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第10回「言葉の力を磨く​」

更新日:11月22日

 第9回授業で「指示・提案・質問・委譲」アプローチについて学びました。とかく「指示」に偏りがちなコーチングに、提案や質問、委譲アプローチを加えることができれば、コーチング文脈に合わせた適切なコーチングを行うことができる確率が上がるでしょう。今回も、アスリートセンタードコーチングを実践していくのに必要な言葉について学修を進めていきましょう。


「教える」から「学ぶ」へのパラダイムシフト

 コーチングする内容について知らないと、「コーチングできない」「何をコーチングすればよいのか分からない」と考え、なかなかコーチングをスタートできない人もいるのではないでしょうか。確かに何をコーチングすればよいのかが分かっていないと、なかなか「教える」ことはできません。

 ちょっと視点を変えてみましょう。世の中には世界最高のプレーヤーをコーチングしている人もいます。今の世界最高のプレーヤーをコーチングする人は、そのプレーヤーよりも競技者としての絶対的レベルは下である可能性が高いと思われます。コーチが現役の頃に世界最高の難易度であったプレーを今では中学生がやっているという場合もあるでしょう。もし、自分がやったことがないことをコーチングできないとすれば、世界のスポーツの競技力は向上せず、どんどんとレベルダウンしていくと推察できます。しかし、実際には世界の競技水準は上がってきています。現在、世界最高のアスリートと言われるような人をコーチングしている人もいます。自分がやったことをないことをコーチングしているケースはたくさんみつけることができますし、自分がアスリートとして行っていた種目以外のコーチとなって優秀なアスリートを育成した例もたくさんあります。

 このような人はどのようにして自分の知らない事、できないことをコーチングしているのでしょうか。これを理解するためには人間の「学習」とはどのようなものなのかを考える必要があります。人間は経験を通して新しいことを学びます。あるものは一度経験すると忘れませんが、何度経験しても学んだと言われるような状態にならないものもあります。たとえば、英単語を覚えることを考えてみましょう。いくら繰り返して覚えようとしても覚えられない単語がありませんか。その一方で、すぐに覚えるものもあります。この違いはどこにあるでしょうか。すぐに覚える単語は、自分自身の過去の経験と重なったもの、特に嬉しかった、悲しかった、驚いたといった感情と一緒に情景が思い浮かぶような状況と一致するようなものだったりするケースが多々あります。逆に覚えられない単語は、自分にとってさほど意味のない無機質なものであったりします。覚えられない単語は、もう力尽くで繰り返し練習を繰り返し、脳に刻み込んでいく必要があるのです。

 他の例でも考えてみましょう。あなたが3日前の夕食で食べた料理は何だったでしょうか。すぐに思い出せた人は5日前の夕食を思い出してみてください。もしかしたら、昨日の夜、何を食べたかを思い出すのさえ、困難かもしれません。では、自分がとても楽しかった記念日などに食べた料理がなんだったかを思い出してみてください。どうでしょう。昨日や数日前の料理は思い出せなくとも、ものすごく楽しい記憶と一緒になっているものは覚えていたりしないでしょうか。人間の学習にはドーパミンという脳内物質が関係していると言われており、喜びを感じるような場合にはドーパミンが分泌され、記憶を強化してくれます。

 当たり前のことですが、強調しておきたいことがあります。これら学習の反応は学習者の中で起こっていることであり、教師やコーチ、親がどれだけあーだこーだと言っても本質的には関係ないということです。学びは経験を通して、本人が行うものだということを心に刻んでおきましょう。ガリレオ・ガリレイは「人に物事を教えることはできない。自ら気付く手助けができるだけだ」という言葉を残しています。もう一人、著名な心理学者であり教育学者であるカール・ロジャースの言葉を紹介しましょう。


他人に教えることのできるものは比較的つまらないものであり、行動にたいした影響を与えないように思われます。(中略)行動に重要な影響を与える“学び”とは、自分で発見し、自分のために生かした“学び”以外のなにものでもありません。(中略)自分で発見したこのような“学び”、すなわちわが身に生かされ経験と同化した真実を、他人にそのまま伝えることはできません。このような経験を直接、しかもたいていは熱心に伝えようとすると、これは教えることになり、無益な結果しか生みません。

 いまでもまだ教えようとすることがありますが、そんなとき、少しは役に立ちそうに見えるその結果にゾッとします。教えることがうまくいくように思われるときもありますが、教えた結果が何かを傷つけることもよく分かっています。教えられた者は自分の経験を信頼せず、大切な“学び”がその命を失ってしまうのです。そのため、教えた成果は価値がないか、または有害であると感じるようになりました。

カール・ロジャース (バーンズほか著、高木訳、『ケース・メソッド教授法』より引用)


 コーチはアスリートの有能さを向上させようと、一生懸命に「教えよう」とするのですが、その教えようとする行為が有害であると感じるとまでロジャースは言っています。なぜならば、学習は学習者本人の中で行われることであり、何かを学ぶかどうかは本人次第だからです。

 ここまで読んできて、「自分は経験したことがないから教えられない」と思っていた人も気付いてきたでしょうか。そのような人は、デモンストレーションを自分がするのでなければ、自分はできる必要はなく、相手がより上手くなる手助けができればよいだけなのです。世界最高のアスリートを指導する場合でも、皆さんが世界最高のスキルを発揮する必要はなく、その人の競技レベルをより高めるための支援ができればそれでよいのです。当該の競技経験がない人でも、その種目で結果を出させるコーチになれることが分かるでしょうか。プレーの水準を上げていくのはアスリートのタスクであり、コーチである皆さんのタスクは、アスリートがプレーの水準を上げる支援をすることなので、その支援するスキルを有していれば、プレーができなくても問題はありません。

 とはいえ、アスリートからすれば自分よりも競技力が高かったコーチから学びたいと思うかもしれません。そのような場合、アスリートとしての競技レベルが低かった、あるいは競技をしたことがないという人は、アスリートの信頼を得るまでに時間を要するかもしれません。また、アスリートとしての経験豊富な人、競技レベルが高かった人は、そのレベルでの試合経験などが豊富で、その経験がない人と同じくらいにコーチングスキル向上ができたならば、過去の競技経験がアドバンテージとなることは十分に考えられます。

 しかし、何度も言いますが、コーチに必要とされるスキルは、アスリートが競技をするスキルとは異なるため、競技を知らないと教えられないというのは、正しい意見であるとは言えません。一つの固定概念だと思ってください。もちろん、その競技のことをもっとよく知ろうと努力し続けることは必要です。しかし、教えられないと思っているから教えられないのです。そして、もうひとつ、コーチが教えるという概念から、アスリートが学ぶという考え方へシフトすることも重要です。アスリートが自分で発見していく手助けを「指示・提案・質問・委譲」などの多様なアプローチ法を使って行っていけるように練習しましょう。


コーチセンタードだと「指示」が多くなる

 コーチングで「指示・提案・質問・委譲」を使い分けようとしても、あるいは意図的に「指示」をできるだけ使わない、「質問」を意図的に増やしてみるなどをやろうとしても、自然に「指示」が多くなりがちです。自分たちが受けてきた教育やコーチングを振り返ってみると、「指示」を多くされてきたことに気付くと思います。もちろん「質問」や「委譲」が多くあった人もいると思いますが、全ての人がそうであったとは考えにくいと思います。私たちの周りには「指示」が多く飛び交っています。それを経験してきている私たちが、コーチングを行おうとしたときに「指示」が多くなるのは不思議ではありません。逆に、質問をたくさんされ、たくさん考えることを求められた環境にいた場合には、「質問」や「委譲」とはどのようにすればよいのかを経験しているため、それらを自分も使うことができるのではないかと想像します。

 「指示」はコーチ自身の中に目標がないとできません。それは先に述べたとおりで、自分の中に、教えようとする目標があるからこそ教えることができ、もし目標がない(つまり、経験がなくて何を教えてよいのかが分からない)という場合には、教えることができないと思ってしまいます。「こうあるべき」というコーチ側の理想があるからこそ、「指示」によってその理想の状態を作り出そうとアスリートをコントロールしようとするのでしょう。つまり、コーチセンタードなコーチングです。親が子どもに対して、ああしろ、こうしろと指示を出すのも、親の理想があり、そこに近づくように子どもをコントロールしようとしていると言えます。

 その理想は本当に理想なのでしょうか。それが絶対正しいと言えるでしょうか。ニュートンがまとめた力学の法則さえ、厳密には間違っていることが分かっています。ただ、私たちが日常生活を送ったり、スポーツを分析する程度のことであれば誤差のうちに含まれてしまうため、たいした問題として扱われず、今でもニュートンの力学で様々な事象を理解しようとします。基本だと思っていることは本当に基本でしょうか。もしかして、それは固定概念ではないでしょうか。もしかすると、その人に合ったもっとよいものがあるのに、あなたの固定概念の理想や基本にしがみついて、アスリートや子どもたちの成長の限界を作ってしまっていないでしょうか。

 大切なことは、今ベストだと思っていることを、最大限の努力をもって行っていくことであり、ベストだと思っていることに固執することではありません。常にもっとよいものがあるかもしれないと自分に問いかけていくことができる人と、新しいものを生み出すことを諦めてしまった人とでは、将来大きな差が生まれてきます。自分の今の理想は持っておくべきでしょうが、もしかすると、アスリートが思いつくことの方が正しい可能性もあります。よりよいものを求めていれば、「指示」によって自分の理想にむけてアスリートをコントロールしようとするようなコーチングにはなりません。「指示」ばかりでコーチングをしているのは、間違っているかもしれない自分の理想をアスリートに押しつけている状態だと言えます。アスリートと一緒に、もっと上を目指そうと心から思っていたとしたら、「提案・質問・委譲」が自然と出てくるはずです。なぜなら自分の「指示」よりもよいものがあるかもしれないのですから。


委譲と放任を混同しない

 指示が悪者のように聞こえたかもしれませんが、指示もうまく使いこなしながら、コーチとアスリートが一緒に旅路を楽しむことができれば問題ありません。間違いなく指示が必要な時はあります。自分がする指示の危険性も理解しつつ、他のアプローチとうまく使い分けていれば、効果的な指示となるでしょう。たとえば、練習の実施方法を指示し、自分たちで練習を進め(委譲)、時折質問や提案を織り交ぜ、時に指示を出していくといったやり方ができれば、指示の効果をより高められるでしょう。

 指示以外の提案・質問・委譲にも注意すべき点はあります。まずは委譲に関する注意点をみておきましょう。委譲は、アスリートに権限を与える、委ねるという意味ですが、内発的動機による活動が重要であるという理解のもと、何でもアスリートの好き勝手にやらせることを選択している人もいると思います。アスリートファーストという言葉も、ややもすれば、放任に近い意味にとれてしまいます。

 委譲のイメージを比喩を使って解説してみます。ニュージーランドやオーストラリア、イギリスの羊の放牧を頭に思い浮かべてください。羊たちは原っぱに放たれ、美味しい草を食べています。檻の中に入れられた羊ではなく、広い草原を好きに移動しながら、好きなときに食べ、好きなときにのんびりしている羊たちです。しかし、その周りには柵があり、羊飼いと牧羊犬が様子をうかがっています。羊がある境界からでようとしたとき、牧羊犬は羊の群れの周りを走り、羊が群れから離れないようにします。委譲とはある制限のなかでの権限委譲であり、全てを好きにしてよいという手放しの状態ではないことに注意してください。

 コーチングを行う際、その場の責任者はコーチです。アスリートはコーチが設定する境界線のなかで権限を委譲され、その範囲で様々な選択をしながら自律して活動を行っていくことが求められます。もしも、アスリートが委譲された権限を間違って解釈し、自分たちで勝手に境界線を越えようとすれば、コーチが委譲した権限を取り戻すことをすべきです。ただし、その境界線が本当に適切なのかどうかをコーチは自分に常に問いかけておく必要はあります。境界線をコーチとアスリートの間で合意しておくことも重要です。

 アスリートが自分でできる部分はたくさんありますが、一人では行き着けないところもあります。ヴィゴツキーが提唱した発達の最近接領域(あるいは最近接発達領域Zone of Proximal Development: ZPD)を覚えているでしょうか。ZPDを経験するためにはMKO(More Knowledgeable Other)の支援が必要であることは既に述べました。放任では、コーチとしての責任を果たしていることにもなりませんし、有用さも効率よくあげることはできません。あくまでもコーチが責任を持つ委譲をする必要があるのです。第3回の授業で、コーチ駆動型アスリートセンタードコーチングという言葉を紹介しましたが、この委譲の考え方は、まさにこの「コーチ駆動型」というところになります。コーチがリードしていくアスリートセンタードコーチングを行えるように、いろいろトライしてみてください。


提案の注意点

 提案は、コーチが使うことで多くの場合は指示と同様の意味を含んだものとしてアスリートが受け取ることに注意が必要です。どのような人間関係を築いているかによっても、どのように受け取られるかは違ってきますので、一概にはいえないところでもあります。ただ、ハラスメントの回で触れたように、コーチとアスリートの関係性を考えると、コーチという立場にいる時点で、パワーバランスとしては、コーチのほうがアスリートよりも上位に位置づく可能性が高いことも知っておきましょう。

 コーチが本当はAが良いなと思って提案したとしても、アスリートがBが良いかもしれないと言った場合には、パワーバランスを考えた上でそれを受け入れ、BをまずやらせてみてからAもやらせてみることをやってみるのも一つの手でしょう。まず、アスリートの意見を尊重することで、パワーの不均衡を打ち消すことができるかもしれません。

自分が提案をする前に、アスリートに質問をして、アスリートの考えを聞き出しておくことも必要かもしれません。自分が指示や提案をしなくても、アスリート本人の口から、次はAをやってみたいと、コーチが指示や提案をしようとしていたことを、アスリートが言うかもしれません。そうすれば、コーチからやらされているのではなく、自分で選んでやっている(自律している)と感じられるでしょう。


質問力を上げる

 コーチとして、意識して能力向上させたいのが質問力です。良い質問ができるかどうかで、コーチングの質が大きく異なりそうだということは、これまでの議論で気付いてきた人がいると思います。普段から、だれがどのような質問をしているのかを観察してみてください。しっかり観察することで、自分もよい質問者になる確率を上げられます。

 まず、質問の種類を見ていきましょう。皆さんがしている質問を以下の3つに分類してみましょう。

 

  1. 日常的な質問日常的な会話の中で用いる質問で、良好な関係性を築くためにも重要となる。例として、「お元気ですか」「今日はどちらへお出かけですか」等が考えられる。

  2. 相手を理解しようとする質問その質問によって、相手の考えなどをよりよく理解できる質問で、傾聴をする上で特に重要となる。例として、「そのようにした理由は何だったのでしょうか」「そのとき、どんな気持ちになりましたか」等が考えられる。

  3. 学習を引き起こす(ストレッチする)質問相手をよりよく理解するだけでなく、相手が新しい学びや気づきを得ることができる質問で、コーチングにおいても強力なツールとなる。例として、「他にどのような選択肢があったと思いますか」「相手はどのような気分になったと思いますか」等が考えられる。


 普段用いているのは日常的な質問ですね。社会生活を円滑に営んでいくためには、この日常的な質問がとても重要な意味を持ちます。いわゆる潤滑油のような役割を果たしてくれます。このあと、難しい内容について話し合うとき、最初に会った時から対決姿勢を示すのではなく、日常的な質問をしながら、場の雰囲気づくりをしていくことが重要でしょう。

 コーチングにおいても日常的な質問は重要で、アスリートに日常的な質問を投げかけることで、親密さを高めていくことが期待できます。ちょっとした気持ちの変化や、体調、心配事なども、日常的な会話を通して探っていくことができるでしょう。

 ただ、この日常的な質問では、相手のことを深く知ることは困難です。コーチングにおいても、相手を理解しようとする質問がとても重要となります。コーチとアスリートは異なる個体であり、してきた経験も異なるので、考えていることが常に同じということはありません。提案のところでも述べたように、相手の考えをまず聞くときなどには、この相手を理解しようとする質問をすることになります。コーチが、「あ、今は体をひねるタイミングが早すぎたな・・・」という評価をしていたとしても、それを口にする前に、「今のは自分ではどんな感じがした?」「今の体のひねりのタイミングは自分ではどう評価してる?」といった質問をすることで、相手が心地よく行っていたのか、あるいは自分と同じようなところに修正点を見いだしているのかなどを知ることができます。

 その際に、「広げる」「掘り下げる」質問を織り交ぜることも意識してみましょう。横にいくか縦にいくかと考えておくとよいかもしれません。「広げる」方法としては、具体例を聞いたり、他の選択肢を聞いたりすることが例として考えられます。「掘り下げる」方法としては、広げる同様に具体例を聞いたり、あるいは理由や具体的な方法、そのときの気持ちなどについて教えてもらうように促したりすることが例として考えられます。もちろん他にも多くの可能性があるので、その場の状況によっていろいろ試してみてください。

 コーチングの目的のひとつが、アスリートの有能さを上げていくことだということは話したとおりです。つまり、アスリートの学習を引き起こすことが、コーチングには求められるのです。家に例えるならば、アスリートとの人間関係をよくするための質問はコーチにとって土台づくり、相手を理解しようとする質問は枠組みづくり、そして学習を引き起こす(ストレッチする)質問は家を完成させるところといった感じでしょうか。ストレッチするというのは物理的に引き延ばすという意味ではなく、思考をストレッチする、つまり、学習を起こすための挑戦的な質問をするということです。簡単に答えられるものではなく、一つ上のレベルにいくための質問ですね。これができるかどうかで、コーチングの成果が大きく変わってくるでしょう。この質問を受けたアスリートが、「えっ!?」と一瞬戸惑うような質問かもしれません。その質問について考えて答えるときに、自分で次の一手に気付いてしまうような質問です。

 今回のテキストの最初のほうで、その競技について知らなくとも、コーチングは可能であると言いましたが、この学習を引き起こす質問ができれば、アスリートが自分だけで手が届くところよりも、一歩先のパフォーマンスを手に入れることができるかもしれません。コーチが次の一手を知らなくても、アスリートが気付けばそれで良いのですから。それに、新しく気付いたことを実行するのはアスリートなので、自分で気付いた方が確実に挑戦するでしょう。

 ビジネス界で言われる、コミュニケーションツールとしてのコーチングは、まさにこの相手の気づきを引き出す質問力のことを指していると言っても過言ではありません。コーチになろうがなるまいが、この力を身につけることは、どのような職種に就いたとしても活用できますし、親になったときに、子どもの思考力を発達させるために重要なスキルとなるでしょう。


クローズドクエスチョンとオープンクエスチョン

 質問は大きく二つの種類に分けられます。クローズドクエスチョンとオープンクエスチョンです。クローズドクエスチョンは、回答がハイかイイエで答えられるような質問のことを指します。例えば、「あなたは学生ですか?」といった具合です。それに対し、オープンクエスチョンは、回答の仕方がいろいろ考えられるような質問のことを言います。例えば「あなたの職業は何ですか?」といったものです。

 今日からしばらく、周りの人たちがする質問に意識を払ってみてください。おそらく、クローズドクエスチョンが多く使われていることに気付くと思います。皆さんのコーチや先輩もクローズドクエスチョンを多く使っているかもしれません。もちろん自分の質問にも気を配ってみてください。

 クローズドクエスチョンの特徴として、答える側、つまりアスリート側はほとんど何も考える必要がないということがあげられます。その分、質問をするコーチがアスリートの答えを事前に予測し、それが合っているかどうかを確かめにいきます。考えているのはコーチであってアスリートではありません。しっかりと考えているほうが学ぶことを考えれば、アスリートが考えないクローズドクエスチョンはコーチングの目的からすると、効果的かどうかは疑問です。

 オープンクエスチョンはどうでしょうか。オープンクエスチョンでは、回答者、つまりアスリートがいろいろ考えないと答えられません。アスリートのことをもっと知りたいと思っているコーチは、自然に「今のはどう感じた?」「次は何をやってみる?」「一つ目と二つ目は何が違っていた?」「いつ、気付いたの?」「誰を見てた?」といった質問するでしょう。これらの質問は、相手を理解する質問でもあれば、ときに学習を引き起こす質問であったりもします。たとえば、複数で練習しているなかで、コーチが上手くできたアスリートに、「今の動き出しのタイミングが凄い良かったと思うんだけど、動き出す前はどういうところを見てたの?」という質問をし、そのアスリートが自分が見ていたところを思い出しながら話したとします。聞かれたアスリートは無意識のうちにその動きをやっていたとすれば、問われ答えることで偶然できたことを次から意識的にできるような気づきが起きる可能性があります。周りで聞いているアスリートにとってみれば、「なるほど、そうやるんだ」という気づきにつながるかもしれません。クローズドクエスチョンでは、このような気づきはなかなか起きません。

 コーチングにおいてはクローズドクエスチョンよりもオープンクエスチョンを用いることが基本となります。ただ、私たちは日頃からクローズドクエスチョンをされてきていますし、自分たちもクローズドクエスチョンを多用しています。オープンクエスチョンを意図して練習していかないと、なかなか上手くなりません。

 オープンクエスチョンについても注意しなくてはならないことがあります。一つが否定の意味がこもった「なぜ」の質問と誘導尋問です。コーチに「なぜ今のプレーをしたの?」と言われると、怒られている気分になる人もいるでしょう。もちろん、文脈によってはそのようにとられず、純粋に理由について語ることができる場合もあるでしょう。たとえば、「今のプレーは凄く良かったね。なぜその判断ができたんだろう?」のようになれば、怒られている感じはしません。

 誘導尋問についても気をつけなくてはなりません。誘導発見と誘導尋問とは大きな違いがあります。コーチの解答に寄せていくために、「(ポジショニングに問題があった)いま、どこにいた?」「ここに来たときにはどうするんだ?」「そうだろ、いつも言ってるだろ!」のように誘導してくやり方は、コーチがアスリートの行動をコントロールしていると言えます。同じような場面でも、「いま、どこにいた?」「ポジショニングを変えるともっと上手くいくかもしれないな(提案)。今と違うところだったらどこにポジショニングしてみる?」「そうか、じゃあ、次に同じような状況があったらそこにポジション取りしてみようか。」のようなコミュニケーションにするだけで、誘導尋問から誘導発見へと変化させることができます。


上位の質問と下位の質問

 質問力を上げるパートの最後は上位の質問と下位の質問の使い分けです。上位の質問とは、「目的は何?」「どんなのが良いと思う?」といったようにより概念的なオープンクエスチョンのことを言い、下位の質問とは、「今、どこにボールが当たった?」「どっちの足に体重が乗ってた?」のようにより具体的な答え方ができるオープンクエスチョンのことを指します。オープンクエスチョンの中でもクローズドクエスチョンにより近いのが下位の質問ということになります。

 皆さんもコーチや先生からオープンクエスチョンで質問をされたとき、「ん!?なんて答えたらいいんだろう???」と思ったことはありませんか。そのようなとき、もうちょっと具体的に聞いてくれないかな、と思ったりすることもあるでしょう。これがまさに上位の質問と下位の質問の使い分けの状況を表しています。もし、皆さんがオープンクエスチョンをして、相手が困っているようであれば、もしかしたら、それは質問が上位過ぎたのかもしれません。場合によっては、下位の質問に変えることが必要かもしれません。

 特に低年齢の子どもをコーチングするときには、下位の質問をうまく使っていくことが求められるでしょう。逆に年齢が高い、あるいは競技レベルが高くなってくると上位の質問を多く使うことになると思います。年齢が高かったとしても、競技歴が短かったりすると、下位の質問が有効となる場合は多々あります。ここも時と場合によって使い分けをしていく必要があります。


4つのアプローチに質問のバリエーションを付加する

 前回の授業で扱った「指示・提案・質問・委譲」のうち、特に質問のバリエーションを増やしていくための解説を行ってきました。前回と今回の話を合わせると「指示・提案・質問(クローズドクエスチョン・下位の質問・上位の質問)・委譲・×放任」と書くことができるでしょうか。質問力はこれから意識して練習していけば、卒業するまでにかなり上手くなるでしょうし、皆さんの大学での様々な活動をより有意義なものにしてくれると思います。意識して練習し、時に自分のした質問を振り返って、紙に別の質問の仕方を書き出してみることをすると効果的な練習ができると思います。地道に質問力を上げていく努力をしてみてください。

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