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学生たちのHOPE 2025

9月25日
読了時間: 16分

更新日:9月28日

皆さん、こんにちは。先日も紹介したHOPE事業ですが、ゼミ生たちも積極的に参加し、さまざまな気づきを得ています。今回は参加した学生たちが何を感じたのかについて文章にしてもらいましたので、それを紹介します。


昨年度の事業をまとめた映像がありますので、こちらもご覧ください。ゼミ生たちが何を話しているのかが分かりやすくなるかと思います。


映像はショートバージョン(3分40秒)とフルバージョン(17分12秒)があります。


ショートバージョン👇



フルバージョン👇



スポーツがつなぐ価値と、自分の中の変化


宮坂 柊羽



「スポーツを通じて、自分に何かできることがあるのではないか。」

そんな思いから、私はHOPE事業に参加した。10月の陸上キャンプ、そして1月の水泳キャンプ。そこには、これまで知らなかった価値観や、多様な人々との出会い、そして自分自身の固定観念を揺さぶる経験があった。


「知らない」ということに気づいた事前学習

 陸上キャンプ前には、日本パラスポーツ協会/パラリンピック委員会の安岡さんを講師とした事前学習が行われ、日本大学の学生たちとグループワークを実施した。テーマは、障害に関する知識や参加国についての調査・共有である。しかし、実際に自分の知識を書き出してみると、思っていた以上に知らないことばかりだった。その瞬間、自分の理解の浅さに焦りを感じた。

 事前学習では、「impossible」を「I’mPOSSIBLE」と捉える考え方や、障害のある方々に対する無意識の偏見について学んだ。意見交換を重ねる中で、自分の中の“当たり前”が少しずつ変わっていった。特に印象に残っているのは、安岡さんの次の言葉である。


「障害を持つ人が早く走ったり、重いものを持ったりして“すごい”と感じるのは、無意識に“不可能だと思っているからだ”」


 この言葉を聞いた時、自分の中にも「障害がある=できないことが多い」という偏見が存在していたことに気づかされた。そして、「もっと知りたい」「もっと理解したい」という思いが強くなった。


国籍も障害も越えて生まれた一体感

 陸上キャンプが始まり、日本体育大学・世田谷グラウンドに到着すると、各国の選手やコーチたちが自然にコミュニケーションを取りながら準備を進めていた。トレーニングでは、国籍や障害、性別に関係なく、互いに教え合い、励まし合う姿があった。そこには、「違い」を超えて同じ目標に向かう空気が流れていた。

 ウォーミングアップでは、コーチたちが積極的に声をかけ、必要に応じて身体に触れながらサポートしていた。その姿から、一人ひとりに合わせた関わり方の重要性を実感した。

 また、トレーニング後にはゲストハウスでマラウイの選手やコーチと一緒に料理をし、食事を共にした。アグネスとタオネレが振る舞ってくれた手料理は温かく、人とのつながりを感じる時間となった。


“善意”が相手の負担になることもある

 キャンプ中、日本大学の学生との交流も深まった。中でも、ブラインドサッカーをしている園部さんとの会話は強く印象に残っている。「日常生活で“ありがた迷惑”と感じることはあるか」という問いに対し、園部さんは即座に「ある」と答えた。例えば、

  • 一人でできることまで手助けされる

  • 電車で必ず座らせようとされる

といった場面があるという。

 私はそれまで、「助けること=良いこと」だと思っていた。しかし、相手の意思を考えずに行動することは、時に負担にもなる。その事実に気づかされた。本当に大切なのは、“何をしてあげるか”ではなく、“相手を知ろうとすること”なのだと感じた。


スポーツが持つ、本質的な力

 模擬レース当日、会場は大きな盛り上がりを見せていた。異なる障害を持つ選手同士が互いを称え合いながら全力で走る姿。コーチたちが声を張り上げて支える姿。その光景を見た時、胸が熱くなり、思わず涙が出そうになった。そこには勝敗だけではない、「人を動かす力」があった。

 さらに、選手たちは「パラリンピックで金メダルを取りたい」「もっと速くなりたい」と、目を輝かせながら夢を語っていた。その姿から、“障害者スポーツ”ではなく、“アスリートとして生きる姿”を感じた。


文化の違いの中で見えたこと

 渋谷ツアーでは、ザンビアチームと行動を共にした。ツアー後、ゲストハウスに戻ると、ダニエルとガルバが笑顔で歌を歌っていた。理由を聞くと、「今日は独立記念日だから、これは国歌なんだ」と教えてくれた。日常で国歌を歌う機会がほとんどない自分にとって、その姿は新鮮だった。同時に、文化や価値観の違いを強く感じた瞬間でもあった。

 また、彼らが私の手を取り、肌の色の違いについて自然に話してくれたことも印象的だった。違いを特別視するのではなく、自然に受け入れる姿勢の中に、多様性を理解するヒントがあると感じた。

 一方で、マラウイのアグネスからは、「母国ではスポーツはリハビリのためのもの」という話も聞いた。さらに、「お金がないとスポーツができない」という現実もあり、国によってスポーツの位置づけや環境が大きく異なることを知った。スポーツをしたくてもできない人がいる。その現実は、自分にとって大きな気づきだった。


水泳キャンプで生まれた“参加者視点”

 2026年1月に行われたHOPE水泳キャンプでは、自分自身に大きな変化があった。同じゼミ生の石川と担当したセッションでは、最初は「自分たちが何をしたいか」という視点で考えていた。しかし準備を進める中で、「参加者にどうなってほしいか」を考えるようになった。そこから、セッションのアウトカムとして、「国・大学・年齢・性別に関係なく、全員がteam HOPEの一員として、前向きに活動したいと思える時間にする」という目標を設定した。

 一方で、不安もあった。下肢欠損や上肢欠損、下肢不自由など、それぞれ異なる障害を持つ参加者がいたからだ。両腕欠損のHarukaがどうすれば書けるか、どの配置なら全員が参加しやすいかなど、多くのことを考えた。

 そこで取り入れたのが、各国紹介と旗づくりだった。参加者たちは、自国のおすすめの場所や食べ物、衣装などを紹介し合い、互いを知る時間を楽しんでいた。そして旗づくりでは、好きな言葉や絵、手形や足型を残し、一つの作品を全員で完成させた。

 最初は不安ばかりだった。しかし最後には、大きな達成感があった。一つのものを、みんなで形として残す。その経験の価値を、強く実感した。


HOPE事業が教えてくれたこと

 HOPE事業は、障害、性別、国籍、言語、年齢といった違いを越え、スポーツを通じて人と人がつながる場だった。参加前の私は、「何か答えを見つけたい」と思っていた。しかし実際には、答えよりも多くの問いが生まれた。それでも、その“揺さぶられた感覚”こそが、この事業で得た最も大きな学びだったのかもしれない。この経験を通して感じたこと、考えたことを大切にしながら、これからもさまざまな視点に触れ、学び続けていきたい。



HOPEプロジェクト:障害と人間の可能性についての考察


石川 建吾



 HOPEプロジェクトに参加して、私の障害やパラアスリートに対する認識は大きく変わりました。伊藤先生からの案内がきっかけで、特別支援学校の教員免許取得を目指す私にとって、パラアスリートへの指導法やコーチングを現場で学ぶ絶好の機会だと感じ参加しました。

 参加前、正直なところ、参加国のイメージは漠然としていました。貧しい国々や、国内情勢が不安定な地域から来るアスリートがいると聞き、「そんな環境でスポーツができるのだろうか」という疑問を抱いていました。しかし、最初の事前学習で、パラリンピックの開会式か閉会式かは定かではありませんが、会場に吊るされた「Impossible(不可能)」という大きな文字に、車椅子のパラアスリートがロープを登り、アポストロフィーを加えることで「I’m possible(私はできる)」へ変える演出を見た時、強い衝撃を受けました。健常者でも難しいであろう20メートルほどの綱登りを、下半身が動かない中で上半身の力だけで登り切る姿に、私は「できない」という決めつけを自分の中に持っていたのだと痛感させられました。

 陸上プログラムでは、日大の橋口先生による心理的トレーニングの講座を受け、各国のトレーニングを視察する機会を得ました。そして水泳プログラムでは、私が企画運営を任され、参加者全員で手足の形をかたどったHOPEフラッグを作成したり、各国紹介を行ったりしました。この時、両腕を欠損したアスリートが口でペンをくわえ、自分の足の形をかたどったり、文字や絵を描いたりする姿を目の当たりにし、ただただ驚くばかりでした。さらにプールでのセッションでは、両足欠損、両腕欠損、下半身麻痺といった様々な障害を持つ選手たちが泳ぐ姿を見た時、「自分には絶対にできない」と率直に思いました。しかし、彼らが努力を重ね、様々な泳ぎ方を試行錯誤して今の技術にたどり着いたこと、そして「もっと速く泳ぎたい」「技術を向上させたい」という強い意志がとても伝わってきたのを覚えています。

 これらの経験を通して、私のパラアスリートや障がいをもつ人に対する印象は根底から覆されました。参加前には「障害があるからこれができないだろう」「暗い印象の人なのかな」といったネガティブな思い込みがありましたが、彼らは皆、驚くほど明るく、積極的に自分自身の成長を強く望んでいました。私たちが勝手に可能性を妨げてしまっていた部分があったのだと気づかされました。

 このプロジェクトで学んだことは、障害者やパラアスリートに対して「これはできないからサポートしなければならない」という一方的な視点ではなく、「彼ら自身ができることはたくさんある」という事実をしっかりと見つめることの重要性です。今後は、彼らがどこまでできるのかをきちんと見極め、できることには過度なサポートをせず、任せる。そして、必要なサポートは適切に行いながら、競技成績の向上を「支援者」としてではなく、「共に目指す仲間」として伴走していきたいと考えています。

 HOPEプロジェクトは、私にとって、障害とスポーツ、そして人間の可能性について深く考えさせられる、非常に貴重な経験となりました。



HOPEプロジェクト_「誰でも参加できる」の本当の意味に気づいた活動


三谷 友夏



 私はHOPEプロジェクトに、すでに事前学習へ参加していた学生から誘いを受けたことをきっかけに途中から参加した。当初は、明確な目的を持っていたわけではなく、「自分の経験の一つにしたい」という思いが大きかった。これまでパラスポーツや海外の方々と関わる機会が少なかったため、実際に現場で体験することで新しい学びや気づきが得られるのではないかと感じた。また、普段の大学生活では関わることのできない人たちと交流できることにも興味を持ち、参加を決めた。一方で参加するにあたり、たくさんの不安も感じていた。〈パラ〉アスリートの方はどんな方のか、怖いのか、気が強いのか、初めての海外の方との交流はうまくできるのか__これが私の持っていたイメージだった。

 まず参加した事前学習では、「誰もが参加できるようにするための工夫」という視点から活動を行っていた。例えば、車椅子に座っている男子小学生が玉入れに参加する場合、どのような工夫が必要なのかを班で話し合った。私たちの班では、「的に多く当てることを重視する」という案が出たが、それでは本来の玉入れの面白さや競技性が薄れてしまうのではないかという課題に気づいた。この経験から、「誰でも参加できる」という点だけに意識を向けすぎると、競技本来の目的や魅力が失われてしまうのではないかと感じた。そして私は、「すべてをその人に合わせて変える」のではなく、「競技の形は大きく変えずに、誰もが参加できる工夫をすること」が大切なのではないかと考えるようになっていた。

 そのような思いを持ちながら、10月18日(土)に日本体育大学世田谷キャンパスで行われたドワーフサッカーの活動に参加した。参加前は、海外の方と英語でコミュニケーションを取ることや、パラアスリートと交流する経験が少なかったこともあり、「うまく関われるだろうか」という不安や緊張を感じていた。しかし、実際に現地へ行くと、その緊張は良い意味で裏切られた。伊藤先生をはじめ、海外のパラ選手や指導者、日本でドワーフサッカーに取り組む方々、日体大でパラスポーツに関わる学生など、多くの人が集まっており、「同じ目的を持つ人がこんなにも集まるのか」と驚きを感じた。

 活動では、実際に一緒にプレーをしながら交流を行った。名前を呼び合い、パスをつなぎ、一つのプレーを共有する中で、言葉や立場を超えて自然と人と人がつながっていったことがとても印象に残っている。また、視覚障がいのある選手に対しては事前に名前を呼んで位置を伝えたりするなど、それぞれの状況に応じた配慮が自然に行われていた。さらに、陸上選手の方の圧倒的なスピードにも驚かされた。

 私はどこかでパラアスリートは「支援される側」というイメージを持っていたが、実際には高い技術や身体能力を持ち、一人のアスリートとして本気で競技に向き合っている姿があった。そして何より大きかったのは、自分自身の考え方の変化である。事前学習では「どうすればいいのか」と頭で考え続けていたが、実際の現場では「こうすればもっとやりやすい」と自然にアイデアが浮かんでくる自分がいた。この経験を通して、「誰でも参加できる」ということは、特別に誰かを主役にすることではなく、競技本来の魅力を大切にしながら、全員がその中に入れるよう工夫することなのだと実感した。また、その工夫は机上で考えるだけではなく、実際に人と関わり、同じ場を共有する中でこそ生まれるものなのだと感じた。

 今回のHOPEプロジェクトは、単にパラスポーツについて知識を得る場ではなく、国籍や障がいの有無を超えて人と人がつながる経験ができる場だったと思う。実際に一緒にプレーし、同じ時間を共有したことで、自分の中にあった固定観念や不安が少しずつ変化していった。この経験は、今後教育やスポーツに関わっていく上で、自分の考え方の土台になるものだと感じている。

 これからは、「できない人を支援する」という視点だけではなく、「どうすれば全員が同じ場で楽しめるか」という視点を大切にしていきたい。また、今後もパラスポーツの現場に積極的に関わりながら、実践を通して学びを深めていきたいと思う。そして、「全員が参加できる場とは何か」を考え続けながら、自分自身も成長していきたい。



サポートに行ったつもりが、学びをたくさんいただいた


三澤 直也



 HOPE事業を通して、パラアスリートと初めて接した。1月におこなったパラ水泳キャンプでは、私が専門とする水泳の知識や経験を活かしてコーチングのお手伝いをしようと思い参加させてもらった。

 今までは障害について考えたことがなかったし、パラリンピックをほとんど見たこともなかった。理由は興味を持ったことがなかったのもあるが、自分の中に少しネガティブな感情があったのだと思う。

 初めて選手団と会った時は「これでどうやって泳ぐんだ」が率直な感想だった。実際選手団はさまざまな経歴を持っている方々だった。バスケ選手や今まで泳いだこともなかったような選手もいた。実際に練習を共にし、泳ぎを見たり、パラ選手とコーチの関わり方を観察した。そうするうちに、今までの自分たちの「普通」は特別であったのではないかと考え始めた。また、その時に障害とは何かという素朴な疑問も覚えた。調べたら色々な定義はあるかもしれないが、自分の中では不自由や妨げでは無く一つの特徴であると思った。

 そこからは泳ぎのアドバイスをする際はその特徴を活かしたような動き、その特徴の性質を背景にアドバイスをするように心がけた。次第に選手からの信頼を得られたような感覚になれた。たくさん質問してくれたり、アドバイスを求めてくれたり。

 いままでパラアスリートにネガティブな感情があったのは認める。しかし実際に対話を行い、密に接してみると、別に障害を持っていようが健常者であろうが本質は変わらず、相手を理解しようとすることが大切と改めて学べた。パラアスリートの指導は特別であると思っていたが特別なものはなにもなく、常に選手との対話を重ねて理解しようとする。また、コーチの学び、知ろうとする姿勢を持つことは選手が誰であれ変わらない共通点だと思った。

 得体の知らない物は怖いという表現が正しいかもわからないが、『実際に知ろうとする』ことが自分の偏見や世界観を広げる方法だと学ぶことができた。また実際に選手団の方々は練習する環境がほぼないと聞いた。それでも試合に出たいや泳げるようになりたいなど目標を持ち、それを実現しにいく姿に感銘を受けた。スタート地点は違うかもしれないがやり方や方法の工夫次第で可能性は広がることを教えてもらった。

 自分が水泳のコーチとしてサポートに行ったつもりが、選手団の方々からたくさんの学びをいただいた。



あらゆる指導の根底にある「相手の視点に立つ」というアプローチ


越智 奏太



プログラム参加前の感情と参加のきっかけ

 本プログラムに参加した理由は大きく2点ある。1つ目は、障がいのある方と健常者におけるコーチング方法の違いについて学びたかったためである。2つ目は、先進国と発展途上国、あるいは紛争国におけるスポーツ医科学の環境格差の実態を知り、「今の私たちに何ができるのか」を考えたいと思ったからである。

 参加前の自身の感情を振り返ると、私自身は小学校時代から支援学級の児童や地域の特別支援学校との交流があり、障がいのある方と関わることに特別な意識や抵抗はなかった。しかし、周囲の学生からの「不気味」「怖い」といった率直な意見を耳にし、人によって障がいに対する認識やハードルに大きな差があるという事実にも気づかされた。


参加中に感じたこと

 私は、水泳キャンプにおけるキャンパスツアーのガイドとして「HOPE」事業に携わった。ツアーでは、英語での説明に加え、参加者の障がいの特性に合わせたルートを考慮する必要があり、通常の案内以上に留意すべき点が多かった。そのため、「それぞれの視点に立ち、全員が平等に楽しめること」を最優先課題として構成を練った。具体的には、エレベーターやスロープの位置確認はもちろん、車椅子に乗っている方と立っている方が同じように楽しんで見学できる場所の選定など、細部にまで気を配った。

 迎えた当日、日体大の魅力を伝えると同時に、目標としていた「平等に楽しめるツアー」を実現することができた。また、私はツアーからの合流であったため事業初日の様子は見ていないが、各国のパラアスリートたちが「こんな施設があるのか」と目を輝かせながら語り合う姿を間近で見ることができた。スポーツというフィールドでお互いの良さを知り、共に困難を乗り越える経験を通し、紛争国から来たアスリートたちの間に強い絆が芽生えているのを確信した。


参加してみて

 今回はガイドとしての関わりが主であったため、技術的なコーチング手法の全てを比較・検討するには至らなかった。しかし、ツアーの動線作りや声かけの工夫を通じて、あらゆる指導の根底にある「相手の視点に立つ」というアプローチの重要性を深く学ぶことができた。

 また、パラアスリートたちが施設の充実度に感動する姿から、国によるスポーツ環境や医・科学の格差を肌で感じた。それと同時に、たとえ特別な施設がなくとも、スポーツという共通言語があれば国境や境遇を越えて絆を深められることに気づき、「自分たちにできることの第一歩」を見出すことができた。

 今後はキャンパスツアーだけでなく、実際のコーチング現場に関わる活動にも積極的に参加し、さらに実践的な学びを深めていきたい。



 いかがだったでしょうか。ゼミでコーチングを学ぶ学生たちにとってみれば、最初は、なぜHOPE?という感覚があったのではないかと思います。私自身が多くの方から、なぜコーチング学を専門としている人が、この事業をやっているのですか?と聞かれます。私の中ではコーチングの改善していく取り組みと、HOPE事業には、これらを貫くコンセプトがあります。それをゼミ生のみんなに押しつけるつもりは全くありません。しかし、一緒に活動してくれる彼らとともに、それぞれの何かを感じたいと思っています。彼らは今年度の事業でも、本当に素晴らしい取り組みをしてくれています。活動2年目となった4年生が、今年は何を感じているのか、また、新しく加わった3年生は何を感じているのか、聞いてみたいと思います。

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