2020年1月12日〜15日の4日間にわたって、2019年にStrength and Conditioning Journalに掲載された「ストレングス&コンディショニングセッション中にアスリートの変革型リーダーシップ行動を増加させる戦略(Strategies to Increase Athletes' Transformational Leadership Behaviors During Strength and Conditioning Sessions.)」を紹介しました。
原文の詳細は↓
Smith, V., & Moore, E. W. G. (2019). Strategies to Increase Athletes' Transformational Leadership Behaviors During Strength and Conditioning Sessions. Strength and Conditioning Journal, 41(2), 31-37. doi:10.1519/SSC.0000000000000422
この記事の中で、リーダーシップ、特に変革型リーダーシップ(Transformational Leadership)の要素であるアスリートの個別の配慮、インスピレーションの活性化、理想化された影響力をS&Cトレーニングセションの中で開発していく方法について議論が展開されていました。明確に分業化されたチームであれば、S&Cの仕事は勝てる身体を作ることだと割り切って仕事をするように言われることもあると思います。しかし、紹介した記事にあるように、身体を鍛えながらも、プラスアルファのことを同じ時間で得られてしまうとしたらお得な感じがします。
この記事を紹介している間に、日本でS&Cコーチとして活動をしている何人かの友人に記事に対するコメントをお願いしておきました。一人目は山内亮さんで現在はJTマーヴェラスのS&Cコーチです。そして先日の大学ラグビー決勝で対戦した早稲田大学と明治大学のS&Cコーチである村上貴弘さん、藤野健太さんにも意見をうかがいました。これからの数回に分けて、それぞれのご意見を紹介します。最初は山内さんから。
バレーボールチームにおけるS&Cセッション
現在Vリーグ(女子バレーボール)のJTマーヴェラスでS&Cコーチをしている山内亮です。これまで伊藤研究室のお手伝いをさせていただくこともあり、今回コメントの依頼を頂くことになりました。
S&Cコーチはアスリートの体力を高めることが第一だと思いますが、それと同時にS&Cセッションを活用して個人と全体の相互作用をより活性化し、個人や全体の変革を奨励できる環境を構築することにも意識を置いて活動しています。今回ブログに掲載された「ストレングス&コンディショニングセッションと変革型リーダーシップ行動を増加させる戦略」に目を通して、職業柄自分の活動と照らし合わせながら読み、多くの気づきを得ることができました。
私がコーチングしているチームには様々な背景を持つ選手がいます。高校や大学のチャンピオン、オリンピック経験者、外国人枠選手などです。プロチームであればごく普通かもしれません。また、これまで受けてきたコーチングによる考え方や価値観の違いも背景の一つとして理解するようにしています。さらに、バレーにおいては結果を求められ多方面から色々と評価されます。
当記事ではS&Cセッションでアスリート全員による変革的な行動の表出を奨励するプロセスに関して議論されています。変革的な行動というのは、それ相応の環境が整うことによって表出することが紹介されていますが、私にとってその環境は、あえてバレーという文脈から切り離すことでした。学校を例に考えてみると、時間割の教科が変わることで先生が変わり、教室が変わり、物事の捉え方も変わります。S&Cセッションでも思考パターンや物事の捉え方を暫定的かもしないが変えてみよう、そこで生まれるS&Cセッションの可能性を最大限に探ってみようという発想です。
バレーのチームですので、バレーの実績、レギュラーと非レギュラーなどの情報は様々なシーンで暗黙的にも明示的にも影響力を持ちます。S&Cセッションでは全体のパワーバランスを平坦にするために、グループ構成もできるだけポジションやリーダーなどに関係なく作り(プログラムによっては身長や最大筋力を考慮する場合もある)、エクササイズの重量や記録も他人と比較しすぎないようにして、個人内の成長やチャレンジを奨励するコミュニケーションを増やしていきました。
記事で紹介されているような奨励される決まった変革的な行動はあえて設けていませんが、選手には「S&Cの時間は評価の時間ではなく成長の時間」と常々伝えており、「新たなトライ」「工夫する」「結果よりもプロセス」「疑問をもつ、問いかける(対他者、対自己ともに)」「自己決定の譲渡」などのように既存の思考や手法に捉われない発言や行動に対してできるだけ反応するように心がけています。これを日々繰り返していくと、選手間の発言や思考パターンも変化していくように感じています。出たとこ勝負を毎日繰り返しているようなものなので、私自身にとっても新しい気づきや発見が訪れます。驚くような質問も出てきますが、私も分からない場合はそれを認め一緒に考えたり、「その疑問、iPhoneで調べてみる」などのように、私自身が既存の思考パターンから脱した発言や行動をとることもあります。
興味深いことに、これらの環境設定によって自由な発言や行動がみられるようになり、その中で状況に応じた様々な非公式リーダーシップを発揮するアスリートがみられるようにもなりました。変革的な発言や行動も含まれて表出してくることが分かりました。もし奨励される変革的な行動がみられた場合に、グループやチーム全体を集めてシェアすることで、公式なリーダーではなくても誰もが非公式リーダーシップを発揮できることを暗黙的に学んでいくのかもしれません。
また、個人の配慮に関して、動きのフィードバックにおける第一声目は、良いか悪いかの判断を保留し、事実を事実として伝えるように勧めています。どれくらい曲がっている伸びている、前回よりも高い低いといった事実のみのフィードバックであればお互いに認めることが可能です。すると、公式リーダー、非公式リーダーも関係なく発言が増えていき、聞き入れるレディネスやコーチャビリティを高めたところで議論に進んでいくケースがよくみられるようになりました。これを繰り返していくことでタスクが変わったりバレーの文脈に戻った時にも非公式リーダーシップを発揮するケースをみることができました。
私自身のセッションと比較しながら記事を読みましたが、S&Cセッションは非公式リーダーシップや変革的リーダーシップを疑似体験できるようなロールプレイングの時間に十分なり得ること、さらに私自身がロールモデルとなって成長的な発言や行動を心がけていくことが結構重要なのではないかと感じることができました。(山内亮)
山内さんの実践、とても興味深いものです。最初から変革型リーダーシップを明確に意識してS&Cセッションを運営していたわけではありませんでしたが、山内さんが行ってきた実践が、変革型リーダーシップに近いことであったことを読み取ることができます。
「レディネス」や「コーチャビリティ」という言葉が出てきたのも面白いですね。レディネスもコーチャビリティもともに、学習をおこす準備が学習者内にできている状態のことをいいます。このブログを読みに来てくださっている方々は、すでにコーチングの学びを深めるレディネス(準備)ができている方がほとんどだろうと思います。変革型リーダーシップが学びの「心の窓」をひらくことができているなら、パフォーマンス向上にも有効に働くことが多いに期待できます。
山内さんが変革型リーダーシップというレンズを通して自分の実践を見直してみたとき、山内さんの中にはきっと新しい挑戦が思い浮かんだことでしょう。また、その挑戦の結果を聞いてみたいですね。(伊藤雅充)
一連記事のリンク(2020年6月8日追加)
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