STB第13回「スキル練習メニューの開発」
- 伊藤雅充

- 2021年4月3日
- 読了時間: 8分
ここまでの授業で、効果的、効率的なスキルトレーニングの理論について学んできました。一度、その内容を振り返っておりましょう。
第01回 スポーツトレーニング論Bの導入
第02回 効果的なスキルトレーニングとは
第03回 運動学習理論の概要
第04回 練習の種類
第05回 効果的なフィードバック
第2回から第5回までは典型的な運動学習理論について学びました。人間の動作が起こる機序(様々な情報の入力→情報処理→命令の伝達→骨格筋の活動→結果の表出)と、その動作を理想に近づけていくためのフィードバック回路が主なテーマでした。様々な研究結果を踏まえれば、「学習は学習者本人が行うもの」という、ごく当たり前なことが浮かび上がってきます。筋トレでは筋に対して適切な過負荷を与えることによって筋の発達を促すように、スキルのトレーニングでは脳に代表される神経系に適切な過負荷を与えることによってスキルの発達が促されるのです。コーチが代わりに学習をすることはできません。コーチの役割はあくまでも学習者の学習を促進させる手助けをするのだということを、しっかりと理解しておいてください。この運動学習の理論も、日体大コーチング学のチームが提唱するアスリートセンタードコーチングの重要な理論的背景となっています。
この典型的な運動学習理論とともに是非皆さんに興味をもってもらいたいのが、第6回から第8回までで紹介した非線形学習理論です。特にGame Senseという方法論を第8回で紹介しましたが、コーチが環境やタスクをうまく設定することで、アスリートがその環境とタスクに呼応して自分自身のスキルを変化させていくという理論です。第3回で紹介した運動学習理論は、どちらかというとリニア(直線的、線形)なものの考え方でまとめられた理論です。フィードバック回路をみるとよく分かりますが、ある事象が起こって、それが引き金となって次の事象が起こるといった回路になっています。非線形の学習理論では、何がどのような順番で起こるのかを特に重要視していません。非線形というくらいなので、1の次は必ず2が来るというのではなく、何が先に来て何がそれに続くのかといったことはその時々の状況によって異なると考えます。足し算を学ばないとかけ算ができないと考えるのではなく、かけ算が先にできることだってあるのではないかという具合です。スポーツコーチングで言えば、パスができないと試合ができないのではなく、試合の戦術的要素をうまく残したゲームを行うことで、パススキルは自然に身についていくと考えます。リニアな考え方で練習メニューを組むと、とかく同じ事を繰り返すドリル練習になりがちです。ドリル的に、コーチが考えるパターンをアスリートに学習させると、その特定の条件の中ではある程度のテクニック発揮はできるようになりますが、それがゲーム状況のなかでスキルとして上手く発揮できないといったことに陥ってしまうかもしれません。
非線形の学習理論が、ボールゲームなどのオープンスキル系のスポーツにしか当てはまらないと考えてしまっている人がいるかもしれませんが、そうではありません。人間がどのようにして学んでいるかを説明する理論ですから、その対象が多くのボールゲームのようなオープンスキル系のものだけに限られる訳ではなく、体操競技や陸上競技、水泳といったクローズドスキル系のスポーツスキルにも同じ事が言えます。歩行時に膝を高く上げるように言わなくても、歩行ルートにミニハードルをおいておき(環境設定)、「踵は膝の真下を通るようにして、歩行路を真っ直ぐに歩いていきましょう」(タスク設定)することで、その人は、ハードルがないときよりも膝を高く上げて歩いてしまうのです。このように、コーチが環境やタスクをうまく組み合わせて、ある制限を設定することで、その制限に導かれるように動作が学ばれていくため、このような方法を制限誘導アプローチ(Constraints-led Approach)と呼んだりもします。
第06回 非線形学習理論の概要
第07回 非線形学習理論の適用
第08回 非線形学習理論の実際(Game Sense)
線形の運動学習理論も非線形の学習理論も「理論」となっています。実際に人間がどのように運動を学んでいるかの絶対的な答えは得られていません。様々な研究結果を踏まえると人間の運動学習はこのように説明できると考えるのが妥当だと考えられるといった具合に、提案された考え方のことです。皆さんは、これらの理論をしっかりと理解し、うまく自分の中で統合して、目の前のアスリートに最も適していると考えられるメニューを組むようにしましょう。そして、その結果を省察することで、次の練習メニューをもっと効果があるものに変化させるようにすることが必要です。絶対正しいという方法がよく分からないからこそ、その場の状況に最適なアプローチを選べるように多様なアプローチを学んでおくことが求められます。
2つの運動学習理論を学んだあと、第9回から第12回までの4回でバイオメカニクス的考察を行いました。内容は次の通りでした。
第09回 バイオメカニクス的考察(運動の法則)
第10回 バイオメカニクス的考察(重心・姿勢・フットワーク)
第11回 バイオメカニクス的考察(慣性モーメント・ムチ作用)
第12回 バイオメカニクス的考察(バネ的特性)
スキルを考えていくときには、身体各部をどのようにうまく動かしていくかが重要な観点であり、この世に存在するものと同じように、人間の体も物理的法則に従って運動を行います。バイオメカニクスは、その法則を活用して人間の身体運動を理解しようとする学問です。その中で、いくつかの項目について4回の授業で扱ってきました。効率的な動き、理想の動きとはどのようなものなのかを考えるときに、とても役立つものだと思います。
これらの知識を使って、これからの3時間は、皆さんに効果的なスキル練習メニューの作成や改善を行ってもらいます。まずは今回(第13回)で、これまで学んだ理論に裏付けられたスキル練習メニューを作ってみます。第14回は他の人が作ったスキル練習メニューを評価し、お互いに改善点を指摘し合います。そして、第15回(最終回)で、指摘された改善点を盛り込んだ新しい練習メニューを作成します。
第13回 スキル練習メニューの開発
第14回 スキル練習メニューの改善
第15回 スキル練習メニューのイノベーション
成績評価のための最終レポートは、最後に作成した練習メニューと、授業の振り返りとを提出してもらうことになります。これからの3コマでしっかりと活動を行っていくことがとても重要です。頑張ってやっていきましょう。
スキル練習メニューを開発しよう
これから実際にスキル練習メニューを開発してみます。皆さんが日常的にやっている練習メニューだったり、過去にやっていたメニューといった挑戦的でない練習メニューは、開発の対象となりません。皆さんがこの授業を受けたからこそ作ることができるメニューである必要があります。

課題に、上の図にあるようなメニュー作成用のパワーポイントテンプレートが添付されていますので、そこに図の例を参考にしながら、この授業で学んだ知識を使って効果的なスキル練習メニューを作成してみましょう。
学籍番号と氏名を記入しましょう
スキル練習メニュー名を付けましょう。そのとき、中身が分かるようなメニュー名にすることが大切です。最初に大まかな名前を付けておき、メニューを作成し終えたときに、最も適切な名前を付け直すとよいでしょう。
スポーツ種目には種目の名称を書きましょう。陸上競技などでは投擲、短距離走といった分類まで書きましょう。
文脈には、なぜこのメニューが必要なのかが分かるような情報を記載しておきます。対象者の情報や計画のどの段階にあるのか、どこに問題があるのかなどを記載します。
目的には、文脈のところに記載した問題の所在との関連で、何を狙ったメニューなのかが分かるように、このメニューが何を目的にしたものかが分かるような説明を記載します。
長期アウトカムには、たとえば3ヶ月でどこまで到達したいかといった、比較的長い視点での目標を記載します。時間は1年のこともあれば、1週間のこともあるでしょう。文脈と目的にあわせて長期アウトカムを設定しましょう。
一回アウトカムには、この一回で到達する目標を記載します。同じメニューをやったとしても、今日の一回と明日の一回は目指す成果が異なっているはずです。なぜならば、今日の一回でアスリートは何かを学び、明日はより高い目標設定ができるはずだからです。同じメニューを実践していても、この一回アウトカムは毎日変化するはずです。これを積み重ねていくことで、長期アウトカムが達成され、最終的には目的が達成されると考えられます。
スキル練習メニューのところには図を使ったり、文章での説明を付けたりして、実際に行うメニューを分かりやすく記載します。この例では、コートの設定の仕方、ルールなどが書かれています。そして、状況に合わせてそれらをどのように変化させるかを発展形として記載しています。皆さんがメニューを作る際には、それぞれの種目にあった記載の仕方をしてください。
コーチングポイントには、このスキル練習メニューの理論的背景についてのメモや、観察すべきポイント、投げかける質問の例、思い通りにいかなかったときの修正計画などを記載しておきます。この授業で扱った内容のどれと関連して作られたメニューなのかは必ず記載してください。
第13回の授業では、まずはメニューを作成させることを行います。時間に余裕があれば他の受講者と作成したメニューを見せ合って、意見交換をして、さらに効果的なメニューへと改善していきます。第14回では受講者が集まって、ブレイクアウトルームでメニューを見せ合って議論することになります。
