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ハイパフォーマンスコーチングの高度なワザを磨く(2)

更新日:2020年3月1日

 前回に引き続き「実践と勉強を通してハイパフォーマンスコーチングの高度なワザを磨く(Developing High Performance coaching craft through work and study, by Mallett, Rynne, and Dickens, In: Routledge Handbook of Sports Coaching」の紹介です。前回はイントロとハイパフォーマンスコーチの仕事についての解説がありました。今回は徐々にハイパフォーマンスコーチがどのようにコーチング能力を向上させていくのかという内容に入っていきます。

 

ハイパフォーマンスコーチは成長のための情報をどこから得ているのか

 国際的なレベルでは、国のスポーツシステムが成功するかどうかがハイパフォーマンスコーチの果たす役割にかかっている、ということが一致した見解であり、ハイパフォーマンスコーチの成長をサポートすることが喫緊の課題であるといえる。しかしながら、コーチがどのようにスキルや能力を伸ばし、複雑な仕事を実行するのかは歴史的にもあまり注目されてこなかった。

 多くの西洋の国々では、フォーマルなコーチ資格(認定)コースがコーチ教育の最大の形式である。ハイパフォーマンススポーツコーチング領域を対象とした研究では、これらの教育コースはハイパフォーマンススポーツコーチが知る必要があることを学び取るには不十分なものであるとされてきた(例:Dickson 2001; Lynch & Mallett 2006)。これまで、国のコーチ資格制度が良い成果を上げてきているにも関わらず、ハイパフォーマンスコーチは、彼らの方法で実践力を向上させ、これからも向上させ続けるであろうことは明らかである。

 徐々にではあるが、ハイパフォーマンスコーチングが正当な職であるとの認識がされてきており、彼らに対する教育やトレーニングは進歩してきている(Bales 2006)。しかしながら、専門職としてのコーチングは比較的未熟な時期にあるとみられるべきだろう。研究も始まったばかりで、特にハイパフォーマンスコーチングに焦点をあてた実証的研究は限られている。職業的なくくりとしてのコーチはそれぞれの方法でワザを磨いているようである(Mallett et al. 2007)。 ハイパフォーマンスコーチが偶発的なアプローチによってコーチングのワザを磨いているのは、コーチ教育/資格プログラムの効果に疑問が残ること(Dickson 2001; Trudel & Gilbert 2006)、雇用機会不足、コーチ間の限られた情報共有(Mallett et al. 2007)、成長のパスウェイやキャリア発展がほとんど確立されていないことによるのかもしれない(Gilbert & Trudel 1999)。さらに、コーチが成長するための最適な方法に関しては一致した見解が少なく、自分のワザを磨くことは自身の責任として行っていく必要がある。コーチング科学を扱う学者やコーチ教育・資格(認定)に責任を負う者にとって興味があるのは、他の職業領域では一般に行われているすでに確立された方法ではないやり方でコーチ達がどのようにしてワザを磨いており、それらの知識をどのように系統立ったかたちでコーチ育成プロセスに役立てていけるのかということだ。

 最近行われたいくつかの研究で、「成功した」もしくは「ハイパフォーマンスの」コーチがコーチングのワザを発達させるのにどのような経験をしていたのかが考察されている(例:Abraham et al. 2006; Gilbert et al. 2006; Irwin et al. 2004; Lynch & Mallett 2006)。これらの研究のいくつか(Gilbert et al. 2006; Lynch & Mallett 2006)で行われている分析と考察は、一般的に、現在のハイパフォーマンスコーチがたどった「パスウェイ(道筋)」に関する理解を深めるためのものであった。これらの回顧的な説明は確かに価値があるものの、それらが「最善の実践」や「最適なパスウェイ」の説明であるかは分からない。それらは単に過去に行われたことの描写なのだ。同様に、それらはその領域での経験がどのようなものであったかを量をもって表して(例:コーチが費やした時間数)おり、効果的なコーチング実践をどのように学び取っていったのかという議論は得られていない。それらの経験の質を考えるには、公式であれ、公式外、非公式学習であれ、経験の量の議論を超えていく必要がある(Mallett et al. 2011)。この流れでハイパフォーマンスコーチの成長を考える時、コーチはコーチングをしているだけでは十分ではなく、成長する(最低でも成長しそうになる)ための何か別の条件が必要になる。


コーチングの仕事の中と仕事を通しての学び: 個人(コーチ)と社会(仕事場)

 最近の文献では、コーチングの仕事の中での学びと、コーチングの仕事を通しての学びがコーチの学びの主なものであるとされている(Cushion et al. 2003; Erickson et al. 2008; Irwin et al. 2004; Rynne et al. 2010 参照)。この学びを考える際、Billett(2004)のような仕事場理論家は、学びを毎日の思考と行動の結果として見るべきで、我々が人生を通して出会う物事の意味を理解することであるという。さらに、仕事場での学び理論の重要な点は、社会からの影響や個人の行為主体性が単独で学びを促進したり仕事を構成する文化的な実践を再構築していくのではないということだ(Billett et al. 2005)。

 「仕事場」としてハイパフォーマンスコーチが働く場所を概念化すると、コーチは他人(例えばアスリート) や人以外のこと(例えば、予算書類や年間報告書)との関わりを通して学んでいる(もしくは少なくとも学ぶ可能性がある)。基本的なこととして、ハイパフォーマンスコーチが責任を負い、アクセスできる仕事の種類によって、何が学べ、何を学べないのかが決まってくる。新奇的で多様なタスクにアクセス可能な者は、同じタスクを繰り返し行うだけの、責任を制限された者が経験できない方法で学ぶ機会を得ることができる。AIA のコーチ達(訳者注:オーストラリアの国立、州立スポーツ研究所に籍をおく各代表コーチのこと)が他の者との相互作用を通して成長するという観点では、管理やマネジメントスタッフ、専門職助手、現役アスリート、元アスリート、同じスポーツのコーチ、別のスポーツのコーチらはすべて価値があると報告している(例: Mallett et al. 2010; Rynne et al. 2010)。AIA のコーチはこれらの「影響する人々」と様々な方法で関わっている。これら大抵が浅い職業上の関係はメンバーシップという意味では動的であり、動的社会的ネットワークと表現できるだろう(Mallett 2010; Mallett et al. 2007; Occhino et al. in press 参照)。これは実践コミュニティや他のネットワークとは対照的である(Allee 2000; Culver and Trudel 2006; Lave and Wenger 1991; Nichani and Hung 2002 参照)。しかし、全てのコーチが人やリソースに同等のアクセスができるわけではないことも考えておくべきである。

 仕事場を学びの環境として理解するのに、状況的な要素だけを考慮するのでは不十分である(Billet 2004)。仕事場の価値をどう認知するかは個人によって異なる。多くの場合、AIA コーチがどのように能力を伸ばすかは、多くのあり得る障壁を乗り越える個の行為主体性の強さ次第である。本質的に競争的なエリートスポーツの文脈では、これらのコーチが大きな価値を見いだす情報源(例:他のコーチから学ぶ)にアクセスすることが非常に困難であることが多い。相互作用は普通あまり盛んではなく、コーチ達がハイパフォーマンスレベルで必要とする生成的関係性は構築するのに何年もかかる(Mallett et al. 2007)。そのため、これらの相互作用を促進できるかどうかは、それぞれのコーチがどの程度頑固であるかオープンであるか次第である。一般的法則として、コーチングや雇用の立場でコーチが安心でき心地よいほど、行為主体性は強くなるようである。個人の仕事場に対する認知が学びに影響を与えることを踏まえると、コーチが怯えたり安全に感じない中(例えばチームやプログラムがうまくいっていない)で最も消極的になることは驚くことではない。これはコーチ達が脅かされたり安全を感じないような場所にいる時には、学びに関する支援が最も必要とされることを示しているだろう。


 

 ハイパフォーマンスコーチは、それぞれ自分の立場を守ることを考え(意識的であれ、無意識的であれ)、なかなか他のコーチとの情報交換をしたがらないかもしれません。しかし、自分が他のコーチとの貴重な情報交換を渋っていると、逆に自分の能力を伸ばすことができず、結局その立場を失うということに繋がるかもしれません。コーチングの研修会でも、同じ種目の人達が集まった研修会は、なんとなくお互いに牽制し合っていて、自由な議論がしにくい雰囲気を感じることがあります。競技者時代の上下関係や、コーチとしての競技成績などから、学びを阻害する環境が出来てしまっているのかもしれません。一方、他種目のコーチらが集まった研修では、比較的そのようなことは起こりにくいと感じています。参加しているコーチたちは、他種目のコーチらに自分の脆弱さをさらけだしたりできるのです。記事の最後に書いてあった心理的「安全」がとても重要になります。これはコーチの学びを支援するコーチデベロッパーにとっても非常に重要な知見です。また、ハイパフォーマンスディレクターと言われる、ハイパフォーマンスコーチの上司に当たるような立場の人も気にとめておく必要があることだと思います。学び志向の組織や社会をどう作っていくかが課題であるといえます。(伊藤雅充)■

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