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第9回「コーチングセッションの運営​〜アスリートの4C'sを導く4つのアプローチ〜」

更新日:11月22日


 今回(第9回)から、コーチング学授業は一つの節目を迎えます。第1回から第4回までに、コーチング哲学を中心とした、コーチとしての考え方について扱い、第5回と第6回でコーチにはどのような知識や能力が必要かということを考えました。第7回と第8回では長期計画から短期計画、そしてアウトカムが明確な一回の練習をどう組んでいくのか学び、概念的なことから徐々に具体的なコーチングに話題が展開してきました。そして第9回から数回は、コーチングを行う際に役に立つ、コミュニケーションスキルについての実践的な学びの回となります。


コーチングの目的としての4C’s(フォーシーズ)

 まず、コーチングにおいてコミュニケーションをとる目的を考えてみましょう。コミュニケーションを通してコーチは何をしようとしているのでしょうか。コーチングの目的は4C’sにまとめられると言われています。4C’sは4つのCという意味で、Competence(有能さ)、Confidence(自信)、Connection(関係性)、Character(人間性)です。コーチングを通してアスリートの4C’sを育んでいくことが求められるということは、コミュニケーションのあり方も、4C’sを育んでいくことにプラスに働くようにすべきであると言えるでしょう。4つのC、それぞれを簡単に見てみましょう。


有能さ

 有能さ(Competence)は、アスリートができないことができるようになること、できることであれば、より質を高めたり量ができるようにしたりすることを意味しています。もし、スポーツを行う目的が健康維持であってパフォーマンスは関係ないと言っていたといても、有能になることを拒否するケースはほとんど考えられません。

 有能になるためには、学習を繰り返す必要があります。運動学習理論を学んだ人は、どのように人が運動を学んでいると考えられているのかを理解していると思います。繰り返し練習をすることで、自分の理想の状態に結果を近づけていく作業をおこなっていきます。アスリートの学習プロセスにおいて、必ずコーチが関わらなくてはならない部分はありません。何かを学習するというのは、学習をしている本人のテーマであって、本人の中でフィードバックループを回していく必要があります。ただ、アスリートだけでは行き着けない領域があり、その部分に到達することを可能にする存在(MKO:More Knowledgeable Other)としてアスリートに関わっていく必要があるのです。

 有能さは、スポーツのパフォーマンスだけでなく、人生を生きる上で必要とされるさまざまなスキルも対象となります。たとえば、やり抜く力や成長的マインドセット、論理的思考、PDCAサイクルによるプロジェクトマネジメント、リーダーシップスキルなど、スポーツ活動に参加することでさまざまなスキルを向上させることができます。

 コーチの言葉を考えるとき、アスリート本人のスポーツスキルの学習を促すことができるような言葉とはどのようなものなのか、例えばリーダーシップを磨いていくための声かけの仕方とはどのようなものなのかを考えていく必要があります。コーチが何を言いたいかというよりも、学びの主体であるアスリートの学びを最適化するために必要なコミュニケーションの取り方をしていくことが重要なのです。


自信

 コーチングを受けることで、アスリートが自信をなくしていくようなコーチングは正しいとは言えません。アスリートが、自分にはやれる、やる力があるといった感覚を持てるようにしていくことがコーチには求められます。罵声を浴びせたり、罰を与えることでアスリートをコントロールしようとすることは非常に危険です。アスリートが勝ちたくて勝ちたくてたまらなかった試合に負けてしまったときにどのような声をかけるのか、あるいはとても厳しい戦いを勝ち抜いたときにどのような声をかけるのか、毎日の練習でどのような練習の雰囲気を作り(非言語的情報)、言葉がけ(言語的情報)をしているのかなどが、積もり積もってアスリートの自尊心や自己効力感、自信を作り上げています。


関係性

 コーチはアスリートがどのような人間関係を構築するのかに少なからぬ影響を与えます。コーチは日常的に人間関係のあり方をアスリートたちに実践を通して教えています。コーチが発する言葉が、アスリートのことを大切にし、よく理解しようとするものであれば、アスリートはそこから他者の意見を大切にすることを学ぶでしょう。コーチが言葉少なめに、アスリートたちに主体的に動くことを認めていっていれば、目先の結果にこだわりすぎず、長い視点から相手とのコミュニケーションをとることを覚えるでしょう。逆に常に命令をするコーチであれば、暗黙のうちに過度な主従関係を覚えてしまうでしょうし、将来アスリートが同じように他者をコントロールするようなコミュニケーションをとるようになってしまうリスクが高まります。


人間性

 有能さ・自信・関係性で述べてきたように、コーチの発する言葉やその振る舞いは暗黙的にアスリートのロールモデルとなり、アスリートの将来の行動に影響を与えています。人間性豊かな人に(人間性をどう定義するかは皆さんそれぞれが考えてみてください)育って欲しいと思っているのであれば、コーチ自身が人間性豊かな人となっていくように努力をするべきです。


 アスリートの4C’sを育んでいくためには、コーチが自分勝手に一方的な情報伝達のみを行うのは適切だとはいえません。アスリートを恐怖や罪の意識、あるいは交換条件になるような褒美など(つまりアメとムチ)によって制御しようとしているなら、練習量を強制的に行わせることによってある程度のスポーツの有能さを得ることは可能でしょう。しかし、そのようなやり方では、その他の要素のほとんどを犠牲にしなくてはならなくなる可能性が非常に高いといえます。

 逆のことも言えます。コーチが自分勝手に一方的にアスリートの言うことを聞くだけでは、コーチが本来行うべき働きができず、アスリートの4C’sの伸びを促進することはできません。アスリートの学びを想像しながら、今はこういう言葉がけが効果的だろうと分析的、直感的に状況判断をして、アスリートが最も学べる(とコーチがエビデンスベースで推察する)と思われる働きかけ(声かけ)をすることが求められます。時と場合によって言葉がけの仕方を戦略的に変えるやり方を見ていくことにしましょう。


指示・提案・質問・委譲アプローチ

 異なる言葉がけの仕方(アプローチ)として「指示−提案−質問−委譲(Tell−Sell−Ask−Delegate)」アプローチを紹介します。この4つが使い分けられるようになると、とても有効なコーチングができるようになるでしょう。実際にコーチやビジネスパーソンを対象としたさまざまな講習会でこの練習をやると、参加者からはさまざまな驚きの声を聞くことができます。特にビジネス業界で言われる狭義のコーチングとスポーツのコーチングが同じであると考えていた人には目からウロコのようです。コーチングというと、相手の意見を引き出すことが重要で、教えることは避けなくてはならないと思っていたけれど、この4つのアプローチの練習をやってみて、アスリートセンタードコーチングの意味がよく理解できてきたと言っていた人もいました。アスリート一人ひとりの文脈が異なるからこそ、それぞれのアスリートの学びを中心におけば、確かにコーチのワンパターンなやり方に固執していてはうまく目的が達成できる訳がないと気付くようです。もちろん指示−提案−質問−委譲だけですべてがうまくいくとは思えませんが、きっと皆さんの言葉がけを戦略的にしていくための枠組みとして使えることと思います。それでは一つひとつ、みていきましょう。


図1 コーチングの4つのアプローチ
図1 コーチングの4つのアプローチ

指示(Tell)

 指示(Tell)は、「○○しよう」「△△しない」のように、アスリートに対してコーチの意図を明確に伝えて、その通りに行動することを求めるものです。コーチングにおいて指示することがよくないことと考えられているかもしれませんが、必ずしもそうとは限りません。後に解説する委譲が「放任」になってしまうようであれば、指示のほうが機能することもあるでしょう。質問しているふりをして、コーチがあらかじめ持っている答えを言わせようとしているだけならば、明確な指示をしたほうが効果的かもしれません。

 本人の主体的な取り組みを内発的動機による活動、コーチによる指示が外発的動機による活動として捉えていると、指示があたかも悪者のように見えてしまいます。もちろん、コーチの指示が、プレーヤーの行動を制限し完全に「やらせている」状態となっていることもあります。一方で、コーチが指示をしたとしても、その内容がプレーヤーにとって魅力的で、プレーヤーがワクワクして取り組む場合もあるのです。みなさんはすでに学びましたが、前者のような状態を外発的動機の中でも外的調整、後者を統合的調整と呼びます。確認のためにあと2つの外発的動機の種類も示します。外的調整から少しだけ自分の中に意味を見いだした状態で、やったほうがいい、やることで認められたいといった気持ちで取り組む状態を取り入れ的調整と呼びます。外から与えられたことに対して、もう少し自分自身の意義を見いだし、自分に必要だと思って取り組んでいる状態を同一化的調整と呼びます。このように、外から与えられた課題であっても、より内発的動機に近い状態になっていることを動機、あるいはやる気の内在化と呼びます。みなさん、覚えていたでしょうか。

 指示が一律によくないという訳ではなく、そのときのプレーヤーの状態やその他の文脈(場が持つ特徴)、コーチの指示の与え方(内容、タイミング、声のトーン、表情、姿勢など)などによって、効果的な指示になったり、勧められない指示の仕方になったりするのです。時と場合によって、効果的な指示が異なるということなので、絶対これをしてはいけない、これをすれば絶対うまくいくというのを特定することは困難です。おそらくそういうものはありません。しかし、一つだけ言うとすれば、指示だけしかできないというのは避けた方が無難でしょう。


提案(Sell)

 提案(Sell)は、「□□をするとうまくいくかもしれないね」のように、プレーヤーが思いつかない、あるいはやってみようという意思決定がうまくできない場面において、コーチから選択肢を示し(売り込み)、プレーヤー本人が自分の意思でやってみようと思うようなアプローチです。指示に比べ、提案は選択権がプレーヤー側に来ます。プレーヤーの経験が少なかったり、年齢が低い場合などには、そもそも自分では何をやってよいかが分からない場合もあるでしょうから、提案をうまく使っていくことで、プレーヤーの事前の経験や知識の少なさを補っていくことができるでしょう。

 また、「Aという方法と、Bという方法があると思うんだけど、どっちをやってみたい?」のように、質問の形を使った提案をすることも考えられます。選択肢を提供していけば、やらされ感を低減させることができるかもしれません。「これをやれ」と選択権がない外的調整によるやらせ方ではなく、どれを選んでもコーチとしてはOKだと思っているものを選択肢として提示することで、より内在化した行動が期待できます。選択肢を提供するという戦略は自律性支援行動としても推奨されている方法です。


質問(Ask)

 質問(Ask)は、「今のはどんな感じだった?」「うまくいったのはなぜなんだろうね?」のように、プレーヤー本人が自分で発見をするための枠組みをコーチが提供したり、コーチがプレーヤーのことをより理解するために用いるアプローチです。

 質問にもさまざまな種類があります。その文脈にあった質問を戦略的に用いることでより大きな効果が期待できます。一般的にはクローズドクエスチョン(閉じた質問)よりもオープンクエスチョン(開かれた質問)の方がよいと言われます。クローズドクエスチョンは質問に対する回答が限定的なもののことを言います。代表的なのが「はい」か「いいえ」で答えられる質問です。対面式授業では実際にクローズドクエスチョンとオープンクエスチョンを練習してみるのですが、ここでは説明にとどめておきます。

 クローズドクエスチョンは、先に質問者側(すなわちコーチ)が答えを持っており、アスリートはほとんど考えることなく回答ができてしまいます。オープンクエスチョンはさまざまな答え方ができる質問です。コーチがオープンクエスチョンを使ってアスリートに問いかけると、アスリートはいろいろなことを考え、回答を導き出さなくてはなりません。学習効果を考えれば、脳がほとんど頑張っていないクローズドクエスチョンよりも、自分で自分の回答を探し出すオープンクエスチョンのほうが効果的だと言えます。ただ、オープンクエスチョンでも注意が必要なのが誘導尋問です。質問をしているように見えるかもしれませんが、結局はコーチの思うとおりの回答を要求していくような質問をしていると、プレーヤーはコーチに制御されているという感覚を持ちます。否定の意味をもつ「なぜ」にも気をつけましょう。あくまでも建設的、前向きに考えられるような質問を心がけてください。

 プレーヤーの年齢や競技水準が高くなってくると、概念的、哲学的な質問も意味をなすかもしれませんが、そのような質問は低年齢や競技水準がそれほど高くないプレーヤーにはそぐいません。じつはオープンクエスチョンには次元があり、上位のオープンクエスチョンと下位のオープンクエスチョンの連続体で考えることができます。概念的、哲学的な質問は上位の質問です。どのような答え方もできてしまいます。一方、下位の質問は、より具体的で回答が限定的になってくるもののことです。たとえば「今、ボールが当たったのはどこ?」のように、具体的に答えられるような質問です。

 発育発達期にあるジュニアアスリートを対象とする場合は特に、認知の発達も考慮しながら質問を考えてくとよいでしょう。小学校の単元を思い出してください。推論が入ってくる時期はいつ頃だったでしょうか。算数の証明問題が入ってきたのは何年生ごろだったかを考えると、わかりやすいかもしれません。発育発達には個人差が大きいことも分かっていますので、一概に何歳からということはできませんが、小学校低学年でも自分の身に起こった経験については具体的に答えられても、推論を伴うような質問に的確に答えられるようになるのは小学校高学年くらいになってからと考えたほうが無難でしょう。

 また、抽象的、概念的な質問に対して具体的に答えられるかどうかは、完全に年齢で決まっている訳ではなく、そのトレーニングをされていないアスリートは、成人になってからでも概念的な上位の質問に対して適切に答えることができません。そのような場合には、上位の質問を下位の質問にフレーズを工夫して答えやすくすることが必要です。思考の範囲が少し限定的になるような質問に修正するのです。たとえば、「どう感じた?」「どうやればもっとうまくいくと思う?」という漠然な聞き方ではなく、「踏み込んだときに、膝はどういう感覚だった?」「○○に注目して、さっきのプレーで味方のポジショニングはどうなっていたらシュートが打てただろう?」のように少し具体的なイメージが思い浮かぶようにすることが考えられます。


委譲(Delegate)

 委譲(Delegate)は、プレーヤーが主体的に取り組んでいく時間を確保したり、プレーヤー同士で教え合ったりする場を整えたりといったアプローチのことです。熱心なコーチほど、あれこれ手をかけたくなるものですが、プレーヤーを信じて任せてみることも重要です。委譲したときにプレーヤーらがどのような振る舞いをとるのかを観察することで、プレーヤーのことをより深く理解することもできます。自分で考え、自分で行動し、自分で振り返って問題解決をしていく経験をさせてやることが、そのプレーヤーのリーダーシップスキルを伸ばしていくことにもつながります。

 注意すべきは、放任にならないようにすることです。だからこそ、委譲だけにならず、指示や提案、質問をしながら、時に委譲し様子を観察し、次の手を考えていくということが必要です。


組み合わせが大切

 指示−提案−質問−委譲のそれぞれをみてきましたが、それぞれが単独で機能するわけではなく、それぞれがお互いに効果を高める役割を果たすので、文脈にあわせて使い分けていくことが重要です。結局はアスリートセンタード、つまりアスリートがワクワクしてやりたくなってしまうようにするために、コーチ側がさまざまなアプローチを使い分けていく必要があるのです。簡単ではありませんが、意識してコーチングの道具箱の中身を充実させていきましょう。


モストンの教授スタイル連続体

 「指示・提案・質問・委譲」アプローチを知っていることで、現場ですぐに思い出しながら自分のコーチングアプローチを変化させてみる、あるいは振り返ってみることができます。これをもっと発展させ、学術的に解説している連続体があるので、それを紹介しましょう。モストンの教授スタイル連続体というものです(図2)。

 モストンの教授スタイル連続体は学校教育において教師がとる教授方法論の選択肢を示したもので、A〜Kまで全部で11の教授スタイルが紹介されています(図2、表1)。A〜Eは教師や生徒にとって既知の知識や技術を再生産するスタイルで、F〜Kは教師や生徒の未知な知識や技術を生み出すスタイルであるとされています。A〜Kのそれぞれが何を意味するのかが表1にまとめられています。

 その場の状況に合わせてさまざまな働きかけを戦略的に選択できるようにしておくことが求められます。おそらく、プレーヤーが若年になればなるほど、再生産側(A〜E)のアプローチが多くなり、プレーヤーの年齢や経験が上がってくるにつれて生産側(F〜K)のアプローチが増えてくると考えられます。成人を対象としたビジネスコーチングなどで、問いかけなどによって「引き出す」ことが推奨されているのは、モストンの教授スタイル連続体に当てはめればH〜Kのスタイルに該当するものと考えられます。


図2 モストンの教授スタイル
図2 モストンの教授スタイル

表1 モストンの教授スタイルの特徴(Mosston, 1992; 岡出, 1994を一部修正;日本スポーツ協会, 2019)


混沌の中で行われる構造化された即興

 コーチングは混沌の中で行われる構造化された即興と比喩されます。まさにその通りで、コーチはその時々の文脈を的確に読み取り、分析し、適切な意思決定を行って行動を起こさなくてはなりません。今日、ある文脈の中でうまくいったことが、次にまたうまくいくという保証はありません。時と場合によってさまざまなアプローチをとっていくことができるようにすることが、コーチには求められます。アスリートの学びをしっかりと支援するためにはアスリートセンタード、つまりアスリートの学びや幸せを中心においたコーチングを実践していく必要があります。「指示−提案−質問−委譲」アプローチを、文脈に合わせて使い分けられるように意識してトレーニングしていきましょう。



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