STB第5回「効果的なフィードバック」
- 伊藤雅充

- 2021年4月11日
- 読了時間: 11分
第5回目の授業のテーマは「効果的なフィードバック」です。今回の授業を通して、コーチとしてどのような関わり方をしていけば、アスリートの学習を促進させることができるのかを学んでいきましょう。
コーチの存在意義は?
運動学習理論を学んだ時、アスリート自身の中で適切なフィードバックを行うことがスキル向上に不可欠な要素であることを述べました。運動を実施するのはアスリートであり、アスリート自身が自らの意志でどのように体を動かしていくかが問われるスポーツにおいて、スキル向上に関する最も重要な観点はアスリート自身が主体的に自分をコーチングしていくことにあることは想像に難くありません。
そのことを大前提におきつつ、コーチの果たすべき役割を考えていくことが重要です。アスリートが自分の力でできることがたくさんあります。自分でできるところをコーチが良かれと思って手伝うことで、一人でやる能力を奪い取っているなどということも十分考えられます。とは言うものの、自分の修正すべき点が自分ではよく変わらない場合があるのも事実です。コーチが、アスリートとは違った視点を提供したり、アスリートと同意することを教えてあげたりすることとで、アスリート一人だけで頑張っているよりも、より高い効果をあげることが期待できます。このようにアスリートが一人ではたどり着けないものの、より知識ある他者(More Knowledgeable Other:MKO)に関わってもらうことで、一人では行き着けない領域(発達の最近接領域Zone of Proximal Development:ZPD)に到達することが可能になります。MKOはうまく足場を用意してあげる(Scaffolding)ことが重要になってきます。
ここでいう、アスリートがZPDを経験し、その領域へ到達することを支援するMKOがコーチということになります。アスリートをコントロールするのではなく、あくまでもアスリートが一人では行き着けないときに、触媒的に働くことで、アスリート本人の力を引き出していくような関わり方が求められるのです。

再度、ここで運動学習理論のフィードバック回路を思い出しましょう。アスリート自身がフィードバック回路を回していくのに必要な情報をコーチが提供することは重要です。ゴルフのアプローチショットの結果がどうなったかをプレーヤー本人が分からない状態では、自分が打ったショットをどのように改善していけばよいのかが分かりません。このような場合には、コーチが観察した結果をアスリートにフィードバックすることが功を奏することが多いでしょう。
野球のバッティングやテニスのストロークでフォームを指摘するといった場合もあります。アスリートが自分ではやっている「つもり」になっている場合に、実際はどうなっているのかを伝えて認識の修正をすることが必要なこともあります。ただ、アスリート本人が「自分はできている」と思っているところへ、「あなたは間違っている」とだけ伝えるだけでは、アスリートが快く思わないこともあるでしょう。コーチは、アスリート本人が自分はできているという感覚を持っているという事実を認めなくてはなりません。本人の感覚では「できている」ので、何をどのように修正してよいかも分かりませんし、そもそも、修正の必要性を感じていないかもしれません。このような場合には、修正箇所の指摘をする前に、修正する必要があるということをアスリート本人が思うようなアプローチが必要になります。アスリート本人が話を聞こうとする良好なコーチ・アスリート関係を築いていることが重要ですし、そのためには感情知性や文化的知性(コーチング学第5回を参照)に裏付けられた高いコミュニケーションスキル、あるいは対他者の知識が求められます。まずはアスリートが持っている感覚を受け入れ、それをもとにどのように修正していく必要があるかを一緒に考えていくことが求められます。
ビデオを活用するのも有効でしょう。コーチが何も言わなくても、そのフォームをビデオに撮影し、それをアスリートに渡すだけで、アスリートが適切に自己評価をし、自分のフォームの改善をしていけるかもしれません。ひとつ面白い研究を紹介しましょう。Millarら(2017)はボート競技における艇の実際の加速減速データを測定し、コーチとアスリートのどちらが実際のパフォーマンスを正確に認識しているかを確かめました。すると、ボートが最も速く、あるいは遅く移動しているときにはコーチとアスリートの意見は一致するものの、それよりも少々遅い、あるいは少々速く移動しているときの意見は一致しなかったそうです。興味深いのはどちらの意見が正しかったかですが、基本的にはアスリートのほうがコーチよりも正確にパフォーマンスを認識していたそうです。コーチの意見に頼ってばかりいては、間違ったトレーニングを行ってしまうかもしれません。コーチは、実際の感覚をアスリートに問うことが必要でしょうし、アスリートも自分の感覚を研ぎ澄ませ、自分の意見としてコーチに伝えていくことが必要です。最近では、様々なセンサーや映像を用いて、実際のパフォーマンスを客観的に評価していくことが行われており、より正確なフィードバックが行えるようになってきていますので、皆さんも様々なツールを活用することを検討してみましょう。
アスリートの主体的な取り組みを支援するフィードバックが求められるということを基盤としてしっかりと理解しておき、このあと、フィードバック行動の種類や提供の仕方について学んでいくことにしましょう。
フィードバックの与え方
フィードバックの種類をみてみましょう。これから紹介する分類は、学校体育現場で体育教師が用いているもの(深見ら、1997)で、具体的な言葉や行動はその文脈に特異的かもしれませんが、フィードバックの種類については、対象が子どもであれ大人であれ、同様であると考えられます(表1および表2)。この深見ら(1997)の研究論文の最後に、教師が子どもの学習に有効なフィードバックを与えるための指標として、
技能的学習に対して「肯定的・矯正的フィードバック」を積極的に与えることと、それに関わって具体的な言語内容を与えること、
子どもに確実に伝達されるような位置、タイミング、言葉でフィードバックを与えること、
肯定的フィードバックを与える際には、感情を込めて(共感的に)かかわること、
具体的フィードバックを与える際には、子どもの印象に残るような吟味された言葉を適用すること
が挙げられています。この研究で着目しなかった「意図(評価的、叙述的、処方的、質問的)」や「タイミング(同時に、直後に、遅れて)」も重要な要素であると考えられると同時に、フィードバックの「言語内容の適切さ」も考慮していく必要があると述べられています。
表1 フィードバック行動の観察カテゴリーの定義と行動例
表2 「表現のしかた」の観察カテゴリーの定義と行動例
深見らが述べていた項目について、子どもをアスリートに表現を変えて、もう少し詳しく考えてみましょう。まず、
技能的学習に対して「肯定的・矯正的フィードバック」を積極的に与えることと、それに関わって具体的な言語内容を与えること
についてです。否定的なフィードバックを受けてきたという人が多いのではないかと想像します。これができていない、あれがダメだ、それをやったらダメだといった声かけを受けてきた人は少なくないでしょう。コーチからすると、理想と比較してできていないことがまず目に付くのかもしれません。しかし、目の前の動作にはうまくできているところ、以前よりも良くなっているところは必ずあるはずです。ミスしたことは、多くの場合、アスリート本人も気付いています。自分でもうまくいかなくて嫌な気持ちになっているところに、コーチから嫌な気持ちを増幅するネガティブな声かけがあれば、前向きに頑張ろうという気持ちよりも、またダメだったという気持ちになってしまっても不思議ではありません。フィードバックの目的は、次に改善されたパフォーマンスを発揮することであって、過去のミスを悔やむことではありません。ミスをしたことよりも、「次にどうするか」を常に意識することのほうがよっぽど重要です。ミスをしたことをアスリートが自分で気付いているのであれば、いちいちそれを指摘しなくてもよく、どうすればもっと上手くいくのかに意識を向けた声かけをしていく必要があります。それが矯正的フィードバックです。ミスから学び、次のパフォーマンスをよりよくしていくためのフィードバックを心がけましょう。何度も繰り返しますが、学習の主体であるアスリートが自分で修正するのに必要な情報だけを提供することを忘れないようにしましょう。
次に、
アスリートに確実に伝達されるような位置、タイミング、言葉でフィードバックを与えること
について考えてみます。フィードバックを提供するタイミングいかんで、その効果は大きく変わってきます。既に述べてきたように、アスリート本人が自身の中でフィードバック回路を回しているタイミングでコーチがフィードバックの声かけをすると、アスリートの学習を邪魔してしまうかもしれません。「黙っている」こともコーチとして身につけるべきスキルです。アスリートが何かのトライをするたびに、コーチが声かけをしなくてはならない訳でもありません。観察のスキルとも関わってきますが、ある一回だけの動きを観て、その時だけ偶然現れたことをコメントするよりも、何度かの動きを観察し、傾向をしっかりと確かめて、何について、どのような言葉を使って、どのようなタイミングで、どのようにフィードバックを与えることが好ましいのかの戦略を練ってからフィードバックを提供することのほうが効果的です。複数回の観察をしようとすれば、その間、「黙っている」ことにもつながり、アスリートが自分で考えて修正していく時間を確保することもできます。
何かを指摘することだけがフィードバックではありません。場合によっては良い質問をすることで、アスリート本人が主体的に考え解決策を思いつくことにつながることがあります。アスリートのプレーを観察しているとき、コーチは「彼女はこれをやっているときにどのような感覚でやっているんだろう?」と、その人の立場にたって考えてみましょう。そして、「さっき、こんな感じに動いていたように見えたんだけど、その時って体幹の辺りにはどのような感覚があるの?」といった質問を投げかけることで、アスリートは今までに意識したことがなかったことに意識が向き、それが次の試行の良いきっかけになるかもしれません。このようなコーチ行動は「共感」に支えられており、次の項目でも触れられています。
肯定的フィードバックを与える際には、感情を込めて(共感的に)かかわること
最後の項目は、
具体的フィードバックを与える際には、アスリートの印象に残るような吟味された言葉を適用すること
です。「具体的」というのはフィードバックにおいてとても重要なキーワードです。たとえば、「頑張れ」といった抽象的な声かけでは、具体的にどのような行動を次にとっていってよいのか迷ってしまいます。できていたことを褒める場合にも、できるだけ具体的な表現を使うことが好ましいといえます。「今の良かったよ」という言葉はコーチング現場でよく聞きますが、実際に「何が」良かったのかは伝わってきません。もちろん、その試行の前に「次は○○を△△するように意識してみよう」という働きかけがあった後の「今の良かったよ」という声が出たとすれば、具体的に何が良かったのかは想像できますから、特に具体的な表現にする必要はないかもしれません。重要なポイントは、何が具体的に良かったのか、具体的に次に何を意識すればよいのかというコーチとアスリートの共通認識が持てるような表現を常日頃から意識しておくことです。
学習を促す、前向きで具体的なフィードバックを
コーチングは混沌の中で行う構造化された即興であると言われています。どのようなコーチングが適切なのかは、そのコーチングが行われる文脈の中で決まってくるものであり、フィードバックについても、その時の文脈によって効果的なやり方が異なってきます。どのような場合にも絶対うまくいくフィードバックは存在しないのかもしれません。ただ、これまで説明してきたことをまとめると、いくつかの共通するキーワードが得られます。
学習
前向き
具体的
の3つを頭に入れておいて下さい。中でも「学習」はその他2つを包含してしまうくらいに大きな概念です。学習者であるアスリートが効率的、効果的に学習が行えるような支援(フィードバック)が求められるわけですが、それは未来志向の前向きなフィードバックであり、共通認識を作りやすく、アクションプランに結びつきやすい具体的なフィードバックを行うことであるとも言えます。これらを実現させる方法は一つだけではありません。様々なやり方があり得ます。自分が行ったフィードバックがこれらの要素をどの程度満たしていたかをチェックしながら、フィードバックスキルを向上させていきましょう。
