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自己決定理論と制御的な動機づけ戦略

 今日のテーマは「自己決定理論と制御的な動機づけ戦略」です。昨日の記事では、「自己決定理論と対人関係スタイル」について論文のイントロ部分を紹介しましたが、その続編です。対人関係のスタイルとして、自律性支援行動と制御行動についてごく簡単に触れられていたと思いますが、今日は制御行動について、いろいろな具体的な例が紹介されます。もう早速みてみることにしましょう。

 

自己決定理論と制御的な動機づけ戦略

 制御的な動機づけ戦略を用いることについては、子育てや教育学の領域で活発に議論されてきた。スポーツの文脈でコーチが用いるかもしれない制御戦略を同定するためにBartholomew, Ntoumanis, & Thøgersen- Ntoumani(2009)は子育てと教育の領域、スポーツに関係する文献を調べて総説論文を書いている。その総説論文では多くの制御的行動が示された。

 最も顕著な制御戦略のひとつが報酬の制御的利用である。外的な報酬を行動制御のために用いることが可能であるという事実は心理学の文献ではかなり前から言われてきた(Skinner, 1953)。現在では自己決定理論の見地から、特に教育の領域で、内発的動機に対する報酬のアンダーマイニング効果を支持する証拠がかなりたくさん得られる。Deci, Koestner, & Deci (1999)は、タスクに従事し完了させるためのインセンティブとして有形の報酬を与えた場合(課題随伴報酬)、もしくはあるパフォーマンス基準に到達するインセンティブとして与えた場合(遂行随伴報酬)、報酬が期待されている場合は特に、面白い課題に内発的動機で取り組んでいたその動機にダメージを与えてしまうと報告した。内発的動機に与える報酬のアンダーマイニング効果はスポーツの領域でも同様に確認されている(Amorose & Horn, 2000; Ryan, 1980; Vansteenkiste & Deci, 2003)。さらに、褒めるといった口頭での報酬も制御になり得る(Deci et al., 1999)。パフォーマンスに付随しない一般的な賞賛(例えば、「よくやった。私が行ったとおりにやったな」)は偽善的と捉えられ、特定の行動を強化することを企んだ試みと捉えられることもある(Henderlong & Lepper, 2002を参照)。したがって我々は、制御的なコーチは、アスリートを特定の行動に従事させ、それを続けさせ、確実に従わせようとするために外的な報酬と賞賛を用いている可能性があると考えている。

 個人の価値よりもパフォーマンスの価値が上回ってしまうと、アスリートは操作的で虐待的なトレーニング手法にさらされやすくなる。指導するアスリートのパフォーマンスがコーチの自尊心や評判を決定してしまうかもしれないというプレッシャーを受けるスポーツ環境では、非適応なコーチング戦略が頭を持ち上げてくるかもしれない。すると、コーチとアスリートのつながりを疎かにしてしまう、恥や非難、恐怖戦略(Conroy & Coatsworth, 2007; Ryan, 1996)が用いられることがある。条件つき関心や脅しはともに制御的な動機づけ戦略であり、それらの利用は子育てに関する文献でも見られ、このような非適応性戦略を採用することにつながる(Barber, 1996参照)。

 否定的な条件つき関心は、権威ある地位にいる者が望む特質や行動が従属する者によって示されない場合に、愛情や気配り、優しい心遣いを差し控えることを指す(Assor, Roth, & Deci, 2004)。子育ての文献では、条件つき関心は取り込み的調整を促すのに使われる社会化のテクニックであるとされている(Assor et al., 2004)。その場合、子どもは要求された行動を示すのだが、彼らは罪や恥の感覚を避けるためにそうしている。試合に負けた後に将来もっと努力させたり、より高いパフォーマンスを発揮させるために、否定的な条件つき関心を用いてアスリートに対して全くの無関心を示すコーチがいることが質的研究によって示されている(E’Arripe- Longueville, Fournier, & Dubois, 1998; Fraser-Thomas & Côté, 2009)。Mageau & Vallerand(2003)によれば、条件つき関心はアスリートが適切な考えと行動をしているのか次第でコーチが注目したり受容したりすることを意味し、アスリートは自分の考えや感覚がコーチとの感情的なつながりを脅かすものと捉えるようになる可能性があると述べている。そして、アスリートはコーチとの関係を満足なものに維持するため、自律性を放棄するのかもしれない。

 威圧するのに用いられる行動には、言葉の暴力や脅し、怒鳴る、体罰による脅しといった、屈辱を与えたりけなしたりするために権力を振りかざす戦略が含まれる。これらの戦略は全て、外的な罰を避けるような行動をとらせるように外部からの圧力を作り出すことで外的調整を促し、行動を制御することにつなげている(Ryan, 1982)。スポーツ文脈で行われた研究では、コーチが威圧的な行動をとることでアスリートの心理的経験に負の影響を与えることが示されている(D’Arripe-Longueville et al., 1998)。例えば、コーチから威圧されている感覚を持ってたりコーチを恐れているアスリートは、高いレベルの認知的な不安と身体的な不安を抱えている(Baker, Côté, & Hawes, 2000)。

 それに加え、Barber(2001)は、親が過剰な個人管理を行うことで子どもの自律感を阻害し、関係性のニーズを弱めてしまうことにつながると述べている(Allen, Hauser, Eickholt, Bell, & O’Conner, 1994; Kerr & Stattin, 2000)。過剰な個人管理には侵入的モニタリング(例えば、子どもの自由時間に何をしているのかを親が知ろうとしたり、コントロールしようとしたりする)や厳格な制限を押しつけることなどがある(Barber, 1996; Kerr & Stattin, 2000)。コーチも、スポーツ参加とは直接的に関係のないアスリートの私生活の側面にまで干渉しようとするといった(例えば、他のスポーツをプレーさせないようにしたり、遅くまで外出させないようにしたり)過剰な個人管理や過干渉行動を取ることが報告されている(Fraser-Thomas & Côté, 2009)。そのようにして、アスリートは家族や友達と一緒に時間を過ごすといった他の人生の重要な側面よりもスポーツへの関与を優先するようにというコーチの極端な圧力を感じている可能性がある。極端な場合、アスリートの全人生が完全にスポーツ参加の周りで回ることを期待されていたりする(Scanlan, Stein, & Ravizza, 1991; Ryan, 1996)。

 最後に、子育ての文献ではまた、非難や低い評価をくだす親と子どもの相互作用が個性の発達を阻害することが示されている。親が一貫して子ども自身のものの見方を却下し、価値観や理想像を子どもに押しつけていると、子どもは自身が無比であることや自尊心を認識することが難しくなり、自分の世話をしてくれる人との関係を害してしまうことを恐れ、自身の考えを信じようとしなくなる(Barber, 1996)。その結果、子どもは言われた価値観や行動に従うだろうが、これは価値観に関する衝突の可能性を減少させ、そのような衝突によって起こる可能性のある拒否、不安、罪の意識を低減しようとしてのことである (Tangney & Dearing, 2002)。その結果、行動がコントロールされる(Ryan & Deci, 2002)。コーチが、アスリートを自分の考えや感覚を持った個人としてではなく、ある結果を出すため(すなわち勝つため)に制御されるべき物体としてアスリートを扱い、アスリートのものの見方を却下したり、彼らを非難したり低い評価をくだすような時に同じようなことが起こりえる。そのような状況では、アスリートは自律性を放棄し、自分の心理的ニーズを抑えてコーチに依存するようになる。

 

 かなりショッキングな記事だったのではないでしょうか。コーチが良かれと思って、そして往々にしてそのアスリートのためになると信じ切っておこなっていることが、逆にアスリートのパフォーマンス向上や人間的成長、幸福などの制限因子になっているとしたら、なんと不幸なことなのでしょう。もちろん、ここで書かれていたことが全ての人に100%当てはまるかというとそういうわけではありません。しかし、このようなことが、多くの場面で確認されているということは深く受け止める必要があると思います。制御行動の危険性を認識しながらも、その場の文脈、自分のスキルなどを総合的に判断してある制御行動をとるのと、全く意識もしないでここに書かれていたような動機(ほとんどの場合はコーチが自分のニーズを満たすため)によって制御行動をとっているのでは大きな差があります。コーチングにおいてコーチの責任を果たすために制御する行動が必要な場合は必ずあります。どう賢くそれを使うかが重要でしょうし、それしか選択肢がないようなコーチにはならないようにしなくてはなりません。


元になった論文

  • Bartholomew, k. J., Ntoumanis, N., & Thogersen-Ntoumani, C. (2010) The controlling interpersonal style in a coaching context: development and initial validation of a psychometric scale. J Sport Exerc Psychol, 32(2), 193-216

(伊藤雅充)◼️

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