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自分の「正解」を疑え



 今回の記事は、Coaching & Playing Volleyball 83号(2012年)に掲載していただいた私(伊藤雅充)の記事「ディープな練習を確保するのはコーチの責任」の一部を修正しつつ抜き出したものです。コーチが「正解」を教えようとすることに対しての考察を行っています。このCPVはバレーボールコーチングの質を上げようという意志を持った読者向けの雑誌ですので、もともとの記事は「バレーボール」に特化して書いていましたが、少し他の種目にもあてはまるように表現を修正しています。


人の数だけ基本がある

 より深い、質の高い練習を組むためには、スポーツをさまざまな観点から分析し、理解していく必要があります。私たちは自分たちが経験したことを通して形づくられた、別々の色眼鏡(価値観、哲学観)を通して物事を観ています。川端康成が「人間は習慣の奴隷である」と言ったといわれていますが、確かに自分が普段から何気なくおこなっていることが間違いだとはなかなか思いません。そのような意味で、ある事象に対して複数の人間が異なる意見を持つことは珍しくありませんし、むしろ全く同じ意見となること自体が奇跡に近いかもしれません。

 それぞれのスポーツ種目の「基本」についても同じことが言えます。コーチング現場では「基本が大切だ」という言葉をよく耳にします。しかし、そもそも基本とは何でしょうか。皆が同意するそのスポーツの基本は存在するのでしょうか。

 2000年頃から、日本の各競技団体がJOCリードのもとに競技者育成プログラムの策定をおこないました。私も日本バレーボール協会の一貫指導プロジェクトの一員として、バレーボールの一貫指導プログラム作成に関わりました。そこでの私の役割は、さまざまな指導者の知恵を書き物にしていくというものでした。このプロジェクトには小学校、中学校、高等学校の名だたる指導者の方々が参加しており、何を基本とし、何をどのような順で習得していくべきなのかについて議論をしました。その取りまとめがどれだけ大変であったか、想像していただけるでしょうか。一連の議論のなかで、基本が大切だということは全員の共通認識として常に強調されていましたが、いざ何を基本とするのかについて細かい部分に入っていくと、それぞれの考え方があり、意見を集約するのに大変苦労した覚えがあります。


それは正しい技術か

 何が基本かという議論も難しいものですが、同様に何が正しい技術なのかという議論も収拾がつかなくなってしまう可能性があります。バレーボールであれば、正しいオーバーハンドパスやアンダーハンドパスはどのように定義できるのでしょうか。それは年齢層や個人によって変化しないもので、時代が変わっても変わらないものなのでしょうか。

 昔、スペインにFélix Erausquinという投てきのアスリートがいました。彼は1956年に円盤投げの投法でやり投げをおこない、90mを記録したそうです。当時の世界記録にわずかに届かないその記録を出したとき、彼は49歳でした。体力的ピークをはるかに過ぎた人が世界記録と同程度の飛距離をたたき出したことは、そもそも正しい技術が存在するのか、という興味深い問いを投げかけてくれています。

 メキシコ五輪の走り高跳びでアメリカのDick Fosburyがはじめて背面跳びを行い、金メダルを獲得しました。はさみ跳びやベリーロールが正しい技術とされていた時代のことです。このあと、多くのバイオメカニクス研究者たちが、Fosburyの跳躍法が理にかなったものであることを証明し、今では背面跳び(フォズベリー・フロップ)以外をみることはほぼなくなりました。私たちは当たり前に基本と思っていることに対しても、チャレンジしていくことが必要なのだろうと思います。


複雑な変化への対応

 スポーツの試合では次に何が起こるか、完全に正しく予測することは、ほとんど不可能であると言ってよいでしょう。バレーボールではコート内に別々の意思を持った6名が入り、別々の意思を持った6名の相手チームとネットを挟んで対峙し、ポイントを競い合います。

 基本的にはサーブ、レセプション(サーブレシーブ)、トス、アタック、ブロック、ディグ(レシーブ)、トス、アタックの順にプレーが行われますが、そのときの状況により、その順ではプレーが行われないこともあります。そして、サーブひとつをとっても、そのときのポイント、相手のレセプションフォーメーション、自チームのブロック戦術などによって、サーブを打つコースや深さ、ボールスピードをさまざまに変化させます。バレーボールをはじめ、スポーツのゲームは複雑で動的です。

 私は2004年のアテネオリンピックまでナショナルチームを中心にアナリストとして活動していました。ゲーム分析をしながら、バレーボールの複雑で動的な性質を強く感じると同時に、大いに悩まされた経験があります。当時、個人の特徴、チームの特徴を数値や図で表現していくことを行いつつ、常に全体を漠然とみることを心がけていました(伊藤ら、2004)。それはデータだけでバレーボールを理解しようとすると、大きな間違いを犯してしまう危険性を感じていたからでした。


判断力を磨く

 バレーボールをはじめ多くのスポーツ種目において、練習を組むときには、この不確定さ、複雑さを考慮することが大切だと感じています。オープンスキル系のスポーツでは特に重要な概念となります。通常の繰り返しドリル形式の練習メニューでは、本来スポーツのゲームで起こっている不確定さや複雑さに対応することが難しいといえます。バレーボールではスキル発揮時に必ずといってよいほど、状況判断(リード)が伴うはずです。それにも関わらず、多くの練習メニューが実際の試合時に必要なレベルの状況判断を行わなくてもよいものになってしまっているように思います。

 スキルの獲得段階によっては、状況判断の要素を取り除き、動きの部分だけを強調して、動きを訓練的に身につけるという選択肢もあり得ます。しかし、状況判断能力を向上させることを含んだ練習がどのくらい効果的に行われているのか疑問が残ります。


オフ・ザ・ボールのパフォーマンス

 通常、ボールゲームのチームスポーツではボールは1つだけです。6人制バレーボールでは2回続けてボールに触れることができません。また、ボールコンタクトは瞬間的で、ボールを直接扱う以外(オフ・ザ・ボール)の時間が非常に長いのがバレーボールのゲームです。その他のボールゲームスポーツもそうでしょう。この間にプレーヤーは何をしているのでしょうか。ただ単に何も考えずにじっとしているわけではなく、常に状況判断をおこない、継続して動いています。この状況判断の能力の違いが競技力の差として出てくる場合も少なくないと思います。

 バレーボールで言えば、味方がアタックを打つときのブロックフォローに入るという判断、どのタイミングで入れば良いのかという判断、ほかの味方プレーヤーとの位置関係の判断など、実にさまざまな状況判断が常時行われています。状況判断の能力をトレーニングする方法を考えていくことは、今後のバレーボールに重要なことだと思います。


判断力を高める質問

 複雑で動的なバレーボールのゲーム中に、状況の変化に合わせた適切な判断を即座に行い、適切な行動を起こす能力をどのようにトレーニングしていけばよいのでしょうか。何回も何回もドリル形式で同じ事を繰り返し、自動化されるまでに体に覚え込ませるという方法をよく耳にします。しかし、この方法が正しいかどうかについては、かなりの疑問が残ります。適切な状況判断を行うためには、脳に対して適切な負荷がかかるトレーニングを行っていく必要があります。いわゆる質の高い深い学びを引き起こす練習、ディープ・プラクティスです。

 適切な状況判断を行えるようになるために、私たちの研究室では「質問」の力を利用しています。質問といっても、基本的にはYESかNOで答えられるクローズド・クエスチョンではなく、さまざまな答え方ができるオープン・クエスチョンを用います。学習段階に応じて、適切な状況判断を伴うような環境やタスクを設定し、実際にプレーを行わせ、そのときにどのようなことに意識を払いながらプレーを行っていたのか、どうやればもっとうまくプレーができるかなどについて質問をし、プレーヤー自身に考えさせ、答えを引き出します。これらの繰り返しが、プレーヤーに考える力、自分で課題解決できる力を身につけることにつながります。


 今回の記事の内容は、先日掲載したゲーム中心の練習に関連する内容でした。まだご覧になっていない方は是非ご一読いただければ幸いです。

 また、今回のブログ記事のもととなった記事を掲載していただいたのが2012年ですから、もう8年も前のことになります。時折、さまざまなところでバレーボールの練習を見ることがありますが、私が中学・高校生の頃に行っていたドリル形式の練習を同じように行なっているところを目にします。私たちはこの30年間何を変化させてきたのだろうと自問します。結果を変化させたいと思いつつ、同じことの繰り返しになってしまっているところを何とか打開したいですね。継続的にロウソクの改善をしても電球は生まれない。コーチングのイノベーションが必要だと思います。

 


参考文献

  • 伊藤雅充、石丸出穂、越智英輔、アテネ五輪全日本女子バレーボールチームの情報戦略活動、バイオメカニクス研究8: 242-248、2004

  • 伊藤雅充、ディープな練習を確保するのはコーチの責任、Coaching & Playing Volleyball 83: 6-11、2012

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