第12回「ユーススポーツのコーチング」
- 伊藤雅充

- 2022年9月4日
- 読了時間: 23分
更新日:11月18日
2022年度後学期コーチング学
みなさんはどちらを信じますか?
「蛙の子は蛙」 もしくは 「鳶(トビ)が鷹(タカ)を生む」
これは人間が遺伝で将来が決まっているという考えと、人間は環境によって変わるという考えとを表した表現といえます。両方のことわざがあるということは、両方ともにあり得るということでしょう。自分が親しんできたスポーツ種目について考えると、皆さんはそのスポーツパフォーマンスには遺伝(先天的要因)と環境(後天的要因)のどちらが深く関わっていると考えますか。スポーツパフォーマンスに対する遺伝と環境の影響度を比率(何対何)で表してみましょう。遺伝9対環境1でしょうか。それとも逆に遺伝が1で環境が9でしょうか。あるいは5対5、または他の比率でしょうか。
この問いに正確な答えを出すことはほぼ不可能であると思われます。実際には両方が複雑に絡み合ってスポーツパフォーマンスが発現します。たとえば、スポーツ生理学で筋線維タイプの比率は遺伝的要素が強いものであることを学んだと思いますが、生まれ持った筋線維タイプの比率のまま一生を過ごす訳ではなく、劇的ではないもののトレーニングによって筋線維タイプに変化が起こることも分かっています。身長も遺伝の影響が大きいと言われています。両親の身長が高いと、その子は将来身長が高くなることが期待できます。ただ、身長も成長期にどのような生活習慣であったのか、どのような栄養状態であったのかなど、様々な環境要因の影響を受け、最終的な身長が決まってきます。最近では様々なスポーツパフォーマンスに関わる遺伝子情報が解読され、持久系能力優位なのか、瞬発系能力優位なのかなどが分かるようになってきたそうです。しかし、それらはあくまでも遺伝子に書き込まれた可能性のことであって、その可能性が引き出せるかどうかは環境次第であると言えます。
また、スポーツパフォーマンスは、ラットを用いた研究などで行われる摘出筋の筋力を測るような単純なものではありません。筋の収縮力や収縮速度についていえば、スポーツパフォーマンスとして外界に現れるまでに腱の弾性(バネのような特性)や、神経系のコントロールによる身体各部位の協調性などが影響し、それらが上手く使えるような経験(トレーニング)をしていなければ、宝の持ち腐れと言われるような状態になるでしょう。
多くのスポーツでは瞬発力だけが高ければよいかというと、そうではありません。ある程度の時間で行われる競技であれば、全身持久力も必要ですし、その中でボールを蹴る、ジャンプするといった瞬発系の能力を発揮することが求められます。よりエネルギー出力的に単純なスポーツ種目になればなるほど、生理的な遺伝情報の重要度が高まるといえますが、その最たる例と考えられる陸上短距離走やマラソンにおいても、遺伝情報だけでパフォーマンスが決まるということはあり得ません。どのような心理状態でレースに臨むのかによってその後のパフォーマンスが変化するであろうことは容易に想像できます。
私たち指導者が考えるべきは、遺伝の影響はあることは当然ですが、目の前のアスリートの目標達成を支援するために、変えられるものに着目し、その可能性を最大限に引き出す手助けをしていくことです。遺伝的には競技に向いていないと判定される人でも、その種目が大好きで一生懸命に取り組むことで、素晴らしいパフォーマンスを発揮することは可能です。それだけでなく、スポーツを実施する意味を考えれば、アスリート本人がやりたい種目に取り組み、幸福感を得られることが最も重要な観点であると思われます。
どのようにすれば、アスリートが自らの可能性を最大限に活用できるような環境の提供ができるのか、ユースアスリートに関するいくつかのエビデンスをみていくことにしましょう。
相対的年齢効果(Relative Age Effect)
下表を見て下さい(Helsen, W. F., Van Winckel, J., & Williams, A. M., 2005)。15歳以下、16歳以下、17歳以下、18歳以下のヨーロッパ各国のサッカーナショナルチームの選手たちに何月生まれが多いかをまとめた表です。よくみると、驚くべき結果に気付きます。1月〜3月生まれの選手の数が圧倒的に多いことに気付きます。調査した10カ国をまとめると、1月〜3月生まれは全体の43.38%で、10月〜12月生まれの選手は9.31%だったのです。

別のデータもみてみましょう。もっと古いデータで1992年に発表された論文(Barnsley, R. H., Thompson, A., & Legault, P.)のものです。サッカーU20とU17、そしてホッケーのジュニア選手のデータです。Qはクォーターの頭文字で1年の12ヶ月を4等分したということを意味しています。つまりQ1は年代最初の3ヶ月、Q4は最後の3ヶ月を意味します。日本の学校運動部活動の場合だと4月スタートなのでQ1は4月〜6月を表すことになります。ここでも2005年のサッカーのデータと同じ現象を観察することができます。
もう一つ、確認しておきましょう。今度は日本のデータです。2004年に発表されたプロ野球選手の生まれ月の分布をまとめた図です(岡田、2004)。先の二つのデータはジュニア選手のものでしたが、このデータはプロ野球選手ということですので、成人のデータということになります。ここでも全く同じ傾向が見られました。


これらのデータが意味するところは何でしょうか。4月〜6月に生まれると遺伝的に野球が上手く、1月〜3月に生まれるとサッカーが上手くなる確率が高いのでしょうか。それは納得できる説明ではありませんね。1月〜3月に生まれた日本人は遺伝的にスポーツができないと考えるのも妥当な説明であるとは言えません。この差は遺伝的な要因によるものではなく、何らかの環境要因によって導かれたものであると考えるほうが妥当です。
Q1(年代の最初の3ヶ月)に生まれたほうがスポーツパフォーマンスが高くなりやすいことを説明する理由とは何でしょうか。妥当な理由として考えられるのが、Q1に生まれた子のほうが、スポーツパフォーマンスの向上に有利な環境にあるということです。子どもの発育発達段階について考えてみて下さい。同じ10歳の子を並べたとしても、発育発達段階には大きな個人差があります。4月に年度が切り替わる日本では、年齢が低いほど、4月生まれの子どもと3月生まれの子どもの発育度は大きく異なります。同じ教室に入っていても4月生まれの子のほうが体も大きく、運動もより高度なことができる可能性が高いのです。
4月生まれと3月生まれの同級生が一緒に同じ野球チームに入ったとしましょう。それぞれ、平均的な4月生まれと3月生まれの身長だとすると、4月生まれの子は一つ上の学年のサイズに近く、3月生まれの子は一つ下の学年のサイズに近いと言えます。身長が高い分、走るときのストライド(一歩の広さ)も大きく、50m走も4月生まれの子の方が速い確率が高くなります。ボールを投げても4月生まれの子がボールの初速も速く、遠くへボールを投げられます。試合の勝敗を意識する指導者であれば、4月生まれの子を選手として使うケースが増えることでしょう。より多くの経験をすることができる4月生まれの子が、より多くの経験を通して上達をしていきやすいということは容易に想像できます。
このように、生まれた月によってスポーツのパフォーマンスに差が現れる現象を、相対的年齢効果と呼びます。本来であれば、何月に生まれようが、スポーツパフォーマンスを伸ばす可能性は変わらないはずなのに、実際にはデータでみたような差が現れてきているのです。このデータを踏まえ、ジュニア指導を行う指導者はどのようなことを意識すべきでしょうか。
まずは目先の勝ち負けに囚われず、長い視点から子どもたちの発育発達を捉えるとともに、スポーツパフォーマンスの発達を考えなくてはなりません。目の前の試合に心を奪われていると、4月〜6月生まれの、そのときに成長段階が早い子どもだけを試合に出すケースが多くなってしまうでしょう。そのときには身長がまだ低いけれども、高校生、大学生になると身長がグングン伸びて、3月生まれの子のポテンシャルが4月生まれの子どもを上回ることも少なくありません。ジュニア期の成功は必ずしもシニア期の成功を約束するものではないことが多くの研究で報告されています。ジュニア期には全員に対して機会を均等に与えるようなコーチングをすることがとても重要です。Q1の選手だけを試合に出して、Q4の選手を試合に出さないようなチームでは、Q4の子どもたちが楽しみや達成感を感じにくく、スポーツを辞めてしまうことにつながる危険性もあります。
保護者としても、自分の子どもが相対的に体が大きい、あるいは小さいということで能力を判断するのではなく、人生を通じてどうスポーツに関わるのか、あるいは競技スポーツに関わるのかを考え、個人の発育発達段階に適した運動経験が行えるように支援していくことが重要です。相対的年齢効果にだまされないよう、一人ひとりの特性を見極め、みんなが自分の可能性を開花させられるようなコーチングを心がけましょう。
生誕地効果(Birth-place effect)
相対的年齢効果のように、知らず知らずのうちに子どもたちの環境の差がスポーツパフォーマンスに影響していることがあります。生まれ育つ都市のサイズが将来のスポーツパフォーマンスに影響を与えるという、別のショッキングなデータが存在するのです。そのことを生誕地効果と呼びます。
スポーツパフォーマンスの向上に適した環境を挙げようとすると、充実した施設、専門的なコーチング、大人の管理・監督、同学年のライバル、一つのスポーツを専門的に行うことができるといったことが考えられると思います。これらは大都市圏にある環境であって、小さな都市では、施設が不十分だったり、専門的なコーチングが受けられない、同学年の人数が少ないといったデメリットが考えられます。しかし、その考えを覆す興味深い研究があります。
北アメリカのプロアスリート4,397名を対象に、コティらのグループが行った一連の研究から、プロアスリートになるのに最適な都市サイズがあることが分かったのです。大きすぎてもよくなく、小さすぎてもよくないという結果です。野球やバスケットボール、アメリカンフットボール、アイスホッケー、ゴルフ、サッカーなど、いくつもの種目のプロ選手の出身地を調べ、幼少期を過ごしたと考えられる都市のサイズを国勢調査データから導き出し、オッズ比(同じ人口ならどちらが多くのプロを輩出しているかが分かる数値)を算出しました。すると不思議な関係が見えてきました。
野球(対象者907人)では、最もプロ選手になる確率が高かったのが50,000〜99,999人の都市で、他のサイズの都市からは突出して大きな値となりました。アイスホッケー選手151名のデータでも50,000〜99,999人の都市サイズが最適であることが判明しました。他の種目もみていくと、バスケットボールも50,000〜99,999人都市、アメリカンフットボールも50,000〜99,999人都市、ゴルフ(ゴルフは男女ともに調べている)も男女ともに50,000〜99,999人都市、女子サッカーも50,000〜99,999人都市が最もオッズ比が高くなるという驚くべき結果が得られたのです。
プロとして活動する時には、ほとんどの選手が大都市圏に集まっているケースが多いのですが(ビジネスとして成立させるために必要な場合が多い)、そのアスリートたちの多くは比較的小さな都市出身者が多いというデータから何が読み取れるでしょうか。先にも述べたように、大都市圏には一見、スポーツパフォーマンスを高めていく高度に専門化された環境が整っているように見えます。しかし、これらのデータから、スポーツパフォーマンスの向上には、もっと別の要因が深く関わっている可能性があることが分かります。このデータを報告している論文では、スポーツへのアクセスのしやすさ、自由な遊びの環境、年齢層の異なるアスリート同士が共にプレーすること、プレッシャーの少なさといったことが要因として挙げられています。
これらのデータから、大都市圏はスポーツパフォーマンスの発達に向かないと結論づけることはできません。論文でもそこは明確に否定しています。相対的年齢効果と同様、気付かなければ大都市圏ではアスリートが育ちにくいのかもしれません。しかし、これらの研究から、スポーツパフォーマンス向上に必要だと考えられる環境要因について、より適切に考えられるようになりました。大都市圏にいたとしても、小都市にあったようなスポーツパフォーマンス向上に有利に働く環境をうまく創り出すことができれば、無意識のうちにあった生誕地効果を軽減させ、より多くの子どもたちのパフォーマンス向上の可能性を高めることができるのです。
スポーツパフォーマンスの向上
スポーツパフォーマンスの向上を多くの人が望んでいます。パフォーマンスの高低を決定するものは何か。多くの研究者がこの課題に取り組みました。これはスポーツだけの課題ではなく、どのようにすれば人が何かに優れるようになるのかという問いに音楽やその他様々なスキルを要する分野で研究が進みました。1998年にエリクソンらがそれらをまとめるとてもシンプルな説明をしました。
彼らはパフォーマンス向上には蓄積された練習時間が重要であると結論づけたのです。最初にエリクソンが発表した論文の題材は音楽でした。エキスパートと呼ばれるような音楽家はその下のレベルの音楽家と何が違うのかを調べるうちに、様々な要因が考えられたものの、どれも決定的な要因とはなり得ず、唯一、一貫して共通していたのが小さい頃からの練習時間であったと報告しました(エリクソン、1993)。エキスパートと言える音楽家は少なくとも10年、時間にして10,000時間の練習をしてきているとし、それが広く、「10年ルール」、あるいは「10,000時間の法則」として知られるようになりました。
とは言っても、10年、あるいは10,000時間の練習をやったからといって、誰もがエキスパートになるわけではないことは明白です。練習は練習でも、意図的、計画的、そして高度に構造化された練習(これをデリバレット・プラクティスDeliberate Practiceと呼んだ)を継続的に実施することが必要であるというのです。そして、このデリバレット・プラクティスは、必ずしも楽しさを伴わない、多大な努力、極度の集中が必要な練習であると説明しています。この法則については、その後、スポーツも含め、スキルを必要とする様々な分野でも確認がされ、一般的な法則として認められるようになりました。
プレイの重要性
スポーツパフォーマンスにとってデリバレット・プラクティスが重要であること述べました。一方で、デリバレット・プラクティスだけではなく、スポーツの場合、プレイの要素も重要ではないかという研究結果が多くみられます。例えば、オーストラリアで、ホッケーやラグビーといった状況判断の優劣がパフォーマンスに影響を及ぼすと考えられるスポーツのアスリートを対象に行われた研究で、エキスパートといわれるようなアスリートは、幼少期により多くのスポーツを経験し、日本でいう中学生くらいから徐々にスポーツ種目を絞り込んでいっているということが示されました。年齢が上になるにつれてデリバレット・プラクティスを行っていくことは共通ですが、子どものころにはデリバレット・プラクティスをしっかりやっていくことに対する疑問が呈されたのです。
イギリスのサッカー・プレミアリーグのユースチームに所属したプレーヤー(およそ13歳以上くらい)を対象に行われた研究でも、子ども期のデリバレット・プラクティスの重要性に対する疑問が提示されました。プレミアリーグのユースチームに所属するプレーヤーが6〜12歳のときにどのようなスポーツ活動を行っていたのかを調べた研究でしたが、ユースチームのメンバーに選ばれるくらいに上手なプレーヤーは、6〜12歳のときにたくさんデリバレット・プラクティスを行っていたことが分かりました。大人が作る合理的な練習にたくさん参加したということです。練習量がものを言うというエリクソンらの研究を支持する結果でした。その後、そこプレーヤーたちの追跡調査を行い、18歳くらいのときにチームに残るのか、それとも奨学金を打ち切られたのかに分けて、過去のスポーツ経験を比較してみました。するととても興味深いことが分かりました。大人になってもチームにいられた、つまり今後も期待できると判断されたエリート群と、この先は厳しいのではないかと判断され契約を打ち切られた元エリート群では、プレイの時間が大きく異なったのです。6〜12歳のころにデリバレット・プラクティスもしているけれど、大人のいないところで子どもだけでサッカーでプレイして(遊んで)いる時間が多かったプレーヤーがプロとして残っていく選手だったということです。大人が準備するデリバレット・プラクティスをたくさんやればユースチームに入るまでのレベルには達することができますが、伸びるプレーヤーは大人のいないところでプレイを楽しんでいる人たちだったという興味深いデータです。

これらのことをコティらが上手くまとめてくれている図があるので、それを紹介します。
縦軸に大人主導の活動か子ども主導の活動なのかという軸を撮ります。横軸にはその活動が子どもの内的価値(行っている活動そのものが楽しくて行動している状態:内発的動機による活動)によるものなのか、それとも外的価値(行っている活動そのものが自分に対する魅力ではなく、認められたい、勝ちたいという気持ちでやっている)によるものなのかという軸をとります。
大人が主導して子どもにやらせている活動が左上の象限にあります。通常よくみるクラブ等の練習で、大人が考える合理的な練習で、デリバレット・プラクティスだと言えるでしょう。先ほどのプレミアリーグの例だと、この部分をたくさんやれば、ユースチームに入るくらいの力を身につけることができるということでした。しかし、プロとして活動するためにはプレイも重要かもしれないという結果を見ました。それは子どもが主導し、内的価値によって行っている活動で、右下の象限に相当します。これをデリバレット・プレイと呼んでいます。自分たちが創造的に活動して学んでいる状況です。子どもが主導するけれども、大人に認められたい、勝ちたいといった外的価値によって自然発生的に行う自主練のような活動もあります。左下の象限に相当します。
コーチングを考えるときに、今後挑戦してもらいたい領域が右上の象限にある主情的学習を促す方法です。大人が主導するけれども、子どもたちは内的価値によって行動を起こしているような場合です。Play PracticeやTGfU、Game Senseといった方法論が考えられます。ワクワクして楽しい活動ということで主情的学習という名で呼んでいます。

長期的アスリート育成モデル
(LTADモデル: Long-Term Athlete Development Model)
アスリートとして競技力の側面で成功するためには10年以上のデリバレット・プラクティスが必要である。そう考えるのも自然な成り行きです。国際競技力に対する興味の高まりとともに、長期にわたり計画的にアスリートを育成しようとする考え方が世界各地に広まりました。その中でも、特徴的だったのがカナダの長期的アスリート育成モデル、LTADモデルでした。小さい頃から勝った負けたではなく、それぞれの発育発達を考慮した経験を子どもたちに提供する必要があるという考え方からまとめられたものです。
このモデルには暦年齢に応じてActive StartからActive for Lifeまで、7つのフェーズが設定されています。それぞれのフェーズでどのようなことが求められていたのかは図を参照してください。








目先のことだけに囚われがちなスポーツ指導において、長期的な視野によってアスリートの成長を支援していくという考え方は、多くの国や組織に受け入れられ、日本においても1999年あたりから各競技団体が長期的な視野によるアスリート育成をしていくための一貫指導システム、あるいは競技者育成プログラムの作成を行うようになりました。ただ、実際に、現在のスポーツ指導をみてみると、まだまだ長期的な視点に立った指導が行われているとは言えない現場があることは事実でしょう。
スポーツ参加の発達モデル
(Developmental Model of Sport Participation: DMSP)
LTADモデルはスポーツ協会等が主導して、科学的エビデンスも考慮しつつ、スポーツ指導の経験から作成したものでした。科学的エビデンスも考慮していると言いつつも、期分けやその年代など、全てがエビデンスベースで説明ができるかというと疑問が残ります。一方、子どものスポーツの在り方について精力的に研究を進めているコティらのグループでは、ユーススポーツに関する学術的データを元にして、スポーツ参加の発達モデルを構築しました。

組織的なスポーツへの参加開始時期を6歳と仮定し、モデルがスタートします。10年間、あるいは10,000時間のデリバレット・プラクティスが必要という考えから、早期に種目を特化(早期専門化)させて幼少期から多くの労力と時間を投資していくやり方がとられることもありました。競技力向上という側面で考えれば、ありましたというよりも、そのようなスポーツ参加の仕方が主流であったと言ってよいのかもしれません。早期専門化と投資のやり方では、多くのデリバレット・プラクティスが行われ、遊び(プレイ)の要素は少ないという特徴があります。その結果、エリートパフォーマンスに到達する場合もありますが、スポーツ障害や楽しみへの悪影響などを伴うことが多くの研究で明らかにされています。そして、多くのスポーツ撤退者(ドロップアウト)を出してしまうことが問題点としてあげられています。
コティらのグループでは、早期専門化と投資のオプションとして、サンプリング期から始まる二つのルートを提案しています。サンプリング期は日本で言うと小学生期にあたりますが、そのころに複数種目を経験し、多くのプレイを経験し、デリバレット・プラクティスは比較的少なく抑えていくことを勧めています。そのままスポーツをレクリエーションとして楽しむルートを選ぶこともできれば、競技力向上ルートに進むこともできると考えました。競技力向上ルートの場合には、サンプリングした中から、徐々にスポーツ種目を選定して少なくしていき、デリバレット・プラクティスとプレイをバランスよく取り入れたスポーツ経験を提供していく専門化期に入っていきます。その後、単一の種目に焦点をあて、多くのデリバレット・プラクティスをすることで競技力向上につなげていくルートを示しました。サンプリング期から専門化期、投資期という流れに乗ることで、エリートパフォーマンスの実現をしつつも、楽しみや喜びを感じ、身体的な健康を維持していくことが可能であると述べています。もちろんドロップアウトも少なくなります。
3D-ADモデル
LTADやDMSPとは視点が異なるアスリート育成モデルを紹介します。3次元アスリート育成モデル(3D-ADモデル)と呼ばれるものです。

樽のような図があります。丸いところの中心に「選手の要因」と書かれ、その周りに小さな円で「遺伝」「生理学的能力」「形態」「心理的資質」「神経筋系完全性&安定性」「コーディネーション特性」「スポーツ特異スキル」「練習&試合への投資」「社会発達的背景」という要素が記載されています。これらはスポーツパフォーマンスに影響する選手個人の要因という意味です。
その周りに「環境要因」と示された円状の帯があり、その中に「コミュニティ」「スポーツ医・科学」「コーチング」「日常練習環境」「クラブ」「仲間」「家族」が記載されています。選手を取り巻く環境として、これらのことが関わっているということです。
環境要因の周りには「システム要因」と書かれた帯があります。具体的なものは書かれていませんが、これは国の経済システムや政治システム、教育システム、競技団体が持つアスリート育成システム、コーチ育成システムなどが該当します。
選手の要因、環境要因、システム要因の外に「機会要因」が書かれています。機会要因とは簡単に言うと「運」です。スポーツパフォーマンスの全てが選手やコーチらの制御下にあるわけではなく、「運」も関係してきます。たとえば、今日のテキストの内容でいえば、どこに生まれるか、何月に生まれるか、どのような人に出会うかといった運もスポーツパフォーマンスには欠かせない要因です。
今度は樽の奥行きに目を向けましょう。非エリート、エリート前、エリートという3つの層があります。アスリートとしてのレベルが奥に行くにしたがって上がっていくと考えて下さい。そして、樽の下にある少し小さめの二つの円に着目しましょう。左側の円の内側にある小さな円の大きさが全て同じです。それが右側の円では赤で示した小さな円がいろいろな大きさになっています。点線でつながれたところが、上の樽の奥行きに対応すると考えて下さい。つまり、樽状の図の円の中の要因は、アスリートの発達段階が変われば変化するということを示しています。あるときには遺伝的な要因が大きな影響を及ぼすかもしれませんが、別の時にはコーディネーション特性がより大きな影響を与えているといった具合です。この割合は人によっても異なっていますし、そもそもどのような割合が正しいのかもよく分かりません。重要なポイントは割合の正確な数値に焦点を当てるよりも、時と場合によって変化するということに気付いていることです。
FTEMフレームワーク
最近になって、LTADモデルやDMSPを踏まえた人生全体を考えたスポーツとのかかわり方を示すフレームワークが登場しました。それがFTEMフレームワーク(Gulbinら、2013)です。

FTEMは頭字語でFoundation、Talent、Elite、Masteryの頭文字をとったものです。Foundationはさらに1〜3に分かれ、Talentは1〜4、Eliteは1と2に分かれます。F1は将来の全ての身体活動(レクリエーションや競技力向上など全ての身体活動)のベースとなる基本的な動きの学習と獲得をするフェーズです。F1を基盤とし、F2で動きを拡張・改良していきます。F2フェーズで得られたスキルで、アクティブなライフスタイルを送っていくことが可能であると表現されています。F3フェーズになって初めて「スポーツ」の概念が入ってきます。面白いところはアクティブ・ライフスタイルと、このあと述べるスポーツの卓越性を求めていく流れの間にスポーツをおいている点でしょう。このフレームワークが作成されたのがオーストラリアだったのですが、スポーツ好きのオーストラリアの国民性が出ている部分かもしれません。
F3で本質的に競争を伴うスポーツの楽しみを享受していくための基盤が形成されると、一部の人はスポーツの卓越を目的とした流れに入っていきます。一部の人は、他の人に比べてポテンシャルが高いことを示し始めます。このとき、自分が自覚しているかどうかは関係ありません。単に、何が違っているものがあるということです。これがT1フェーズです。それを他者がみる、あるいは自分で確認するT2へと発展していきます。そこから練習を重ね目標達成を繰り返すT3、そしてまたそこの一部の人は他の人よりも躍進し、それに応じた報酬(やりがいや喜び、賞賛、時には有形の報酬である場合もある)が得られるT4となります。
そこからさらに可能性ある人はElite 1に進み、学校の代表、州の代表、国の代表といった立場を得ます。あるものはそこでメダルをとったり、国際大会で活躍するというE2へと進みます。そのような活躍が継続的に行われるとMastery、つまりマスターという域に到達します。Mにまで進むことができる人はほんの一握りであり、多くはE2でハイパフォーマンスアスリートとしての活動を終えるといいます。
ここで注目してもらいたいのが、アクティブ・ライフスタイルとスポーツ、そしてスポーツの卓越の欄の間にある円形の矢印です。これはそれぞれの間でいつでも以降があるということを意味しています。例えば、スポーツの卓越の流れでマスターまで到達した人が、ハイパフォーマンスアスリートとしてのキャリアを終えたあと、別のスポーツを始めるということも十分にあり得ます。ハイパフォーマンスアスリートとしての活動のみがスポーツへの参加の仕方という訳ではなく、ハイパフォーマンススポーツとまではいかずとも、ちょっとした競争を楽しむスポーツを一生やり続けるということも想定されているのがFTEMフレームワークの面白いところです。あるスポーツでT4までしか進まなかったアスリートが別のスポーツを始めて、再度T1からM1までステップアップすることもあり得ます。
LTADやDMSPとの大きな違いは、年齢が記載されていないというところにもあります。年齢とフェーズは関係なく、世界マスターズ大会優勝を目指して50歳から新しいスポーツを始めることもあってよいという、スポーツ好きのオーストラリアならではの考え方のようにも思います。
FTEMフレームワークは日本にも入ってきており、日本スポーツ振興センターが日本風にアレンジした日本版FTEMを公開しています。興味ある人は、検索してみてください。
