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第13回「コーチとしての学び」

更新日:11月18日

2022年度後学期コーチング学


 第13回の授業を始めましょう。コーチに必要な知識として「専門的知識」「対他者の知識」「対自己の知識」の3つがあることはすでに触れました。今日の授業のテーマは「対自己の知識」です。ICCE(国際コーチングエクセレンス評議会)が2013年に示したコーチの6つの主な機能とそれらを支える知識等についての図を思い出してください(必要に応じて第5回の図を参照https://www.nssu-coaching.com/2020win-coaching05)。この図の一番下に対他者の知識と対自己の知識の二つが知識の三角形を支えるように描かれていました。対他者の知識と対自己の知識、そしてそれらに挟まれる「行動を導く価値、哲学、目的」の基盤の上に専門的知識がおかれ、これらがコーチとして果たすべき機能を支えているという図でした。対自己の知識は対他者の知識と一緒に全体を支えている重要な知識となりますが、実際には全体を支えるもっとも重要な知識であると考えることもできます。

 それは何故でしょうか。対自己の知識は、ざっくり言うと自らを成長させる力を意味します。ここ最近の社会の変化やスポーツ医・科学の発展はめざましく、スポーツを取り巻く環境も激変してきています。全ての専門的知識を記憶する、あるいは身につけることはほとんど不可能だと思えます。その時々に必要な知識を新しく学び続け、自らの専門的知識を更新し続けることが重要です。対他者の知識についても同様で、自分と完全に同じ価値観を有するという前提で関わることができる人はひとりもおらず、さまざまなコミュニケーションを通じて共通理解を構築していく必要があります。時と場合によって適切なコミュニケーションの取り方が変わってくるのであれば、より適切な共通理解を構築していくために、今自分が有するコミュニケーションスキルを改善していくことが求められます。コーチングスキルは「スキル」というくらいなので、生まれ持ったもので変化させられないのではなく、常に改善していくことが可能です。それを支えているのが対自己の知識です。根本的過ぎて忘れられがちですが、優秀なコーチ(競技力向上だけでなくトータルな人材育成をしている)と言われる人たちには、優れた対自己の知識が備わっているというのが、コーチング学の一致した見解でもあります。

 この対他者の知識は大きく二つの要素に分けて考えることができます。ひとつが自己認識、もうひとつが省察です。このあと、それぞれについて考えていってみましょう。


自己認識

 自己認識とは自分自身を客観的な視点から観る力ということができます。これには自分がどのような環境で育ってきたのか、誰からどのような影響を受けてきたのかなどを振り返り、今の自分のものの見方の特徴を把握することが含まれます。私たちは直感的に意思決定をして行動を起こしていることが少なくありませんが、その理由を問う、それも外に現れた行動の理由を自分の内面に求めていき、自分は何者なのかを知ることで、表に現れている行動により深い意味を持たせることができると思います。

 自己認識をする方法は人それぞれです。しかし、注意して欲しいことは、複数のやり方を組み合わせて自己認識を行っていくことが重要であるということです。自己認識を行う自分にも偏った見方があり、それを完全に取り除くことはできません。第10回の「聴く力と観る力を磨く」で何度も触れたように、自分というレンズを通して世の中を解釈しているということを自覚し、意図的に複数の観点から物事を観ていく習慣をつけることが重要です。もしも複数の観点から観ても同じ風景がそこにあれば、自らを適切に評価できている確率が高くなってきます。


行為のなぜを問う

 自分の行為の「なぜ」を積極的に問うていく方法もあります。以下の質問に答えてみてください。

あなたが電車に乗って座席に座っています。見渡すと席は全部埋まっており、立っている人も何人もいます。電車が次の駅に着いたとき、お年寄り(あるいは妊婦さん、小さい子どもを抱っこした女性)が乗ってきてみなさんの目の前に立ちました。あなたはどういう行為をとりますか。それはなぜですか。

 あなたは新型コロナウィルス感染症の拡大が収まらないなか、どのような行動を取りましたか。部活動について、交友について、勉強についてなど、さまざまな側面から考えてみてください。そしてそれはなぜそのような行動を取った(意思決定をした)のかを考えてみてください。

 それぞれのなぜを考えるとき、さらにまた「なぜそのような考え方をするようになったのか」を考えてみてください。何度も何度も自分の行動の「なぜ」を繰り返して問いかけます。小さいときの家庭環境や、他の人は覚えていない一場面があなたの記憶に呼び起こされるかもしれません。もしかすると、兄弟姉妹構成が関わっていると思うかもしれませんし、自分が取り組んできたスポーツの特性(たとえば個人スポーツなのか集団スポーツなのか)、指導のされ方、スポーツに対する保護者の関わり、自分が育った地域の風土など、いろいろなことが「なぜ」に対する説明として想起されることでしょう。

 このようなタスクを行うことで、自分の行為がどのような理由によって生み出されているのかに気付くことができるかもしれません。たとえば、新しい考え方が必要だと思っているのに、反射的に新しい考え方を受け入れない反応をしてしまっている場合などは、自己の中にある無意識の前提認識によって反射的に自分の明示的な意識では望まない行為が生み出されていると考えることもできます。自分でもなぜなのかが分からないという行動をとる場合、そこには理由がないわけではなく、客観的な観点からその行為をすることの意味が自分にはあると考え、そこにアプローチしていくことで行動を自分が望むことに変えていくことが可能になってくるとも考えられます。


免疫マップ

 理想とする自分の行動、そして自分が実際に行っている行動、この二つが一致している場合には特に問題はありませんが、さきほども言ったように、この二つが一致していない場合も少なくありません。「なぜ人と組織は変われないのか」(キーガンら)という書籍でも、ビジネス界での例を出しながら、この問題に挑戦しています。大学運動部活動での学年による上下関係をなくすべきだと下級生のときには心から思っているのに、自分たちが最上級生になったときにはそのシステムを必死で維持しようとしているなどということがないでしょうか。友人との関係性において、異なるコミュニケーションの仕方をしたいのに、なぜ自分はこういう話し方をしてしまうんだろうと思っている人はいないでしょうか。

 そういうときには、実際の行動をとることによって自分は何を得ているのだろうか、その行動の目的は何なのだろうかと問いかけてみる必要があります。自分の無意識の前提認識を知ろうと努力すると、「こうありたい」という表向きの目的や目標とは違う、裏の目的・目標が浮かび上がってくるかもしれません。そして、それは往々にして、現実にやってしまっている行動をやめることによって自分に襲いかかる不安によって導かれている可能性が高いと、キーガンらは考えました。人間が自分で意識しようがしまいが関係なく、自分を守る防衛本能、あるいは免疫機能が働き、「自分が無能だと思われたくない」という裏の目標によって「知らないことを知っている」と言ってしまったり、「仲間はずれになりたくない」という裏の目標によって「Aさんの悪口をBさんに言い、Bさんの前ではAさんの悪口をいう」といった行動をとってしまったりしているというのです。表向きは、それぞれ、「知ったふりをせず、新しいことを学ぶ謙虚な姿勢でいる」、「裏表のない人付き合いをする」といったことを理想としているにも関わらずです。

 裏の目標を考えることによって、自分を無意識のうちに動かしている、自分が持つ前提認識に気付くことができる場合があります。その前提認識を持ち続けるかぎり、自分が理想とする行為とは違った行為をし続けることになります。前提認識を書き換えることで、自分の理想とする行動をとれるようになってくるかもしれません。

 実際に免疫マップを使った例を紹介しましょう。図1をみてください。これはあるコーチが自分の行動について振り返ったもの、改善目標のところに自分がこのようなコーチになりたいというものが書かれています。そして、実際にやっている行動を阻害行動の欄に記入しています。なぜ阻害行動が起こっているのかという理由をいろいろ考え裏の目標の欄に記載しています。中に書かれている不安ボックスは、改善目標に書かれていることを実際にやってみたときにどのような不安を感じるかを、自分に正直に書き出しています。これらの分析を踏まえて、最終的に自分自身の行動を操っている強力な固定観念を考察しています。このコーチの場合は、指導者は絶対的なものであるべきだという固定観念を持っていると自分で考えました。このあと、このコーチは強力な固定観念に自分自身で挑戦することをすることにしました。


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図1 コーチが作成した免疫マップの例


ジョハリの窓

 さきほど自己認識について、自分の行為の「なぜ」を考え、意識的であれ無意識的であれ自分が持つ前提認識に気付くことができれば、行為を修正することができるという話をしました。自己認識とは本当の自分とは何者なのかを考えていくものだといえるでしょう。ここで、もうひとつ自分自身を分析していくための枠組み、「ジョハリの窓」を紹介しましょう。

 ジョハリの窓とはアメリカの心理学者ジョセフさんとハリーさんが最初に紹介したということでジョハリの窓という名前がついたそうです。下の図2を見てください。


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図2 ジョハリの窓


この枠組みでは、自分自身について、自分からの視点と他者からの視点で考えていきます。4つの小窓に分かれているのでそれぞれを見ていきましょう。


I. 解放の窓

この部分は自分でも知っているし、他者も知っているという自分で、公開された自己(Open self)ということができるでしょう。

II. 盲点の窓

この部分は、他者は気付いているけれども、自分は実は知らない自分(Blind self)です。自分のことは自分が一番よく知っていると思うかもしれませんが、他者は自分のことを違ったように見たり評価しているかもしれませんね。

III. 秘密の窓

3つめの窓は、自分は知っているけれども、他者からは見えていない自分です(Hidden self)。それが意図的に隠されているのか、それともそのような意図はなくとも結果として隠されているのかは別として、隠された自己というものは、誰しもが持っているでしょう。

IV. 未知の窓

最後の窓は、自分も他者も知らない未知の自分です(Unknown self)。この部分は自分の可能性とも言えるかもしれませんね。ただ、自分で知らない自分の場所が大きすぎるのも考えものです。


 みなさんも自分でジョハリの窓に書き込んでみましょう。他者の意見は自分で書くのではなく、他の人に自分のことを聞いてみる必要があります。他の人のものを挙げる際にはしっかりとした倫理観のもとに指摘をしてあげる必要があります。一度にやる必要はないので、自分のジョハリの窓を時間をかけて作っていくことができれば、より深い自己認識につながると思います。


SWOT分析

 ジョハリの窓で4象限マトリックスを使った流れで、もうひとつマトリックスと使った自己分析の仕方についてみてみることにします。みなさんはSWOT分析というものを聞いたことがあるでしょうか。ビジネス分野を始め、さまざまな分野で事業戦略を立てていく前に行う分析として、とてもメジャーなものです。これを使って、自分と外部との関係から自己認識する方法を考えてみましょう。


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図3 SWOT分析1


 SWOTのSはStrength(強み)、WはWeakness(弱み)、OはOpportunity(機会)、TはThread(脅威)を表し、それぞれの観点から自己分析をしていくものです。みなさんの将来構想を例に具体的なSWOT分析をしてみましょう。競技をしている人は自分自身の競技力をテーマに行ってみてください。

 まずは自分自身(内部因子)について考えてみましょう。自分の強み(S)と弱み(W)をできるだけ具体的にそれぞれの窓の中に書き込んでいってください。競技者であれば、強みはランニングのトップスピードである、フェイント時のリムズの変化、オフ・ザ・ボール(ボールを保持していないとき)の状況判断であるといった具合です。弱みという言葉はあまり良い言葉だとは思いませんが、強みとの相対的な関係のなかで考えてもらえればよいと思います。

 次に外部因子について考えてみます。自分にはどのような機会(O)があるのか、脅威(T)があるのかを考えて書き込んでみましょう。スポーツパフォーマンスについて考えている人ならば、切磋琢磨し合う仲間がいる、専用のグラウンドがあるといった機会が考えられます。さきほどの強みでは自分自身の内部因子について考えていったのですが、機会は自分の外側にあるものについて考えていきます。脅威も同様で、新型コロナウィルス感染症による練習機会や試合機会の喪失というのが考えられますね。それ以外にも、対戦相手の身長といったものも脅威として書くことができます。

 SWOT分析については、このステップで終わる場合もありますが、実際にもっと実効性ある分析にしたければ、もう一段階進めることをお勧めします。さきほど行ったSWOTの窓同士の関係から、次の一手を考えていくプロセスです。下の図を見てください。


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図4 SWOT分析2


 SWOTのそれぞれを書くところがありますが、これらは先ほど考えたものをコピーすれば大丈夫です。ここでは強み×機会、強み×脅威、弱み×機会、弱み×脅威のボックスについて考えていきます。強み×機会の窓には、強みをさらに拡大していくチャンスについて、自分が具体的に挙げたSとOの関わりから発想を得て、できるだけ具体的な表現で書いていきます。たとえば、リズムの変化という強み×切磋琢磨し合う仲間という組み合わせから、これまで以上にリズムの変化のバリエーションを身につけていく、あるいはハイスピードの中でのリズム変化をトレーニングすることができるといった具合です。

 このようにそれぞれの窓の中に発想豊かに自分の力をどのように伸ばしていくことができるかを書き込んでいきます。注意が必要なのが弱み×脅威です。この窓は弱みをさらに拡大させていく因子はなにかを書き込みます。例えば弱みが筋力で脅威が対戦チームが高身長というものがあったとしましょう。自分の弱みである筋力に対して相手の強みである高身長とが全面に押し出されるような戦い方は、自分の弱みをさらに拡大させていく可能性があり、どんどん自分が不利になっていく可能性が高くなっていきます。この窓に入ることは、できるだけ避けるような戦略をとることもあれば、自分の弱みがさらに拡大していくようなことにならないように、弱みを補っていく、あるいは発想の転換をしていく必要があることを教えてくれるものとなります。

 これらのエクササイズをやっていくことで、自分をより深く知ることにつながり、よりよい戦略を立てられるようになってくることが期待できます。自分個人でやってみるのもよいと思いますが、チームでブレインストーミングしながら表を完成させていくのも面白いと思います。


さまざまな自己認識の方法

 これまで、いくつかの自己認識方法について紹介してきました。これらはごく一部であり、これだけ知っておけばよいというものではありません。それぞれ自分にあったやりかたを見つけていく必要があります。みなさんの中にはずっと日記をつけているひともいると思います。それを振り返りながら自分の気持ちの変化やパフォーマンスの変化を振り返ることで、パフォーマンス向上につなげている人も多いでしょう。もしかすると、マインドフルネスの実践をしている人がいるかもしれません。只管打坐(しかんたざ、座禅でただ座る)ことを実践している人もいるでしょうか。自分をみつめ、自分を知ることは他者理解の出発点でもあるといえます。ぜひ、時間を確保して、自分自身を知ることに挑戦してみてください。


省察

 省察とは、自らの思考や言動などを振り返り、その内容について批判的かつ建設的な思考で評価し、次の実践をよりよくするための方法を考えていく行動のことをいいます。省察が適切に行えるかどうかは、前述の自己認識がどの程度適切に行えるのかの影響を受けます。省察を繰り返していくことで、自分は本当は何を大切にしているのかという自己認識が深まっていくとも考えられます。自己認識と省察は二重らせん構造のようになっており、その時々でお互いに影響を与え合っていると考えるのが妥当でしょう。

 省察がどのように行われているのかをまとめた図があるので、それをみてみることにしましょう。2002年にGilbertとTrudelがまとめたユースコーチ(子どもを対象としたコーチングのコーチ)の省察モデルです(日本語版は日本スポーツ協会のリファレンスブックより引用, p59)。


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図5 ユースコーチの省察モデル(GilbertとTrudel, 2002、邦訳:日本スポーツ協会リファレンスブック)


 この省察モデルは、コーチングの出来事、ロールフレーム(役割認識)、課題設定、戦略生成、試行、評価の6つの要素で構成されています。これらを順番にみていくことにしましょう。

 コーチング現場ではさまざまな出来事が起きますが、その全てについてコーチが省察を行うわけではありません。前回までの授業で何度の出てきたように、そのコーチが何に価値を置いているのか、どのような考え方でコーチングをしようとしているのかによって、省察の対象となるものとならないものが決まってきます。意識的であれ、無意識的であれ、コーチとして対処しなくてよいと判断されたものは、見過ごされることになります。日本体育大学で学んでいるみなさんは、さまざまなスポーツ医・科学に関する知識やその他関連する知識をたくさん学んでいるので、より多くのことがみなさんのフィルターを通過して学びのもとになってくれることと思います。

 ロールフレームというフィルターを抜けてきたコーチングの出来事が省察の対象となります。この図の中ではそのプロセスを「省察対話」と呼んでいます。まず課題設定が行われます。もちろん自分だけで課題を設定することもあるでしょうが、他のコーチや仲間、保護者やプレーヤー、チーム責任者らとの関わりによって課題の同定と構成が行われます。そして、その課題に応じた課題解決にむけた戦略が設定されます。ここにも多くの他者が関わります。図に例として出ているのが、他のコーチ、エキスパート、同僚とのディスカッション、他のコーチの観察や書籍・ビデオ等の手助けなどです。

 戦略ができれば次に行われるのがその課題の試行、あるいは検証です。実際にやってみることでどのような結果が起こるのかが分かりますが、実際にやるまえにバーチャルな試行が行われることもあります。この試行がうまくいき、課題が解決されたと評価されれば省察対話から抜けますが、課題未解決という評価がなされれば、引き続き省察対話が繰り返されることになります。

 ここで紹介したのは、研究対象となったあるユースコーチの省察モデルです。みなさんがこの方法をとらなくてはならないということではありません。100人いれば100通りのやり方があってしかるべきです。重要なことは、みなさんがどのようなロールフレームを持つかというところにあります。今日の授業の前半で自己認識について扱いました。また先週まで、観る、聞くといったコミュニケーションスキルについて扱ってきましたが、そこでも前提認識、あるいは偏見が自分に枠をはめて、自分の成長を抑制している可能性があることを話してきました。コーチとして自分を成長させられるかどうかも、そのコーチが自分自身をどう捉えているのか、コーチという役割をどうとらえているのかにかかっていると言っても過言ではありません。


省察のタイミング

 コーチングにおいて絶対解を導くことはほぼ不可能です。たとえ、オリンピックで金メダルを取ることに貢献したとしても、もっとよい他の方法はあり得る訳で、何をもって絶対というのか自体、定義が難しいので当たり前と言えば当たり前ですね。だからこそ、コーチはその時々で状況判断をして行動し、結果をしっかりと振り返って評価し、次の実践をよりよくする努力をしていくしかないともいえます。改善を重ねるための方法が省察であるので、どれだけコーチングにおいて省察が重要であるかが分かるでしょう。

 もう少し省察について話を展開していきます。省察と一言で言っても、それを行うタイミングはいろいろです。省察をする、あるいは省察がおこるタイミングは次のようにまとめることができます。


  • 行動中の省察(Reflection-in-action)

  • 行動直後の行動についての省察(Reflection-on-action)

  • 回顧的省察(Retrospective Reflection-on-action)

  • 行動前の行動に向けた省察(Reflection-for-action)


 行動中の省察は、コーチングをやっているときにすでに「どんなことが起きているかな、この方法で上手くいっているのかな」といったことを考えている場合があるでしょう。このような省察をReflection-in-actionと呼びます。これをすることで、ほぼリアルタイムで自分の行動を修正していくことが可能となります。

 Reflection-on-actionは、行動が終わった後、その行動について振り返って考えてみる場合の省察のことを言います。行動中の省察に比して、落ち着いていろいろな可能性を比較したりしながら、より深い省察をすることが可能です。日誌をつけながら省察をしているという人もいるでしょう。

 回顧的省察はその名のとおり、比較的時間がたった後に、意図的に思い出したり、記録を見たりしながら省察をする、あるときふと思い出して自然発生的に省察をするといったことが挙げられます。その行動を行ってから時間がたっていることで、より客観的な観点からの振り返りができるかもしれません。いくつかの行動をまとめて省察することで、より本質的なところへの気づきが得られるかもしれません。

 行動に向けた省察は、これから行動を起こそうというとき、これまでの経験を一度振り返って、これから何をするべきかを考えるような場合のことです。ある意味、行動についての省察や回顧的省察と同時に行っている場合が少なくないと思います。

 競技者のみなさんも、それぞれのタイミングで競技に対する省察をどのように行っているかを考えてみてください。今までもしかするとどこかの省察が弱かったかもしれません。その場合にはその部分を少しだけでも強化してみてください。


ダブルループの省察

 直前に、省察の仕方を省察してみることを促してみました。省察の性質が少し違うことに気付いたでしょうか。自分のプレーやコーチングの仕方を改善するために行う省察がありますが、その省察の仕方を改善し、よりうまく省察ができるようにしていくような省察のことをダブルループの省察と呼びます。

 たとえば、みなさんが毎日自分の競技について日誌をつけているとしましょう。日誌に今日の振り返りをし、その省察記録をノートに書き留めていっています。しかし、ただ書いていくだけでは、記録を取っているだけで、質の高い省察になっているとは言えません。毎日の収入と支出を記録しているだけの家計簿はただ自分が満足するための「記録」に過ぎません。家計簿をより有効にするためにはその使い方自体に疑問を投げかけ、より効果的な使い方ができるようにしていくことが必要です。家計簿の使い方についての省察をする(ダブルループの省察をする)ことで、家計簿を記録として使うだけでなく、家計簿のデータをもとに貯蓄をより効率的に行っていくための戦略を練っていくことが可能になります。

 競技者であるみなさんも、自分が行っている振り返りは、実はもっと良い振り返りに改善できるはずだという信念を持って省察に取り組んでもらいたいと思います。何事も常に改善を繰り返していくことが重要です。


コーチの学びの場

 コーチもアスリートと同様に学びの徒です。アスリートは競技力向上やその他の目標に向けて自己開発に挑みます。コーチはどうでしょうか。たとえ、世界最高のプレーヤーと言われる人であったとしても、コーチングに必要な知識やスキルはアスリートとしてプレーするものとは異なるため、コーチはコーチとしての学びを進めていかなくてはなりません。プロ野球の指導者はコーチとしての経験があろうがなかろうが、過去の有名選手が抜擢されることが少なくありません。プロスポーツとして監督見たさに人が集まることもあると考えれば、経営戦略上あってもよいことだと思います。しかし、コーチングの質の高さを問題にするとすれば、まったくナンセンスな起用の仕方です。どのようなスター選手であってもコーチとしては素人なので、しっかりとしたコーチングの知識やスキルを得る取組をしなくてはなりません。

 コーチがどのようにしてコーチングスキルを向上させていっているのかを調べた研究がいくつもあります。それらを全てここで紹介することはできませんので、いくつかに絞って紹介しましょう。まずはコーチが学ぶ場に関する情報です。


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図6 コーチの学びの場、機会


 コーチの学びの場としてすぐに思いつくのが大学や大学院、あるいはコーチ資格(日本では日本スポーツ協会の公認スポーツ指導者資格が最もメジャー)の講習会です。講習会といっても大学の学位や資格とは関係なく、コーチとしての能力向上を狙ったセミナーやワークショップなども存在します。どちらの場合も講師がいて、学習を引っ張っていくスタイルがほとんどのため、これらを併せて媒介学習(mediated learning)と呼びます。そして、前者を公式な学位や資格につながっているという意味で公式学習(formal learning)、後者を公式外学習(Non-formal)と呼んでいます。

 これらの学習形態については、多くの研究がその効果について疑問を投げかけています。実際にそれらを受講したコーチらに調査をし、講習会で扱う内容が一般的過ぎて自分の現場ではなかなか使い物にならない、一度に知識を詰め込みすぎでついていけない、資格に関係するのでとりあえず良い子にしておく、といった声があることを報告しているのです。

 コーチとしての学びが起きているのは、なにも公式あるいは公式外学習機会だけではありません。非公式学習(informal learning)あるいは非媒介学習(unmediated learning)と呼ばれる学びをしている場合も多々あるといわれています。そして、コーチたちは媒介学習よりも非媒介学習のほうがコーチとしての学びに有用であると感じているのです。非公式学習の例としてオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)が挙げられます。自分がコーチングしている現場でコーチングスキルを上げていくことがとても重要な方法だと感じているコーチが少なくないようです。しかし、これは海外でのデータであり、日本でコーチたちがどのように感じているのかは分かっていませんが、実際にOJTを経験すると同様に感じるのではないかと思います。

 OJTでコーチング能力を伸ばしていくために重要となるのがすでに解説した省察です。省察抜きで現場に出ていたとしても、同じことを繰り返しているだけで、自分の成長は望めません。プロセスの改善をしていくためにはPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルをうまく回していくことが重要だということを聞いたことがない人は少ないと思います。PDCAのCとAが省察に相当しますが、多くのコーチが計画をたて実際にそれを実行しますが、しっかりとCとA(省察)をしてPDのレベルを上げられているかというと疑問です。

 これまでの研究では、公式学習がやり玉に挙がっていました。しかし、公式学習が本当に役立たないかというとそういう訳ではないと思います。過去はそうであったかもしれませんが、これらの批判を真摯に受け止め、公式学習を提供する側も、しっかりと省察をし、教授内容や教授法の改善を行ってきています。そして、OJTがさらに効果的なものになるような力をつける授業の展開ができるようになってきていると思います。また、公式学習のなかにOJT風なスキルトレーニングの場を用意する(ブレンド型学習)ことで、より効果的なスキルアップの機会を提供することに成功してきています。アスリートがパフォーマンス向上に向けて努力するだけでなく、コーチもコーチングスキルを向上させるために努力し、コーチの学びを支援する人たちもそのやり方を常に改善していくという構図ができつつあります。コーチングは他者の学びを支援すると同時に、自己開発の手段でもあるのです。

コーチデベロッパーとNCDA

 アスリートの目標達成を支援する人としてコーチがいます。コーチはアスリートの目標達成を支援するための知識やスキルを常に向上させていくことが求められていますが、コーチはそれをどのようにして実現させればよいのでしょうか。コーチにもコーチがいたらこの問題は思っているよりも簡単に解けるかもしれません。

 上述のように、コーチ育成において大学や資格講習会の効果はそれほど大きくないということが様々な研究で報告されています。その理由を考えると、それはほとんどの場合、授業や講習が、学問分野の専門家(ほとんどの場合が大学教授)によって講義形式で行われていることが関わっていたと考えられています。子どもも大人も、学びは主体的に行うほうが楽しく効果もあがることが分かっていますが、教育はなにかとトップダウン型になりがちです。あからさまなトップダウンではないにしても、豊富な知識を持っている教授から、知識が少ない学生への知識の伝達(コピー)ばかりが行われているケースが少なくありません。しかし、学びとは本質的には学習者に主導権があります。教員が教えたからといって学生が学ぶ訳ではありません。もし学生が学んでなければ教員は教えたとは言えません。だからこそ、学習者主体の教育が求められるのです。これは我々がみなさんにアスリートセンタードコーチングを勧めている理由と同じです。学習者中心の学習者をアスリートに変えただけです。

 この学習者中心の学びの形態を作り出すことはそう容易いことではありません。なぜなら、教員はこの形態での学びをほとんど経験したことがない可能性が高いのです。先述のコーチ育成プログラムにおいて講義の講師を務めてきた教授陣も然りです。専門的知識は豊富かもしれませんが、コーチたちが主体的に学ぶことができる環境を作り出すことには全くの素人である可能性が高いのです。授業は間違いなく知識伝達型のものになります。

 そこで、もっとコーチが主体的に学ぶことができ、コーチングスキルの向上を効率的に行えるようにするために出てきたのが、コーチの学びを支援するコーチデベロッパーという概念です。各種学問領域の専門家ではなく、コーチ育成の専門家としてのコーチデベロッパーです。講習会であれば、コーチが主体的に学んでいくことをファシリテートし、コーチング現場であればコーチが実践から効果的な学びができるような関わりをすることができるような能力を持った人のことです。

 日本体育大学では2011年に大学院にアスリートセンタードコーチングの実践が可能なコーチを育成するコーチング学系を設置しました。そこでは講義よりもアクティブ・ラーニングを重視する授業形態で授業を展開することになりました。そこでも課題となったのが、アクティブ・ラーニングを展開するスキルをもった教員がほとんどいないということでした。大学院に少し遅れはしたものの、ほぼ同時期に体育学部体育学科にコーチング演習という授業が設けられ、アクティブ・ラーニングを使ったコーチングスキル開発が始まりました。ここでも授業を展開する能力が問題となります。そこで日本体育大学のコーチング学チームでは、コーチのコーチングスキルを開発する能力をどう開発していくかというところに着目することになりました。偶然、同じ時期にスポーツ庁(当時は文部科学省)から東京オリパラ関係の事業として予算をいただくことができ、国際コーチングエクセレンス評議会(ICCE)と協力して、日本体育大学コーチデベロッパーアカデミー(NCDA)を開設することになりました。世界でも初めての試みで、2020年で7年目に入りましたが、未だに世界で唯一の国際的なコーチデベロッパー養成機関として世界中からコーチデベロッパーとしてのスキルを身につけたい人たちが日体大に集まってきています。

 日本においても、(財)日本スポーツ協会(JSPO)公認スポーツ指導者資格制度改定に伴い、共通科目がアクティブ・ラーニング形式を取り入れたものに変更となり、コーチデベロッパーが公式に講習会をファシリテートすることになりました。そのシステム構築にあたっても、NCDAのノウハウがふんだんに活用されたのです。JSPOには現在120名程度のコーチデベロッパーが登録されています。コーチデベロッパーを育成する人のことをコーチトレーナーと呼んでいますが、現在9人いるトレーナーのうち4名が日体大のメンバーとなっています。

 コーチを目指している人が、この授業を受講している人の中にもたくさんいると思います。日体大で学部生のころからコーチングを学んでいるからこそ、学び続けるコーチとなり、そして将来的にコーチデベロッパーとしての活動も視野に入れながらコーチングに励んで欲しいと思っています。

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