented)の考え方の下に行っていく必要があることを忘れてはなりません。


Realistic(現実的か)

 対象となるアスリートを取り巻く文脈(活動に許される時間、発育発達状態を含めた身体的特性、心技体のレディネス、長期的なビジョンや目標など)から考えて、適切なアウトカムとなっているのかどうかを評価しなくてはなりません。コーチの目標達成を優先したジュニアアスリートの練習アウトカムを設定することも避けなくてはなりません。トップアスリートが設定するアウトカムや練習メニューを、そのままジュニアアスリートに持って来ているということはないでしょうか。

 簡単ではないけれども、設定された時間内に達成できるものになっているでしょうか。アウトカムの設定においてよく見かけるのが、数ヶ月かかるアウトカムを1日の練習で設定してしまっているといった間違いです。MとTとの関わりで、1日あるいは15分の練習でどのようなことが目の前で観察できればよいのか、という観点で現実的なアウトカムを設定しなくてはなりません。


Timed/Time-bound(時間は適切か)

 アウトカムが具体的なものとなっていれば、そのアウトカムを達成するのに必要な時間を予測することが可能です。ただ、予測はあくまでも予測であって、計画通りに事が進むとは限りません。ある程度の幅を持たせて考えておくことが必要でしょう。

 実際には、時間がアウトカムを縛ることのほうが多いかもしれません。活動の時間が限られていたり、コンディショニングの観点から練習量をコントロールする場合などには、まず時間的要素(同時に練習の質と量の組み合わせを考えつつ)を確定してから、その時間で達成できるアウトカムを設定するという流れにすることになるでしょう。

いずれにせよ、時間的要素はS・M・A・Rの全てに影響を与えます。また、逆にそれらから影響を受けて時間的要素を変化させていくことも必要となります。


アウトカムが明確な練習メニューの改善

 アウトカムが明確な練習メニューを作っていくことの最も大きな意義のひとつが、練習が終わった際に、それ自体を客観的な視点から振り返り、さらに改善していくことが可能であることです。コーチングは混沌の中での構造化された即興と比喩されることがあります。常に変化している世の中において、効果的なコーチングをしようとすれば、ある1つの考え方に囚われるのではなく、コーチ自身が自分のやり方を変化させていくことに積極的でなくてはなりません。効果的なコーチングは文脈依存であることを忘れないでください。今回はベストだと思っているアウトカムベースの練習を実施できたかもしれませんが、さらに良いものにしていくことは可能です。アスリートの学びを支援することが目的であるコーチングですが、それをより効果的なものにしていくためには、コーチも一緒に学んでいくことが必須なのです。

 まず、練習後に自分自身に問いを投げかけましょう。


  1. 今日のアウトカムは何だったか(導入)

  2. その練習においてどのようなことが起こったか(事実確認)

  3. 上手くいった点はどこか、それはなぜか(評価と学び)

  4. 改善できる点はどこか、それはなぜか(評価と学び)

  5. 次には何に意識してみるか(アクションプラン)


 評価と学びのところで、アウトカムベースの練習メニュー作りをより上手くなっていくことに焦点を当ててみましょう。この振り返りの重要なポイントは、アスリートが上手くなったかどうかよりも、コーチ自身の練習メニュー作りのスキルが上手くなったかどうかです。もちろん、アスリートがどういう反応をしたのかは重要な振り返り項目ですが、それを活用して、自らのメニュー作りを上達させていくことが重要です。

 練習終わりにアスリートに対して、練習に対する意見を聞くのも効果的でしょう。練習の最後にアスリートに今日の学びを話してもらって、自分が意図していたものがアスリートにうまく伝わったかどうかを測るという方法も考えられます。フォーマルな形でやらなくとも、練習後に歩きながら、インフォーマルな、ラフな感じで練習に関する評価を聞いてみるのもよいかもしれません。

自分の日常生活で試してみよう

 先週の「年間計画を立案する」と今週の「目的が明確な練習メニューを組む」で学んだ内容は、皆さんの日常生活においてもかなり活用できるものです。コーチング学(論)の授業では、コーチとしての学習をしているのですが、主体的に競技力向上に取り組むアスリートとしても、これらの能力はとても重要なものとなります。体育学部体育学科競技スポーツ領域の学生は競技力向上実践/サポートプロジェクトA〜Cで、毎月の目標設定と振り返りを繰り返し、それをレポートとして提出していますね。先週と今週の内容を実際にスキルとして身につけていくトレーニングをしているわけです。他の学部や領域の皆さんはそのような機会が授業としてはありませんが、自分自身の競技力向上をテーマとして日常的に計画立案から実践、評価といったスキルを伸ばしていくことは十分にできます。競技を行っていない人も、アルバイトやその他様々な活動を通して、これらのスキルを磨くことは十分にできます。大学を卒業し、就職した後にもこれらの能力は大変役に立つはずです。今のうちに少しずつでも練習をしておきましょう。

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