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コーチングの What・How・Why

“How to coach” にもう少し目を向ける



こんにちは。伊藤です。

このゴールデンウィーク期間中、スイス・ローザンヌで開催された ASOIF Sport Development and Education Commission(ASDEC)Workshop に参加しました。ASOIFは、Association of Summer Olympic International Federations(夏季オリンピック国際競技連盟連合) の略称です。ASDECはその中で、スポーツ開発と教育を扱う委員会です。

今回のワークショップには、30の国際競技連盟から60名以上が参加し、コーチ教育、審判育成、国内競技団体支援、AIの活用、スポーツ開発プログラムの展開など、スポーツ開発と教育に関わる幅広いテーマについて議論が行われました。


私の役割は、その中で、コーチ教育/育成、コーチデベロッパー養成、そしてコーチデベロッパーの活動について、これまでの経験を踏まえて話題提供を行うことでした。今回は、そこで私が話した内容を少し紹介したいと思います。


今回の話題提供の中心に置いたのは、コーチングにおける “What to coach” と “How to coach” という整理です。



“What to coach” とは、コーチが「何を教えるのか」ということです。技術、戦術、トレーニング理論、スポーツ医学、パフォーマンス分析などがここに含まれます。図の左側に示したように、これは「競技やアスリートのパフォーマンスに関する知識」と言うことができます。


一方、“How to coach” とは、それらの知識を実際の現場で「どのように扱うのか」ということです。選手とどのようにコミュニケーションをとるのか。どのような関係性を築くのか。どのような学習環境をつくるのか。選手の成長をどのように支援するのか。さらに、コーチ自身がどのような振る舞いや態度で選手と向き合うのか。こうしたことが “How to coach” に含まれます。


私はもともとバイオメカニクスを専門としており、自身の専門種目であったバレーボール日本代表チームのパフォーマンス分析にも長く関わってきました。その意味では、キャリアの初期には “What to coach” にかなり近いところで仕事をしてきたと思います。スポーツ科学の知見を活用して、アスリートの動きやパフォーマンス、またはゲーム分析を通してチームパフォーマンスを理解し、競技力向上に貢献することが、自分自身の重要な役割でした。


もちろん、今でも “What to coach” は極めて重要だと考えています。技術や戦術、トレーニング科学の知識なしに、良いコーチングを行うことは極めて困難です。スポーツ科学の発展によって、私たちはアスリートの身体、動き、コンディション、パフォーマンスについて、多くのことを理解できるようになってきました。


しかし、コーチ育成に関わるようになってから、次第に別の課題を強く意識するようになりました。それは、私たちはアスリートについては多くの知識を蓄積してきた一方で、コーチ自身については、まだ十分に理解してきたとは言えないのではないか、ということです。


コーチはどのように学ぶのか。コーチはどのように自分の実践を変えていくのか。どのような対話や関係性が、コーチの学習を促進するのか。どのような環境が、コーチの行動変容を支えるのか。


こうした問いは、単なる技術論やトレーニング論だけでは扱いきれません。ここに、“How to coach” を学術的にも実践的にも深めていく必要があります。


会議では、この点を説明するために、次のような表現を使いました。

Sport science tells us about athletes. We also need science about coaches.


スポーツ科学は、アスリートについて多くのことを教えてくれます。しかし同時に、私たちはコーチについての科学、あるいはコーチングについての知を、もっと深めていく必要があるのではないか、ということです。


多くのコーチ教育プログラムでは、“What to coach” は比較的よく整備されています。何を教えるべきか。どのような技術を身につけるべきか。どのようなトレーニングを行うべきか。こうした内容については、教材も講習会も数多く存在します。


一方で、“How to coach” は、経験則や個人の資質に委ねられてきた面があります。「良い指導者の背中を見て学ぶ」「現場経験を積む中で身につける」「コミュニケーション能力はその人の性格による」といった形で、体系的な学習対象として扱われにくかった部分がありました。


しかし、実際の現場では、“How to coach” が大きな意味を持ちます。同じ技術を教える場合でも、コーチの関わり方によって、選手の受け止め方は変わります。同じトレーニングを行う場合でも、選手が納得して取り組むのか、ただ従っているだけなのかによって、学習の質は変わります。同じフィードバックでも、それが選手の主体的な気づきにつながる場合もあれば、依存や萎縮につながる場合もあります。


つまり、“What to coach” が適切でも、“How to coach” が十分でなければ、その知識はうまく機能しないことがあります。


そこで私は、この記事の最初に示した、馬車のイメージ図を用いてこのことを説明しました。“What to coach” と “How to coach” は、馬車の二つの車輪のようなものです。片方だけでは、安定して前に進むことはできません。技術や知識だけでも十分ではありませんし、関わり方だけでも十分ではありません。両方が必要です。


そして、その馬車をどこへ向かわせるのかを決めるのが、“Why coach” です。“Why coach” とは、なぜコーチをするのか、スポーツを通して何を大切にしたいのか、どのような成長を支えたいのか、という価値や目的に関わる問いです。図で言えば、二つの車輪を支えながら進む方向を決める「御者」のような存在です。この “Why” が曖昧なままだと、“How to coach” は単なる方法論やテクニックになってしまいます。反対に、“Why” が明確であれば、コーチのコミュニケーション、フィードバック、学習環境づくり、選手との距離感などにも一貫性が生まれます。


今回の会議では、国際競技団体の関係者からも、“How to coach” をどのように育成するのかという課題が共有されました。講習会で知識は伝えられる。しかし、それが現場での行動変容に必ずしもつながらない。コーチが研修を受けても、現場に戻ると以前のやり方に戻ってしまう。これは日本だけでなく、世界中のコーチ育成に共通する課題だと感じました。

だからこそ、近年は Coach Developer、つまりコーチデベロッパーの役割が重要になっています。


コーチデベロッパーは、単に知識を伝える人ではありません。コーチが自分の実践を振り返り、課題を見つけ、試行錯誤し、また現場に戻って改善していく。その学習過程を支援する存在です。


そのため、近年のコーチ育成では、従来のような講義中心、知識伝達中心、試験中心の方法だけではなく、グループディスカッション、マイクロコーチング、リフレクション、現場実践、メンタリング、継続的な対話などが重視されるようになってきています。


ここで重要なのは、コーチ育成の方法そのものが、コーチングの考え方と一致している必要があるということです。もし、私たちが選手に主体的に考えることを求めるのであれば、コーチ自身も主体的に学ぶ経験をしている必要があります。もし、アスリートセンタードコーチングを大切にするのであれば、コーチ教育もまた、学習者中心である必要があります。コーチ教育が一方的な講義だけで構成されているにもかかわらず、現場では「選手の主体性を引き出しましょう」と言っても、そこには大きなズレが生じます。コーチ自身が、自分の考えを尊重され、対話を通して学び、自分の実践を振り返る経験をしていなければ、それを選手に対して行うことは簡単ではありません。


私自身も大学をはじめ、さまざまな場面で講義を行う立場にありますが、「話したこと」と「学習が起きたこと」は同じではないと強く感じています。講師がどれだけ多くの情報を提供しても、受講者自身が考え、意味づけし、実践と結びつけなければ、それは本当の意味での学びにはなりません。


これは、コーチングでもまったく同じです。選手が黙って話を聞いているからといって、学んでいるとは限りません。選手が指示通りに動いているからといって、理解しているとは限りません。だからこそ、“How to coach” は、単なる伝え方の問題ではなく、学習をどのように支えるかという問題として考える必要があります。


また、今回の質疑応答では、「コーチだけを変えようとしても限界がある」という議論もありました。これは非常に重要な点です。コーチ教育の内容を決め、資格制度を設計し、評価基準を定め、どのような学習機会を提供するのかを決めているのは、多くの場合、競技団体や協会です。したがって、“How to coach” に目を向けるということは、コーチ個人に努力を求めるだけでは不十分です。協会や組織そのものが、コーチ育成をどのように捉えるのかを見直す必要があります。例えば、資格講習会が知識確認だけで終わっていないか。現場での実践や振り返りを支える仕組みがあるか。コーチデベロッパーを育成しているか。学習者中心のコーチ教育を実現できているか。こうしたことを、組織として考える必要があります。


また、質疑応答の中で、日本武道の「守破離」という考え方を出して、日本の指導についても私の考えをお話ししました。まず型を学び、次にその型を破り、最終的には自分自身の道を見出していくという考え方です。守破離には、本来、学習者が自律・自立していく思想が含まれていたはずです。しかし、現代のスポーツ現場では、その「自律・自立へ向かう学び」の側面よりも、統制や管理の側面が強く出てしまった場面もあったのかもしれません。だからこそ、今あらためて “How to coach” を問い直す必要があるのだと思います。


私自身も、以前は「相手を変えよう」と考えていた時期がありました。良い考え方を伝えれば、相手も変わるはずだと思っていたのだと思います。しかし、コーチ育成やコーチデベロッパー養成に関わる中で、まず自分自身の関わり方を見直す必要があると感じるようになりました。説得しようとするのではなく、対話する。正しさを教え込もうとするのではなく、一緒に考える。相手を変えようとする前に、その人がなぜそのように考えているのかを理解しようとする。


これは、まさに “How to coach” の問題です。そして同時に、“Why coach” の問題でもあります。私たちは、何のためにコーチングをしているのか。何のためにコーチを育成しているのか。スポーツを通して、どのような経験をつくりたいのか。この問いを持たずに方法論だけを学んでも、良いコーチングにはつながりにくいと思います。


“What to coach” は、これからも大切です。技術や戦術、トレーニング科学を軽視してよいという話ではまったくありません。しかし、それだけでは不十分です。その知識を、どのような関係性の中で扱うのか。選手がどのように学び、成長していくことを支えるのか。コーチ自身がどのように学び続けるのか。そして、何のためにコーチングを行うのか。これらを含めて考えることが、これからのコーチ育成には必要なのだと思います。


今回の ASOIF Sport Development and Education Commission(ASDEC)Workshop を通して、“How to coach” に目を向けることは、単にコーチの指導技術を高めるという話ではなく、スポーツの学習環境そのものを見直すことなのだと、私自身があらためて感じた時間となりました。

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