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日本体育大学、指導の質向上に向けた挑戦

更新日:2020年1月9日

2019年10月4日に行われた、2019年度全国体育系大学学長・学部長会シンポジウム「体育系大学におけるアスリートサポートシステム」〜UNIVASによる大学スポーツの価値向上への貢献の可能性〜で日本体育大学コーチングエクセレンスセンターが展開しているコーチのスキルアップに関わる取り組みを紹介させて頂きました。今回はこの内容についてこの場でも紹介させて頂きます。


2017年、日本体育大学は、それまで競技力向上を学友会とともに担ってきたスポーツ局をアスレティックデパートメントへと発展させました。それと同時にコーチングエクセレンスセンター(Center for Coaching Excellence)を設置することにしました。

アスリートを医・科学サポートすることは様々なレベルで行われていますが、アスリートはロボットではありませんのでマシンをチューンアップするようなわけにはいきません。私たちはよりよいアスリートを育成するためには、アスリートの学びを支援するよりよいコーチが必要であると信じています。このときの「よりよいアスリート」とは単に競技力が高い者という意味ではありません。よりよいパフォーマンスを目指してチャレンジし、心理・社会的にも幸福な状態にあることを指しています。

コーチへの支援をおこない、コーチの能力を向上させることで、アスリートは大きな恩恵を受けます。また、日本体育大学は指導者養成機関としての役割を果たしています。コーチとしての学びはアスリート時代から始まっているという先行研究もあり、日本体育大学で指導するコーチは、日本体育大学の学生アスリートが将来コーチになった際の指導に大きな影響を与えるという自覚を持って、常に最新のコーチング学にふれ、スキルアップをしていく必要があると考えています。


しかし、コーチとして現場に出ると、コーチとしてのスキルアップをする機会が多くないことに気づくと思います。プロフェッショナルであれ、ボランティアコーチであれ、実際のコーチングをしている以外に、多くのタスクに囲まれ、なかなか自分のコーチングスキルを向上させるための機会を作り出すことが難しいという現状があるでしょう。そこで日本体育大学はコーチの学びを支援するセンターを設置することにしたのです。コーチが気軽に新しいスキルを身につけられる場として機能したい、そのような思いを持ち、CCEがスタートしました。

現在、CCEはセンター長として私が位置付き、専属助教の富永梨紗子さんと中村貴之さんが勤務しています。コーチの学びを支援するために実施している主な業務は、セミナーの開催とメンタリングの実施、そしてそれらを改善していくための研究活動です。

コーチが効果的なコーチングを実施していくためには、「専門的知識(Professional Knowledge)」、「対他者の知識(Interpersonal Knowledge)」、「対自己の知識(Intrapersonal Knowledge)」を使いこなしていく必要があると言われています。たとえオリンピックで金メダルをとったアスリートであったとしても、よいコーチになれるかどうかは分かりません。競技ができるという部分の専門的知識は優れていても、対他者の知識や対自己の知識が十分でなければ、効果的なコーチングを行うことは難しいと言えます。

日本体育大学でコーチになる人は、競技に関する知識レベルが高いことが容易に想像できます。それもあり、CCEでは特に対他者の知識と対自己の知識の獲得に力を注ぐようにしています。

CCEではセミナーとメンタリングに力を注いでいます。その背景には次の図に示したような背景があります。コーチの学びの場には、他者が学びを牽引するような「媒介学習機会」とコーチが自らの学びを主導する「非媒介学習機会」があるとされています。媒介学習はフォーマル(公式)とノンフォーマル(公式外)学習に分けられ、非媒介学習はインフォーマル(非公式学習)と呼ばれることがあります。この図で非媒介学習機会の円が少し大きめに描かれているのには意味があり、先行研究によればコーチは非媒介学習からの学びがより重要であると言われているのです。例にも示されているようにコーチはオン・ザ・ジョブ、つまり現場での実践を通して学ぶことが効果的であると考えられています。

これらのことを鑑み、我々はできる限り実践的な学びを重要視し、講義中心になる学びの場は避けるようにしています。開催するセミナーも○○学ではなく、現場での課題に即したテーまでに展開するように努力しています。また最近では、よりメンタリングに力を入れるようにしています。現場でのニーズは一人ひとり違うため、それぞれと相談しながら、コーチと一緒に課題解決をしていくようにしています。

コーチのアイデンティティ進化度によっても必要な学びの種類は異なると考えられます。先行研究によれば、新入りコーチ(Newcomer)はできる(Competent)コーチやかなりできる(Super Competent)コーチ、革新的コーチ(Innovator)よりも媒介学習から効率的に学ぶことができると言われています。つまり、大学や大学院の学位プログラム、スポーツ協会の資格取得などから多くを学ぶことができ、アイデンティティが進化していくに従って、内的な学びの重要性が高まっていきます。自分の実践を振り返りながら、自分で自分を進化させられるかどうかが試されるということです。これらのアイデンティティ進化の過程では「意図的省察(せいさつ)」が共通して重要となります。上述の「対自己の知識」にあたりますが、どれだけ自分の実践を批判的に振り返り、今日の経験を明日の実践の糧にするかが勝負となります。

以上のようなコーチの学びに関する理論的背景に基づき、さまざまなテーマや形態でコーチの学びを支援しようとしています。では、実際にどのようなことを行っているのかを見てみましょう。下のスライドは昨年度(2018年度)に実施した学内向けワークショップと学外向けワークショップです。学内向けには年間を通して12テーマ、回数にすると16回のセミナーを実施しました。安全・安心なスポーツ環境を提供するのはコーチとして基本的なスキルとなりますので、年度の初めに行うのは安全な環境構築と事故対応についてのワークショップです。「コーチという生き方」では、コーチとして活動する意義や、自分を支えてくれる家族の幸福などについて考えます。メディアに囲まれたときにどのように話すかも危機管理上、とても重要なスキルとなります。

ハラスメントについてもしっかりと考えなくてはなりません。自分の常識を疑ってみることも大切です。選手の多様性を認め、選手の個性と向き合うためにはどうするか、どう円滑なコミュニケーションをとるのか、1年を振り返って次の年の計画をどう立てていくのか、ミーティングをファシリテーションするにはどうするか、男性コーチが知りたい女性アスリート指導のポイントなど、実にさまざまなテーマを扱いました。

学外向けにも全部で7回のワークショップを行いました。全て無料で実施しています。今後、有料にしていく可能性もあります。面白かったのは3月に実施した「女性コーチ限定」のワークショップ3回シリーズです。女性だけで集まってワークショップをやると、とんでもない賑やかさでした。このような場がもっと必要だと感じました。

メンタリングについては2018年度と2019年度のものを示しています。2018年度は実施クラブ数は7でしたが、2019年度になると12に増えました。CCEのスタッフがそのコーチの研究室や居場所に出かけていき、困っていることや今後知りたいこと、場合によっては強化プランの相談にのります。セミナーには時間があわずに出席できないけれど、メンタリングならコーチの都合にあわせてできるというメリットがあります。ただ、基本が個別対応なので、CCEスタッフは大忙しです。CCEの働き方改革も重要です。

我々CCEスタッフはコーチの学びを支援するコーチデベロッパーです。2018年度から日本スポーツ協会(JSPO)でもコーチデベロッパー養成がスタートしましたが、JSPOのコーチデベロッパーとは求められるスキルセットがまたちょっと違います。JSPOコーチデベロッパーは今のところ、アクティブラーニング形式のJSPO共通科目講習会のファシリテーターとしてのスキルセットが求められます。CCEスタッフはセミナーをファシリテートしていくスキルに加え、現場でコーチを支援するというスキルがとても重要となります。コーチデベロッパーとしてのスキル向上がコーチのスキル向上に影響し、それがアスリートの競技力や幸福に影響することを考えれば、コーチデベロッパーのスキルアップにのしかかるプレッシャーは半端ではありません。

そのコーチデベロッパー、あるいはそのトレーナーのスキルアップについて扱うのが、2014年に設置された日本体育大学コーチデベロッパーアカデミー(NSSU Coach Developer Academy: NCDA)です。NCDAについての記事はまた次の機会に。


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