top of page
top

2020年度前学期 体育学部スポーツトレーニング論B  第8回

Game Senseの実際

 第6回、第7回と非線形の学習理論とそれに基づく教授法について基礎的な内容について概説してきました。還元主義的なやり方では複雑で動的なゲームのスキルを身につけることは容易ではなく、特にサッカーやラグビー、バスケットボールなど、オープンスキル系(求められるスキルが予測困難な種目)のスポーツではもっと違ったやり方が求められてきました。体操競技や陸上競技、競泳といったクローズドスキル系(求められるスキルが比較的予測可能な種目)のスポーツでは、オープンスキル系のスポーツほどはゲーム性が求められないものの、非線形の学習理論そのものは大いに役立つ考え方であるといえます。

 今回は特にオープンスキル系の種目を行っている人には腹落ちしやすい内容であると思います。一方でクローズドスキル系の種目を行っている人には、直接的にピンとこないかもしれません。しかし、人間がどのように運動を学んでいくのかという観点から考えれば、どのような種目を専門としていようが関係ありません。非線形の学習理論をオープンスキル系の種目がどのように練習に取り込んでいっているのかを学び、自分の競技にもそのコンセプトを転用していってもらいたいと思います。特に学校の教員になって体育指導や部活動指導をしようという人は特に、しっかり学んで欲しいと思います。

 

Game Senseの基本的情報

 Game Senseについての基本的な情報について、まず次に示す3つのブログ記事を参照してください。このブログは日体大コーチング学研究チームが情報発信しているものです。

 

  1. ゲーム中心の指導法(Game Sense)とは何か?

  2. なぜGame Senseなのか?

  3. どのようにGame Senseメニューを作成するか

 

コーチはファシリテーター

 Game Senseでは、コーチの役割が典型的な「教える」コーチとは異なります。コーチはアスリートがアウトカムを達成できるような環境とタスクをデザインし、実際の練習の場では、アスリートたちにデザインされたゲームの説明をして実際にプレーさせます。プレー中には、アスリートたちがどのように学んでいるかに着目しながら情報収集し、アウトカムに沿った質問を投げかけ、アスリートが自分たちで解決法を見いだしていきます。アスリートが主体的に学ぶという観点で、Game Senseはアスリートセンタードコーチングであるといえます。このとき、コーチは学習ファシリテーターとしての役割を果たしています。学ぶのはアスリートですが、コーチが触媒のように関わり、アスリート本人が変化していくことを支援していくのです。

 

質問力が鍵となる

 Game Senseを活用するためには、コーチの質問力を高めていくことが欠かせません。そのスポーツに関して、コーチが自分自身にさまざまな問いかけをすることが、他者に対する質問力を高めていくことに有効でしょう。たとえば、「ラグビーってどういうスポーツなんだろう」、「流れの中でオフェンスとディフェンスが切り替わるとき、チーム全体でどういうことが起こっていんだろう」、「あの選手はあのタイミングで何を考え、どんな情報を仕入れているんだろう」といった具合にです。

 自分に対する質問や他者に対する質問を考えるとき、英語の5W1Hをうまく活用することを勧めます。表1を参考にして、自分のスポーツで質問をたくさん作ってみてください。全部のマスを埋めなくてはならない訳ではありません。必要に応じて使ってみたのでかまいません。もちろん、全部を埋めてみるのもよいと思います。同じマスに一つだけではなく、たくさんの質問を書き込んでもよいですね。

表1 質問のテンプレート(Pill, 2015を邦訳し一部修正)

 たとえば、バレーボールに関して、時間×Whoの質問を考えてみましょう。「自チームからサーブが打たれた瞬間に、ブロッカーは誰を見ておく必要があるのか。」や「ブロックから着地したセッターは、ボールの位置とともに誰を見なくてはならないのか。」といったものが考えられます。ここに書かれている要素はPill(2015)がオーストラリアンフットボール(フッティー)のGame Sense教本(ワークブック)の中で挙げているものなので、種目によってはまったく異なるセットを設定してもよいでしょう。参考までにPill(2015)が例として挙げている、フッティーのウィング選手に対する質問も紹介しておきます。

表2 フッティーのウィング選手に対するゲームに関する質問例

ゲームのデザイン(環境とタスクの設定)

 質問力を高めることに加え、ゲームをデザインする能力もGame Sense活用には欠かせない要素です。ゲームという際に間違ってはいけないのが、ゲーム=フルの試合を意味する訳ではないということです。多くの日本人ラグビーコーチが、ゲーム中心に練習をやっているというけれど、実際に練習を観察するとドリル練習を行い、最後に試合を行っているだけだという研究結果があります。ゲーム中心といわれても、そもそもそれがどういうことかが分かっていなければ、仕方がないことです。みなさんはしっかりとゲームをデザインするスキルを身につけていきましょう。

 ゲームをデザインする際には、ほとんどの場合がスモールサイドゲームをデザインすることになります。線形の考え方では、テクニック別に試合を分解して別々に練習して、最後に足し合わせる方法をとるケースがほとんどですが、Game Senseによるスモールサイドゲームでは、学びたい戦術要素を基準にゲームを組むことが大多数です。例えば、サイドに展開する戦術を行うときのスキルを身につけたい、テンポを変化させる時に必要なスキルを身につけたいといった感じです。これまでに多くの人が経験してきた還元主義的な練習とはまったくコンセプトが異なるので、最初は何をやっているのか分からず戸惑うかもしれません。基本技術を教えないと応用はできないと思い込んでいる人には、Game Senseはとてもうまくなるようには思えないでしょう。しかし、これまでの人の学習に関する理論をみてきた学生の皆さんは、きっとGame Senseに興味を持ってくれると信じています。実際に世界で活躍しているコーチたちが、こちらのほうが効果が得られるといって採用しているのです。

対象のニーズに合わせて、スモールサイドゲームをデザインし、練習しているときにも必要に応じてやり方を変えていきます。ブログ記事の中でも紹介していましたがSTEPS(Space, Task, Equipment, People, Speed)を使ってゲームを修正していくことが可能です。もう一つ、Schembri(2005)が紹介しているアイデアを見てみることにしましょう。さまざまな制限を変化させていく、その名もCHANGE IT公式(それを変えろ!)です。

 

  • Coaching style(コーチングスタイル)

  • How scoring occurs or the scoring system(得点システム)

  • Area or dimensions of the play space(スペース)

  • Numbers of players(プレーヤー数)

  • Game rules(ゲームのルール)

  • Equipment(用具)

  • Inclusion by modifying activities for learning needs(学習ニーズを満たすためにアクティビティを修正することで参加を促す)

  • Time of the game or time allowed in possession(ゲームの時間)

 

 このような要素に働きかけをし、アスリートに目的をもってプレーすることを要求します。コーチがデザインしたゲームで目的をもってプレーをするうちに、必要とされるスキル(テクニックを含む)を獲得していきます。ただ単にテクニックが向上するのではなく、どのようなゲームシチュエーションで、どういうタイミングでどのようにそのテクニックを発揮するのか(スキル発揮)が向上していくため、ドリルでゲームから分断されたテクニックを磨いていったよりも、ゲームそのものがうまくなっていくのです。

 

 さあ、みなさんもGame Senseの達人になれるように、自分のスポーツに関して自分に質問し、たくさんのスモールサイドゲームをデザインする練習をしていきましょう。このコンセプトについて扱っているところは日本の中ではほとんどありません。このアドバンテージを活かして、コーチとしての力を磨いていきましょう。

​ 最後にひとつ、興味ある方へ。日体大コーチング学研究チームの一員、ラグビー界のレジェンドである小野澤さんがGame Senseを活用しているという話。

小野澤宏時の「オフ・ザ・ボール」

事後課題

指定した3つのブログ記事を含めたウェブテキストの内容についての知識確認テスト(クイズ形式)を行います。

bottom of page