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コーチの「専門的知識」とは

 修士課程2年生の玉田です。今回から何回かに分けて「コーチの知識」についてギルバートとコティによって執筆された文献(2013)を参考にコーチの知識について解説を試みたいと思います。


 本題に入る前に、少し自己紹介をさせてください。私は小学校1年生から剣道を始め、今年で19年目になります。現在は五段を取得するために日々稽古に励みながら、大学のアシスタントコーチとして学生の指導をしています。修士論文は「日本一を経験した高校剣道指導者はアスリートに4C'sを育もうとしていた」というテーマで、海外のコーチング理論が日本固有の文化で発展してきた剣道指導の文脈でも行われているのかという研究を行いました。初めての研究でしたが、たくさんの学びがあり、楽しむことができました。


 この記事のもとになった文献は

Defining Coaching Effectiveness, A focus on coaches’ knowledge, Gilbert, W. & Côté J. In: Routledge handbook of sports coaching, eds by Potrac, Gilbert and Denison. pp.147-159. 2013.

です。 (写真左がコティ、右がギルバート)


 コティとギルバート(2009)はコーチングの有効性(coaching effectiveness)について、コーチの知識、アスリートの結果、文脈(コンテクスト)に焦点をあててまとめています。その定義は、


それぞれのコーチング文脈において、アスリートの有能性、自信、関係性、人間性の向上を目指して、統合的な専門的知識(専門的知識)、人間関係に関する知識(対他者の知識)、個人内の知識(対自己の知識)を一貫して用いていくこと


とされています。2009年にコティとギルバートが効果的なコーチングについてまとめてから、「アスリートの結果」や「文脈」に関する文献は執筆されましたが、「知識」に関する文献が乏しかったことから、彼らがこの章でまとめてみたということです。

 3つの知識の中で、そのスポーツの特有のスキルを教える能力(専門的知識:professional knowledge; Jones 2007)が重要視されていますが、関係性を作ったり維持したりする能力(人間関係に関する知識:interpersonal knowledge; Becker 2009; Jowett 2007 )や自分の実践から学ぶ能力(intrapersonal knowledge; Gilbert and Trudel 2001)も必要です。 今回はこの中から、専門的知識だけを取り出してまとめてみたいと思います。対他者の知識と対自己の知識については別の回で紹介します。


コーチの専門的知識

 私自身、剣道の指導に携わるようになって2年目の新米コーチです。19年間の剣道人生の中で様々な人に出会いました。持っている知識をうまく伝えられる優秀な指導者もたくさんいますが、知識を持っているのにうまく伝えられないという悩みを抱えている指導者の方もいると思います。実は、私もその一人です。自分の経験上ですが、うまく伝えられる指導者のほうがアスリートの支持を得ているような気がします。そして、頭では分かっていても実際に行うとなるとなかなか上手くいかないという人もかなりいるように思います。 このあたりのことを文献では次のように説明しています。


 エイブラハムら(2006)はコーチの優れた知識には、スポーツ科学に関する知識、スポーツの専門的知識、教授学的知識があり、それらは手続きに関する知識に伴われていると述べている。これらの知識は「専門的知識」というカテゴリーでくくることができ、宣言的知識(declarative knowledge)と手続的知識(procedural knowledge)から構成される。宣言的知識はwhat、手続的知識はHowであるともいえる。


 宣言的知識は「○○は××である」というような言い切ることができるもので、手続的知識は言葉で説明できるかどうかは関係なく、実際に何かを行うことができるというものです。宣言的知識はスポーツによっての違いが大きく、ここで扱うことは難しいため、スポーツが違っても共通な部分が多い手続的知識について述べていくことにします。なかでもコーチングスキルとコーチの意思決定を取り上げることにします。


コーチングスキル

 まず、コーチングスキルについて、ギルバートとコティがどのように記述しているかを見てみましょう。


コーチングスキルという観点から手続的知識を調べる研究は、シェンプらのグループによってリードされてきた。20年近い、主にゴルフインストラクターを対象とした研究から、エキスパートと初心者コーチを分ける9つのコーチングスキルが導き出された。その9つとは、計画すること(planning)、予測(prediction)、直感的意志決定(intuitive decision making)、コミュニケーション(communication)、自動性(automaticity)、観察的分析(observational analysis)、課題解決(problem solving)、セルフモニタリング(self-monitoring)、知覚(perception)であり、スキルの観点からこれら9つがスポーツコーチングの手続的知識を構成しているといえる。ただ、この領域に関する研究はまだ少なく、さらに検討が必要となるだろう。この9つのスキルを貫徹する共通テーマが効果的な意志決定(effective decision making)であり、シェンプらはこのことを戦略的知識(strategic knowledge)と呼んでいる。


「コーチングスキル」という観点から手続的知識を調べる研究はまだまだ少ないようですね。エキスパートと初心者コーチを分けるコーチングスキルというのは非常に興味深い内容です。私自身、それぞれがまだまだだなと感じる一方、自分の周りにいるコーチングスキルが高いなと思っている指導者を思い起こしてみると、確かにこの9つともそれらの指導者には備わっているなと感じます。皆さん自身や、皆さんの身の回りにいる指導者はどうでしょうか。この9つの観点を使って自分のコーチングスキルを振り返ってみると面白いと思います。


コーチの意思決定

 「コーチングスキル」の研究が少ない一方、「コーチの意思決定」の観点からの研究はそれなりにあるようです。1990年代に発表された意思決定に関する最初の2つの論文が本書の中でも紹介されていました。その2つとは、デュークとコーレット(1992)によるバスケットボールコーチの試合中のタイムアウト要求に関するものと、ジョーンズら(1995)による練習計画の意志決定についての研究です。この二つの研究について以下のように説明されています。


 ジョーンズらの研究は実験室的な設定でコーチの意志決定を調べたのに対して、デュークとコーレットは実際の試合での意志決定を調べている。ジョーンズらの研究は判断/意志決定(Judgment/Decision Making: J/DM)アプローチであり、デュークとコーレットは自然主義的意志決定(Naturalistic Decision Making: NDM)アプローチと考えられる。これら初期の研究以降、NDMアプローチがコーチの意志決定を調べる中心的なアプローチとなっている。

 手続的知識はコーチが状況を理解し( ‘make sense’ of a situation)、反応を策定する(決定する)能力によっているというのがNDMの中心的な考え方である。これらの決定は、その状況をどう読み取ったかだけではなく、コーチの経験やアスリートをどう捉えているかなどによって影響を受ける。コーチの意志決定に関する研究では、宣言的知識のことをoperating modesといったり、adjustment routinesと呼んでいるものもある。どのような用語を用いていても、NDMの観点が妥当であることを示していると考えられる。


つまり、「優秀なコーチには状況を適切に理解し、適切に決定する能力がある」ということだと私は受け取りました。「どう読み取ったかだけでなく、コーチの経験やアスリートをどう捉えているのかによって影響を受ける」とあります。普段の練習などからしっかりアスリートを観察したり、コミュニケーションをとっておかないと、そのアスリートが実際どのような人間なのか、どう感じているのかというのは把握できないと思います。トップダウンや放任主義スタイルのコーチングでは、アスリートとしっかりコミュニケーションをとれない可能性が高く、効果的な意思決定となっているかどうかに疑問がつきまとうといえます。ただ、「放任」の場合には観察や意思決定さえもしていない可能性があるのですが。このような背景を基盤にすれば、アスリートセンタードなコーチングを実践しようとすることで、効果的な意思決定がしやすくなると考えられます。


手続的知識を習得するために

 コーチの知識に関するこの解説も、いわゆる宣言的知識です。問題は宣言的知識で終わらせることなく、実際に使うスキルである手続的知識として身につけられるようにしていく必要があります。コーチはどのようにして、手続的知識を身につけていくことができるのでしょうか。この文献の中では次のように述べられています。

 このような研究を進めていくことで、コーチに必要な能力が明確になり、公式コーチ教育システムにそれらの能力を開発するような機会を組み込んでいくことが可能になる。これを実現させるのに、コーチングに関わる研究で多く提案されているのが、「状況学習(situated learning)」である。問題に基づく学習(problem-based learning: Jones and Turner 2006)、実践コミュニティー(communities of practice: Culver and Trudel 2008)、学習コミュニティー(learning communities: Gilbert et al. 2009)などが状況学習の例としてあげられる。


 状況を理解し、意志決定する能力をつけるためには、やはり状況学習が効果的であるようです。コーチングで実際に起きる状況を想定して練習していく状況学習は、アスリートが試合を想定して練習していくのと同じであると思います。コーチの役割はアスリートをコーチングすることですが、優秀なコーチになるには、まず自分自身をコーチングして必要な知識をつけていかなければいけないと思います。

 先日,伊藤先生が書いた記事にけん玉コーチングの授業の動画がありました。私はけん玉は苦手ですが、大学院の授業で何度かけん玉コーチングを行いました。苦手なことを教えるという状況に似た状況が実際のコーチングにも多々現れます。たとえば、トップアスリートをコーチングする際には、コーチ自身にできないことをコーチングしなければならない状況があるかもしれません。世界トップレベルでしのぎを削っているハイパフォーマンススポーツの場合などはまさにその例ですし、学校運動部活動で経験したことのないスポーツを指導する場合なども当てはまります。実際に現れるであろう場面に即した練習が、心理的に安全な(ミスを恐れなくて済む)状況でできればとても効果的だと思います。手続的知識を習得できるような状況学習ができるコミュニティーがもっとあれば世の中のコーチたちのコーチングスキルが向上していくくのではないかと思います。(玉田理沙子)■

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