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ハイパフォーマンスコーチングの高度なワザを磨く(4)

 いよいよ、「実践と勉強を通してハイパフォーマンスコーチングの高度なワザを磨く(Developing High Performance coaching craft through work and study, by Mallett, Rynne, and Dickens, In: Routledge Handbook of Sports Coaching 」の紹介最終回となりました。初回はイントロとハイパフォーマンスコーチの仕事について、第2回はハイパフォーマンスコーチがどのようにコーチング能力を向上させていくのかについて紹介がありました。第3回は大学におけるコーチ教育プログラムについて論が展開され、今回はこれまでのものをまとめる形となっています。

 

ハイパフォーマンスコーチの仕事と発達についての理解を進展させる

 ハイパフォーマンスコーチの成長を促進させることは、コーチ・アスリート・パフォーマンス関係を向上させるとともに、コーチの専門職化を推し進めるために重要である。本章の始めに述べたように、ハイパフォーマンスコーチングは比較的若い職業領域であり、これまであまり実証的な研究が行われてこなかったことは驚くことではない。いずれはこの職業の注目度が上がっていくことが予測できる。このような状態ではあるが、ハイパフォーマンスコーチの育成に関する将来の研究の本質や目的へのいくつかの提案をすることにする。


 ハイパフォーマンスコーチの仕事は複雑で多面的である(Cushion 2007; Lyle 2002; Mallett 2010)。とても競争が激しく、予測不可能な要素や興奮する要素があり、ハイパフォーマンスコーチングの研究者の興味をひいている。さらに、ハイパフォーマンスコーチの仕事は、技術の急速な発達(例:GPS追跡システム;動作分析ソフト)、専門領域と関与する専門家(例:ストレングス&コンディショニング;パフォーマンス分析者)の誕生、それら増加した構成員をまとめる必要性などをはじめ、どんどん要求が高くなり、複雑なものになってきている。したがって、これらのコーチがワザをどのように身に付けており、複雑で混沌とした環境の中でどのように活動しているのかを調べていくことは、コーチング科学者にとって魅力的だと思われるが、さらに重要なことは、そのような研究がこれまでは偶然に身に付けてきたハイパフォーマンスコーチの発達についての知識を与えてくれることである。特に、それぞれのコーチがハイパフォーマンスコーチングのために、現場でどのようにして学びを上手く行っていた(そして上手く行っていなかった)のかは調べていく価値がある。


 ハイパフォーマンスコーチング実践の複雑さは多くの研究で触れられている(Bowes & Jones 2006; Irwin et al. 2004; Rynne et al. 2010など)。しかし、この複雑さと動的さを調査し続ける必要がある。コーチがそのスポーツの‘文化’や、それに伴う伝統的なコーチング実践がある中で、伝統を守ることと新しいことを実践することの両方をどのようにやってのけているのかを知ることで、コーチ育成を進化させることができる。ワザを改善していくのに社会とどのようにうまくやっているのかについて調べることは、ハイパフォーマンスコーチとして知識があり有能であると認知されると同時に、革新的で先進的であると見られるようになるために、ハイパフォーマンスコーチが直面する挑戦を理解するのに重要となる。コーチと文化の間の相互関係と、コーチの能力開発に与える影響を調べるためには、通常、予測的な方法や回顧的な方法である解釈主義的研究方法論、すなわち縦断的なデザインが必要である。


 ハイパフォーマンスコーチングの仕事を理解したり、それぞれのコーチが知識、スキル、能力、それらを使った実践をどのように向上させているのかについて分からないことが多くある。ハイパフォーマンスコーチがワザをどのように学んでいるのかについての主な問いには次のようなものがある。


  1. スポーツ理学療法士などの専門的な支援者を通してコーチはどのように学んでいるのか(学ぶ可能性があるのか)。

  2. コーチはどのようにして増え続けるチームのスタッフをまとめているのか(まとめられるのか)

  3. コーチやコーチの能力向上に責任ある人は不確定な将来に向けてどのように準備をしているのか。この問いは、コーチの仕事の進化する特性や、進化に伴う必要な知識、スキル、能力の変化を考えると、特に核心的なものである。

  4. アスリートはどのようにハイパフォーマンスコーチングを経験しているのだろうか(すべきなのだろうか)。さらに、特定のハイパフォーマンスコーチングの場で活動する他の者が仕事のために、そして仕事中にどのように学んでいるのだろうか。


 それぞれのハイパフォーマンススポーツの場(例えばチーム)に関わる者の全てが学ぶ可能性を有している。全ての参加者の主観的な経験と、それ(促進的と抑制的)が学びに与える影響を調査することで、文脈のより包括的な理解が可能になる。それゆえ、同じ文脈から複数の声をひろうことが、それぞれの参加者と特定のハイパフォーマンスコーチング文脈間の相互の関係をより深く理解するのに重要となる。コーチの自己レポートをアスリートの声や他の参加者の声とともに調査することでハイパフォーマンス環境の複雑さをより包括的に理解できるようになり、それに続くコーチの能力向上に影響を与えることができる。


 おそらく、ハイパフォーマンス文脈における全参加者の調査と能力向上に関する焦点は、アイデンティティの中心的役割の調査であろう。多くのハイパフォーマンスコーチたちはエリートアスリートとしての経験を有しており、アスリートとしてのアイデンティティからコーチとしてのアイデンティティへの移行とそれに関わる困難を理解することは、エリートアスリートであったコーチ達のコーチング力向上に役立つ情報を提供してくれるだろう。さらに、エリートアスリートではなかったハイパフォーマンスコーチのアイデンティティや、別の生活史が学びや実践に影響をどのように影響してきたのかを調べることは、そのような道を歩んでいるコーチの能力向上を導いてくれる研究となるだろう。そして、ハイパフォーマンスコーチングの仕事の特徴は、秩序的に相互作用する力、無秩序を伴う予測可能性と複雑で動的な人間システムに伴う予測不能性の理解であるようだ。それゆえ、仕事の中と仕事を通してのコーチの学びを調べるのに、複雑系理論が適した別のレンズなのかもしれない。


 大学でのコーチ教育プログラムの出現(Jones 2006)は、教育者と研究者の両方の役割を担っている人達に対してコーチ教育への別のアプローチを探る機会を提供してくれている。これらには問題解決型(そしてコンピテンシー基盤型)学習(Jones & Turner 2006; Demers et al. 2006)、省察(Knowles et al. 2001, 2006)と実践のコミュニティ(Cassidy et al. 2006; Culver & Trudel 2006; Occhino et al. in press)などがある。大学でのコーチ教育プログラムは複雑で動的、不確実で大いに文脈に依存したハイパフォーマンスコーチングの実践を調べる可能性を秘めている(Lyle 2007)。しかし、Lyle(2007: 29)が述べているように、‘主張’を述べるというよりも‘根拠’を示すような研究が必要とされている。大学のコーチ教育プログラムはコーチの能力向上を促すために開発されたようだが、これまで期待された重要な結果を示すような研究は乏しい。必要とされているのは、大学のコーチ教育プログラムがコーチの行動変化に、特に長期的な行動変化に与える影響に関する研究結果である。さらに、大学教育を通して伸ばされると考えられている高次の思考スキルがどのようにコーチング実践に影響を与えるのかを、今後の研究で明らかにすることも重要である。最後に、ハイパフォーマンスコーチングと大学スポーツコーチングプログラムの研究の多くはアメリカとイギリスで行われたものである。他文化での大学プログラムを調査し、その働きと発展、そしてハイパフォーマンスコーチのプロ化に関する理解を深めることがこのフィールドを発展させるためには必須である。他の大陸の研究者がこの知識に貢献することを勧める。


まとめ

 コーチは、コーチ・アスリート・パフォーマンス関係の設計者であると考えられ、コーチの継続的専門能力向上はコーチング実践の質を高め、それを維持していくのに中心的なものとなる。ハイパフォーマンスコーチング実践は複雑で多くの相互依存した要素によって成り立っている。この仕事を行う際に、ハイパフォーマンスコーチは通常彼らのワザをそれぞれに独特な方法で発達させている。しかし、このようなハイパフォーマンスコーチングのワザの偶発的な発達はコーチングの専門職化とは矛盾する。ハイパフォーマンスコーチの継続的専門能力向上に対するより系統的で根拠に基づいたアプローチがこの領域の専門職化に必要不可欠である。そのような根拠を得るためには、ハイパフォーマンスコーチのワザの発達をより理解するための補完的な研究が必要である。


 仕事や勉強を通しての学びは伝統的にあまり理論化されてこなかった2つの方法であり、潜在的にはハイパフォーマンスコーチの能力向上を理解する生成的手段である。能力開発のどちらの方法(仕事と大学での勉強)も万能薬ではなく、両方ともに意味深い発達が起こりえる方法であることを示している。


 仕事場での学びの場合、環境に責任ある者(すなわち、ハイパフォーマンスマネージャー、コーチ、管理者)は、ハイパフォーマンスコーチにとって学びを起こすことができる文脈をどのようにして作り出せるのかを考える必要がある。彼らは、私たちのハイパフォーマンスコーチが意図する能力向上を起こすのに必要なリソースと十分な時間があるだろうか、という問いを発する必要がある。しかし、恵まれた学習環境を有しているだけでは十分ではなく、特に重要なのがコーチの環境認知である。学びと能力向上との関わりで何が可能で何が可能ではないのか個人が中心として考えられなくてはならない。


 大学での勉強に関しては、コーチに焦点が当てられた第3次教育コースが増加してきているものの、ハイパフォーマンスコーチの仕事、重要な能力の発達(例えば、省察的実践力を伸ばす特定の介入)やコーチング実践への影響をより良く理解するために、学びの機会の実証的検証が行われる必要がある。コーチに特化した第3次教育をデザインしたり、学ぼうとしている人は、プログラムの真正さ、コーチ認定プログラムとの関係、そしてもちろんプログラムの内容(つまり、ハイパフォーマンスコーチの仕事の要求を満たしているかどうか)を考えるべきである。この領域についていえば、コーチングに立脚した研究をさらに行っていく必要がある(他領域から理論的枠組みを‘借用’し続けるよりも)。同様に、研究機関はハイパフォーマンスコーチングに関して、その場しのぎの日和見主義的なプロジェクトよりも協調した研究計画を考えていくべきである。


 

 今回、ハイパフォーマンスコーチの学びについて、教科書的な内容を紹介しました。「・・・研究の多くはアメリカとイギリスで行われたものである。他文化での・・・調査が必要である」と言われていたように、日本のハイパフォーマンスコーチがどのようにして学びを深めていっているのかはとても興味深い内容です。私たちの研究室でも、トップレベルコーチにインタビューを行い、どのような学びをしてきたのかを調べていますが、現場の経験から多くを学び取っていることに違いはないようです。日本のハイパフォーマンスコーチが、より高いレベルのコーチングができるようになるために、何ができるか、今後も研究を進めていきたいと思います。(伊藤雅充)■

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