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「してあげる」と「任せる」のあいだで

更新日:11月8日

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 皆さん、こんにちは。伊藤です。

 

 先日、岡山県津山市で研修会の講師を務めさせていただきました。この研修会、同じ場に子ども・保護者・指導者が集まり、お互いに語り合うというユニークなスタイルをとってみました。さまざまな研修を担当させていただいていますが、一つの空間に三者が揃う研修は珍しく、私自身、これが上手くいくのか?という疑問も持ちながら、同時に私自身のスキルを伸ばすチャンス!と思いながら「学びの実験」をしてみました。


 この研修に際して、とても興味深い質問を頂きました。それは、


親は、子どもにどこまで「してあげる」べきなのか?


というものです。子育て、教育、スポーツの現場で多くの方が悩まれている課題だろうと思います。私自身親として、指導者として、教員として、同じような悩みをいつも抱えてきました。この問いに対して、その場でどのような話し合いがされたのか、私がどのようにその場で考えたのかをまとめてみたいと思います。

 

子どもたちの声を“待つ”

 「親はどこまでしてあげるのがいいのか」。事前アンケートで、ある保護者から寄せられた質問を、そのまま子どもたちに投げかけました。

 

「どういう時に言われるとうれしい? どう言われると嫌?」

 

 そう促すと、子どもたちは顔を見合わせ、静かに話し合いを始めました。そしてしばらくしたのち、

 

「できていることを何回も言われるのはイヤ」「やってないって決めつけられると悲しい」「難しいことは教えてほしいけど、できることは自分でやりたい」

 

子どもたちは、自分たちの言葉を慎重に選びながら発言してくれました。

 

 自分の親や指導者もいるなか、子どもたちにとって自分の気持ちを言うのはなかなかハードルが高かったと思います。私はあえてすぐに答えを求めず、「ゆっくり考えて大丈夫だよ」「言っても大丈夫だよ」と伝えて、子どもたちから答えてくれる時まで待ちました。しばらくは沈黙が流れました。それと同時に、子どもたちの思考がゆっくりと形を成していくのと、発言する勇気のレベルが徐々に上がってくるのを感じました。言ってもいいのかな、言うのは怖いな、言ってみたいな、言わないと前に進まないな、などと感じているのかなと、私もいろいろ考えながら、子どもたちの顔を見渡していました。

 と同時に、私は、「保護者の皆さん、指導者の皆さん、お願いですから一緒に待ってくださいね」「子どもたちの思考を大人が止めないでくださいね」「勇気を振り絞って発言するまで待っていてくださいね」と祈っていました。

 

保護者と指導者、それぞれの“揺らぎ”

 子どもたちの発言を受けて、大人の皆さんにも、「子どもたちからこういう意見が出てきましたが、どう思われますか?」と投げかけました。

 保護者の方々からは、こんな声が上がりました。

「言わなきゃやらないから、つい口を出してしまう」

「見ないと不安。でも見たら、また言ってしまう」

 

指導者も同じように悩んでいます。

「任せたいけれど、つい手を出してしまう」

 

 そのどれもが、子どもを想う気持ちから生まれる気持ちの“揺らぎ”を表していると思います。子どもたちの気持ちも分からなくもないし、自分自身でやれる機会を与えたいとは思うものの、分かっていないから教えてやらなくてはならない。

 しかし、ここで考えてみなくてはならないのが、善意の“してあげる”が、子どもの「考える力」を奪ってしまうことにつながってしまうかもしれないということです。その場で私は次のようなメッセージを伝えました。

 「学ぶのは子ども自身です。親もコーチも、子どもをコントロールすることはできません。しかし、子どもが育つ“環境”はデザインできるんです。」

 

「やってあげる」より「環境をつくる」

 海外で行ったワークショップでこのような場面に遭遇しました。

 受講しているコーチたちをペアにして、片方がコーチ役、もう片方にアスリート役を割り当てました。コーチ役に「靴紐結びのコーチングを行ってください」とタスクを与えると、私が想像もしなかった光景があちこちで起こったのです。アスリート役の靴紐をコーチが持って結んでいたのです!

 指示をしたり、提案をしたり、質問をしたり、委譲をしたりしながら、アスリートの学習を促していく必要があるということをお伝えしようとしていた場面なのですが、私の想定を完全に裏切り、アスリートは全く何も行わず、コーチがアスリートのために何でもしてやるという・・・

 結果ばかりを求めて“してあげる”文化の中では、子どもたちの自分で学ぶという姿勢は育ちにくいと思います。子どもが自ら挑戦し、試し、その結果を受け入れ、次にどうしようと考える。その過程にこそ意味があります。親やコーチの役割は、子どもがどうすべきかという行動を指示することではなく、その行動を学ぶ環境を設計することにあると思います。

 
環境で導くという発想

 人は、環境から学びます。家庭もまた、学びの場であり、環境の一部です。言葉の使い方、声のトーン、沈黙の取り方、失敗に対する態度──そのすべてが「学びを導く環境」になります。

 親が変えられるのは、子どもの行動そのものではなく、子どもが行動する環境です。“教える”よりも、“考えざるを得ない状況をつくる”ことを意識してみてはどうでしょうか。そうすると、子どもに向けていた意識が、自分自身がコントロールできるところに向かうようになります。そして、“待つ”勇気を持つことも重要です。コーチの重要なスキルとして“黙る”ことが挙げられます。全てにおいて何かコメントをしなくてはならないわけではありません。大人が口を挟まない時間に子どもが自ら学んでいるということも多々あるはずです。

 

終わりに

 このように、今回の研修会では子どもに保護者の言葉にどのように感じているのかを直接聞きました。子どもの言葉に耳を傾けることはとても大切です。そして、保護者や指導者の皆さんは、私と一緒に子どもたちが考えをまとめ、発言するまで「待って」くれました。おそらく、日常的にはもっと早い段階で「○○でしょ!」と大人の考えを子どもに伝えたのではないかと思います。大人が「黙る」スキルを身につけて、子どもが自分で考える時間を確保し、自分の言葉で考えを表明することを可能にする。それだけでも、子どもたちの主体性醸成に大きなプラスになることと思います。言われればやるようになるのか、罰を与えられれば自分たちでやるようになるのか。人間は自らの意志で動くことができます。もし、それが足りていないとしたら、きっと、そのトレーニングが足りていないのだろうと思います。「してあげる」を良いあんばいに「任せる」へと移行させ、少しずつでも自律を促していく行動が必要があるでしょう。

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